第53話 火とお茄子の味
一昨日からニコニコ漫画で開始された『魔物を狩るなと言われた最強ハンター』のコミカライズですが、
おかげさまで少年漫画毎時2位、デイリーでも3位に入る事ができました。
お気に入りも7000subを超えて、絶好調です。
読んでくれた方、お気に入りを入れてくれた方ありがとうございます。
「お茄子ですか?」
予想外だったのだろう。
リーリスは青い瞳を丸くする。
夜だと、その色がより際立った。
こうして見ると、茄子って如何にも夜の野菜という感じがする。
僕は用意した茄子を、先ほどのマグマタートルの甲羅の裏に載せた。それを火にかけ、熱を入れ、さらに蓋をする。
「丸ごと入れるんですね。こうやって作る焼き茄子は初めてです」
「おいしいよ。この時季は毎日食べてた」
「楽しみです。……あ、ポカポカしてきましたね」
リーリスは羽織を脱ぐ。
マグマタートルの甲羅に熱が入ってきたからだろう。
伝熱性がいいのも、この甲羅の特徴だ。
鉄や銅と違って加工が難しいけど、甲羅そのものが最高の調理器具なのだ。
蓋を開けると、薄い蒸気が昇る。じぅっ、という料理音だけで食欲がそそられた。
僕は茄子を裏返し、また蓋をしてしばらく熱を入れる。
茄子が大きい分、じっくり火を入れるのが肝心だ。
このまま裏と表、さらに側面にも軽く焼き目が付くぐらいで焼いていく。
「よし。いいかな」
僕はマグマタートルの甲羅を掴み、用意していたまな板に載せる。
「ルーシェル! 熱くないんですか?」
「大丈夫です。これぐらいへっちゃらだよ。でも、良い子は真似しちゃダメです」
「ふふふ……。まるで自分は悪い子みたいな言い方ですね」
リーリスは苦笑いを浮かべる。
「僕は意外と悪い人だよ、リーリス。ほら……」
「まあ……。牛酪ですか?」
僕が袋から出した黄色い塊を見て、リーリスは声を上げた。
「こっそり炊事場からくすねてきちゃった」
「まあ……」
リーリスの口が開く。
「使う分だけ使ったら、戻しておくつもりだけどね」
火から離したマグマタートルの甲羅の上で、「早く」とばかりに茄子が鋭い音を立てている。
僕は真ん中を串で刺し、そのまま茄子の繊維をほぐすように縦に裂いた。
水分たっぷりの茄子の実の姿が露わになる。
先ほどよりも濃い湯気が上がり、微かに茄子の香りが鼻腔をくすぐった。
「おいしそう!」
リーリスが目を輝かせたけど、驚くのはここからだ。
先ほどの牛酪を、開いた茄子の間に押し込む。茄子はまだまだ熱々で、牛酪を突っ込むと、じくじくと音を鳴らした。
固まっていた牛酪が溶けて、開いた茄子の中で液状になっていく。
蜂蜜を思わせるような色を見て、リーリスは口を塞ぎ、ただ小さく喉を鳴らした。
僕の特別講義はそれだけじゃない。
最後に同じく炊事場からくすねてきた魚醤をかけて、ついに完成だ。
「バター醤油で食べる焼き茄子の完成だ」
魚醤の香ばしい匂いが、夜気に紛れていく。
夜に浮かぶ漆黒の茄子の間に挟まったのは、まるで月光を思わせるような黄金色のバターだ。
張りのある皮はいい具合に水分が抜けてしおれ、代わりに身の中にはたっぷりの旨みが凝縮されているはずである。
「どうぞ召し上がれ」
「ありがとうございます」
僕はリーリスに茄子が載った皿と、あらかじめ用意していたナイフとフォークを持たせる。
リーリスは自分の太股に皿を載せると、見たことのない焼き茄子料理に改めて心を奪われていた。
「熱いから気を付けてね」
「はい……」
リーリスは我に返る。
1度口に溜まった唾液を飲み込んだ後、ゆっくりとフォークを刺し、ナイフを引いた。
端から輪切りにして切るも黄金色の牛酪が漏れる、すでに柔らかい茄子の身に浸透した後だった。
リーリスは「ふーふー」と息を吹きかけた後、ついに口を付ける。
やはりまだちょっと熱かったらしい。
「大丈夫?」
尋ねると、リーリスは頷いた。
ちょっと最初は驚いていたようだけど、ゆっくりと咀嚼を始める。
最後に――――。
「おいしい」
僕と目を合わせると、そう言った。
リーリスの顔を見たら、僕も食べたくなる。
同じように僕も口を付けた。
「うまい!」
声を上げる。
またリーリスと目が合うと、リーリスは花のように笑った。
何度も食べているからおいしいのは知っているけど、やっぱり人と一緒に食べるとまた格別においしく感じる。
焼き茄子の身は柔らかく、まるで石焼きで作った芋みたいにホクホクしていた。
じっくりと火を通したおかげで、狙い通り茄子の中の旨みが凝縮され、旨みの塊を押し込められたみたいだった。
それだけで十分おいしいけど、やはりそこに染みこんだ牛酪は格別で、旨みにプラスして、牛酪の芳醇な甘味がいい具合にプラスされている。
最後に一差しかけた魚醤は、香ばしさを引き立ているとともに、その塩っぱさが良いアクセントになっていた。
シンプルだけど非常に多彩な味が、口の中でぐるぐると渦巻きながら融合していく。
それが熱さと一緒に、ほっと口から出て行った。
「ありがとう、ルーシェル」
「え?」
「わたくしが炎の魔法を苦手としているから、講義をしてくれたんでしょ」
やっぱりバレバレだったか。
我ながらちょっと露骨すぎたかな。
「ごめん。……気に入らなかったかな」
「ううん」
リーリスの金髪が揺れる。
「とっても素敵だった。ありがと。明日の講義、もう1度頑張ってみるね」
「リーリスなら大丈夫だよ」
「うん!」
リーリスは満面の笑みを浮かべ、残っていた茄子も平らげてしまった。
◆◇◆◇◆
翌日――。
再び魔法の講義が始まった。
「ふわっ……」
大きな欠伸をしたのは、昨日ずっと寝ていたユランでも、僕やリーリスでもなかった。
教師のリチルさんだ。
「大丈夫ですか、リチルさん?」
「随分と目が赤いな、主」
「顔を洗ってきた方がいいのでは?」
僕たちは心配するが、目の下に大きな隈をしたリチルさんは首を振る。
「だ、大丈夫よ。むしろギンギン元気だから。昨日、すごくいい物を見れたし」
リチルさんはそう言って、何かを思い出したのだろうか。
ぐへへへ~、と気味の悪い声を上げて笑っていた。
今日のリチルさん、本当に大丈夫なんだろうか?
