第49話 教えるって難しい!
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「そうじゃないよ、こうだよ」
「ぬぬ……。こうか?」
「じゃなくて、親指と人差し指は添えるだけでいいんだよ」
「いや、それでは力が入らぬではないか」
「力を入れるのは、薬指と小指だけ」
「何故だ? 全部に力を入れた方がいいではないか?」
「えっと……。それはだから…………。ああ!! もう頭がこんがらがってきたよ」
僕はパニックを起こし、頭を抱える。
さっきから僕が何をやっているのかというと、ユランに訓練用の木刀の握り方を教えていた。
午前中の座学の時間が終わり、昼食を楽しんだ後、午後から剣術の授業が始まった。
先生はフレッティさんだ。
「はい。そこまで! どうだい、ルーシェル君。人に物を教えるって結構難しいだろう」
フレッティさんは穏やかに言った。
僕は首肯する。
300年間、1人だったから人に物を教えることは一切してこなかった。
それはトリスタン家の屋敷にいた時も同様だ。
僕は常に学ぶ側であって、教える側になることはなかったのだ。
教えるって難しい。初めて知った。
頭に知識もあるし、言われれば身体がそのまま動く。でも、自分がやってることを言語化するって、すごく大変なことなのだ。
それができるヴェンソンさんや、今目の前で剣術を教えているフレッティさんは、すごい人なんだと、改めて感心してしまう。
「…………」
「どうした、ルーシェル君?」
フレッティさんは僕を覗き込む。
僕は慌てて手を振った。
「いえ。なんでもありません」
「何でもないってことはないだろう。君がそういう顔をしている時は、昔のことを思い出している時だ」
「そうなのか、ルーシェル」
弱ったな。フレッティさんにはバレバレらしい。
でも、ほんの些細なことなのだ。
僕の頭に脳裏をよぎったのは。
「父上は教えるのもうまかったのだろうな、と」
「【剣聖】ヤールム殿か……。教えてもらったことはあるかい?」
僕は首を振る。
今思い出そうとして、出てこない。
思えば僕の記憶にある父上は、立ち合った時の鬼気迫る姿しか思い浮かばない。
剣の振り方も、握り方も、山でのサバイバル術もすべてトリスタン家にいた騎士から教わったものだ。
振り返ってみると、技術的なものは父から何も教わらなかった。
強いて上げるなら、父の打ち込みの強さぐらいだろう。
「良い剣士が良い剣術の教師になるとは限らない。現役の時の功績はなくとも、教師としてたくさんの良質な剣士を育てている人を私は何人も知っている。君の父上がどっちかは、私にも判断はつかないけどね」
フレッティさんは僕の肩を叩いた。
優しくじんわりと温かい手。
僕は何度この手に救われてきただろうか。
そう。もう僕はトリスタン家の子どもではなく、レティヴィア家の子になった。
そして今目の前にいるのは、僕の父ヤールム・ハウ・トリスタンではなく、レティヴィア家騎士団のフレッティ・へイムルドさんなんだ。
僕は顔を上げた。
もう大丈夫と知らせるように、フレッティさんに向かって微笑む。
「じゃあ、今度は模擬試合をやってみようか。ルーシェルとユランでね」
「え? 僕とユラン?」
僕は驚いた。
すでに何度か受けている剣術の講義だけど、模擬試合は初めてだ。
その初めての相手がユランって、大丈夫だろうか?
「ユラン、どうだい?」
「構わぬ。ようはルーシェルをぶっ倒せばよいのだろう」
ぶっ倒せって、いきなり物騒だな。
でも、ユランはやる気満々のようだ。
顔は少女でも、中身は竜。
まるで今にも炎を吐かんばかりに口を開けて、ユランは満面の笑みを浮かべる。
「僕とユランで大丈夫ですか?」
「ああ。まずは正道と我流の違いを体験してもらおうと思ってね」
意図はわからないけど、フレッティさんには何か考えがあるらしい。
「2人とも自由にやっていいよ。ただし、これは剣術の講義だからね。剣の攻撃だけで頼む」
最後にフレッティさんは付け足した。
炎でも吹かれたら、僕はともかく周辺が大変なことになるからね。
「じゃあ、両者前へ」
僕とユランは向かい合う。
互いの手には木刀が握られていた。
「本気で来いよ、ルーシェル。そうでなければ、面白くない」
「そのつもりだから安心して、ユラン」
僕たちは切っ先を互いの眉間に向かって掲げる。
「頑張ってー! ルーシェル! ユラン!」
声援を送ったのは、リーリスだ。
芝生の上に座り、剣術の授業を見学している。芝生に下ろした太股の上には、白黒のぶち猫が気持ち良さそうに眠っている。
公爵家で飼っている猫で、名前はクィーン。いつも廊下を我が物顔で歩く姿を、僕もよく目にする。
その態度はクラヴィスさんを前にしても変わらない。まさにレティヴィア家の女王様だ。
でも、リーリスの前では大人しいらしい。
ああやって眠るのも、リーリスの太股だけだ。
もしかしてリーリスを自分のベッドぐらいにしか思ってないのかもしれない。
でも、僕はリーリスの優しい心に、クィーンが惹かれているんだと考えている。
「こほん。ルーシェル君。始めてもいいかな?」
フレッティさんの質問を聞いて、僕は慌てて構え直した。
何故かフレッティさんはニヤニヤ笑っている。ユランはプクッと頬を膨らまし、当のリーリスは首を傾げていた。
あーもー。
とりあえず集中!
相手はユランだ。
真剣にやらないと、怪我をさせてしまうかもしれない。
「では、改めて…………はじめっ!!」
フレッティさんの声がかかる。
瞬間、ユランの姿がもう僕の目の前にあった。木刀を大上段に掲げ、僕の身長と同じぐらいの高さまで跳躍している。
フライングしたわけじゃない。
戦いにおいて、何より公平性を望むユランはそんなことはしない。
単純な身体能力が、人間とはまるで違うだけだ。
さすが中身はホワイトドラゴン。
すごい瞬発力……。そして跳躍力だ。
ユランは大きく開いた口は笑っていた。
キザキザの竜の牙が見える。
「どりゃああああああ!!」
ユランは思いっきり振り下ろす。
僕も黙って見ていたわけではない。
しっかりとユランの動きを読んで、後ろではなく前に身体を捌く。ユランと交差するように場所を変えると、すぐに腰を切って振り返った。
「こら! 逃げるな!!」
ユランは抗議の声を上げるけど、向こうはまだ着地したばかりで足が揃っていない。
僕は好機と見て、今度はこっちから踏み込む。
「うわ! 待て!!」
2つの木刀がかち合う乾いた音が響いた。
待て、と言われても、僕は容赦なく打ち込んだ。
ユランなら必ず身体能力にものを言わせて、対応できると思ったからだ。
「ぬふふふ! 決まったと思ったか、ルーシェル」
「ううん! ユランならあそこからやり返してくると思っていたよ」
「強がりを言いおって! ちょうどいい。ドラゴンステーキの恨み、ここで返させてもらおう」
ユランはさらに僕を押し込む。
たまらず、僕は弾かれた。
魔獣料理のおかげで僕の身体能力は人間のそれを遥かに凌駕している。
でも相手は若いといえど竜だ。
ユランが本気で押せば、僕でなければ恐らく空の彼方まで吹き飛ばされていただろう。
1歩、2歩と僕は後退する。
そこにユランは容赦なく打ち込んできた。
また力任せの振り下ろしだ。
僕はそこを見抜く。
「あれ?」
間の抜けた声が、屋敷の中庭に響いた。
ユランが当惑するのも無理はない。捉えたと思った木刀が、僕をすり抜けたのだ。
「ほう。見切りか……」
フレッティさんが顎に手を当て、感心したように頷く。
僕は一気に前に出た。
ユランと同じように上段から振る。だが、大振りはしない。
コンパクトに次に振る型を考えた虚剣だ。
実際、ユランは僕の上段を防御に成功した。だが、僕の剣撃はそれだけに終わらない。
すぐ様、横薙ぎに変化。それも躱されるも追撃の籠手を放つ。
「あわわわわわ……」
色々な角度から現れる僕の剣に、たまらずユランは目を回した。
ついには尻餅を付く。
僕は最後に軽くユランの頭を叩いた。
「それまで! ルーシェル君の勝利!」
フレッティさんは僕の腕を上げた。
その勝利宣言を聞くと、ユランは烈火の如く怒り始める。
「ズルいぞ、ルーシェル! そなた、魔法を使っただろ!!」
「え? 魔法もスキルも使ってないよ、僕」
「では、何故我の剣が当たらなかったのだ?」
ユランの怒りは収まらない。
「ルーシェル君、多分ユラン殿は君の『見切り』のことを言ってるんだと思うよ」
「ああ……。あれは剣術の技だよ。相手の動作を盗んで、その間合いをあらかじめ予想して、ギリギリで躱すんだ。本当にギリギリだから、相手は当たったと勘違いするんだよ」
「むぅ! やはりズルい!! お前だけズルいぞ!!」
ユランは芝生に寝転び、子どもみたいに地団駄を踏んだ。いや、実際子どもなんだけどね。
相変わらずユランはわがままだな。
こう癇癪を起こしたユランを諫めるのは、ユランを負かすより大変だ。
どうしよう?
「ユラン殿、そう落ち込まなくても大丈夫です。今度、私がルーシェル君を倒す技術を教えてあげますよ」
「ホントか!!」
ユランはガバッと起き上がった。
「いつ? いつ教えてくれるのだ?」
赤い目を朝日のように輝かせて、フレッティさんに迫る。
あまりの勢いにフレッティさんの方が戸惑っていた。
それでもフレッティさんは優しげに笑って、こう言った。
「ちゃんと剣術の講義で良い子にしていれば、いずれ……」
「よし! 言質とったからな。約束を破ったら、お前と隣にある屋敷ごと焼き払ってやるから覚悟しろ」
フッとユランは口から小さな火を吹く。
ユランの目は本気だった。
ユラン、可愛いなw
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