「じゃあ、早速昨日の続きをしましょう。いいですね、リーリスお嬢様」
「はい!」
リーリスは声を上げて、前に進み出た。
早速、両手を構えて集中に入る。
手の周りに魔力が集まり出した。
「炎の精霊よ。我が手に宿りて、その力を明かせ!」
綺麗な呪唱が朗々と屋敷の庭に響いた。
ふわりと魔力が渦を巻く。その瞬間、リーリスの手の先に炎が生まれた。
「…………!」
リーリスの顔が一瞬強ばる。
うまく集中できたおかげか、昨日よりも大きな炎が掲げた手の先に生まれていた。
「リーリス、大丈夫。昨日の味を思い出して」
「味……。茄子の……」
僕が頷くと、リーリスの集中が持ち直した。
口の中をもぞもぞと動かしている。
本当に昨日の茄子の味を思い出しているんだろう。
「炎が……」
リチルさんが声を上げる。
暴力的に燃えさかっていた炎が制御され、綺麗な火塊へと変化した。
「今だ、リーリス!!」
僕が叫ぶ。
【炎】!!
ついにリーリスもまた叫ぶ。
その瞬間、手の前にあった【炎】が砲弾のように飛んでいく。
中庭の短い芝生の上を飛び、ついに目標の的を射貫いた。
的に当たった炎は、猛々しい音を立てて燃えさかる。
「やった……」
リーリスが呟く。
「やっっっっっっったぁぁぁぁああああ!」
瞬間、リーリスは両手を上げて、飛び上がった。
満面の笑みを浮かべて、兎のように何度も飛び跳ねる。
いつもお淑やかなリーリスとは思えない無邪気な姿に、僕は呆然としてしまった。
でも、そんなリーリスもまたチャーミングだった。
「よくやりましたね、お嬢様」
リチルさんはホッと胸を撫で下ろす。
リーリスが火の魔法を使えないことに1番頭を痛めていたのは、リチルさんだ。
感動も一入と言ったところなのだろう。
実際、目に涙を浮かべ、さらにリーリスを抱きしめた。
「ありがとうございます、リチル。あなたにも心配をかけましたね。ごめんなさい。出来の悪い生徒で」
「いえ。そんなことはありません。リーリスお嬢様は最高の生徒です」
「すべてはルーシェルのおかげです。ありがとう、ルーシェル」
僕の方を見ながら、リーリスはお礼を言う。
リチルさんも目を拭いながら、僕の方にお礼を言った。
「克服したのはリーリスだよ。僕はその背中を少し押しただけだよ」
「なんだ? よくわからんが、めでたいことだ。よくやったな、リーリス」
1人何もやっていないユランが大きな口を開けて笑う。
それにしても、リーリスが火の魔法を使えて、本当に良かった。
「でも――――」
リーリスは唐突に逆説的な言葉を使う。
少し困ったような笑みを見せると、ずるっと音を立てて、唾を飲み込んだ。
「どうしましょう。火属性魔法を使う度に、あの時のお茄子の味を思い出してしまいますわ」
リーリスは頬を赤くするのだった。
感想欄を見てると、割とルーシェルの300年の間にあったことを知りたいという感想が、
散見されます。この辺りはSSなどで補完していこうと思っているのですが、
たとえば「舞台はファンタジー世界で、おばあちゃんと娘の二人だけでスローライフしながら、山の幸などを食べ尽くしていく。たまに冒険もあって、おばあちゃんの知恵で困難も難なく乗り越えていく」みたいな話って読みたいですか?
割とちょっとリアル目に書きたいなあっていう企画があるのですが、いかがでしょうか?
できれば、感想欄とかにご意見いただければ幸いです。








