第4話 タンステーキ(前編)
ハイファンタジー19位まで上がってきました。
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そして10年の月日が流れていた。
俺も16歳だ。普通にトリスタン家で過ごしていれば、今頃成人の儀を迎えて、戦装束に身を包んでいた頃だろう。
でも、俺は未だに山にいる。
「せぇやぁぁあああああ!!」
自分で鍛え上げた鋼の剣を振るう。
大きく突き出たトロルの土手っ腹を切り裂いた。
魔物の体液が飛び散るが、まだ浅い。
トロルは体勢を崩し、後方に傾くもまだ生きていた。
「まだだ!」
俺はさらに1歩前に出る。
10年前と比べても、俺は大きくなったと思う。
鋼線を絞り込んだような頑丈で瞬発力に長けた肉体。少しずつだが体つきも、そして顔つきも父上に似てきた気がする。
そんな俺の前にいるのは、見上げるほどのトロルだ。
11年前――。
山に追放された時に、大きな鹿をバリバリと食べて、暴れ回っていた魔獣である。
後になって知ったことだが、このトロルは辺り一帯の魔獣の王らしい。我が物顔で山を闊歩し、他人の獲物を横取りする姿を、俺は何度も目撃している。
だが、それも終わりだ。
トロルには今日で玉座から下りてもらう。
「ここだ!!」
トロルの喉に、俺の剣が差し込まれる。トロルの瞳がぐるりと白目を向いた。
普通ならこれで絶命し、魔獣は結晶化するだろう。
けれど、トロルは結晶化しなかった。そのまま背中から地面に倒れる。残ったのは、空気を揺るがす音だけだった。
「よし! トロルに勝った!! トロルに勝ったぞ!!」
魔獣たちに知らしめるように勝利宣言が、広い山の中にこだまする。
俺はしばしトロルの腹の上で小躍りした。
10年間、山のトロルを倒すのを目標に、様々な魔獣を倒して、研究し、そして食べてきた。
色々試した結果、やはり魔獣を食べると身体能力が上昇する効果があるらしい。種類によって食べただけで、何十年と鍛えてようやくその高みに立てるといった【スキル】を、一瞬で習得してしまう食材まであった。
その効果の出方は様々で、1度食べたら2度と上昇しないものであったり、上昇効果が少ないものでも、食べ続ければ効果が出たり、あるいは瞬間的に上昇する食材も存在する。
身体能力だけじゃない。
スライムのように身体の機能を回復させたり、熱や冷気に強くなる効果の出る食材まであった。
さらには……。
「早速、食べてみるか?」
俺は手を掲げる。
すると、炎の球が手から飛び出した。
用意していた薪に火を付けると、焚き火が勢いよく燃え上がる。
今のは【炎弾】だ。
見ての通り、食べたら魔法が使えてしまう魔獣まで存在した。
これはピクシーキッドを食べて得た魔法だ。
さすがに身体を食べようと思わなかったが、頭の角を試しに蒸かしてみたら、筍みたいな食感と、旨みがあってなかなか美味だった。
この魔法はかなり重宝していて、助かっている。
この火と、熱耐性がなければ、今持っている鋼の剣を鍛え上げることも叶わなかっただろう。
他にも魔獣についてわかったことがある。
例えば、魔獣には仮死状態――つまり魔石化しない急所があるということだ。
種類によって、部位は様々だが、トロルのような人型だと概ね首骨の後ろ側に存在する。
どうやら脳と魔石の間には、魔力を受け渡すような細い管があるらしく、その受け渡しの流れが悪くなると、魔石化してしまうらしい。
その管を傷付けず、魔獣を仮死状態、あるいは麻痺状態にすれば、未晶化することがわかったのだ。
勿論、その管は無数に存在し、それを切らずに魔獣を傷付けるのは難しい。ほとんど不可能と言ってもいいだろう。
けれど、俺にはクラウンアイズという大きな目玉が付いた魔獣から得た効果がある。
【透視】だ。
これで魔石へと伸びる管を判別し、攻撃が可能となった。
身体の構造を理解するのに少し時間がかかるが、この能力によって俺はあらゆる魔獣の弱点を見つけることに成功していた。
同じ種族であれば、管の位置は変わらない。
おそらく【透視】がなくても、指導すれば誰でも未晶化を実現することは可能だ。
……ちょっと難しいけどな。
「あっ! 忘れないうちに……」
仮死状態になったトロルに振り返る。
色々と試してわかったことだけど、総じて人型はあまりおいしくない。トロルのこの柔らかそうなお腹も、質の良くない脂が詰まっているはずだ。
着火剤ぐらいなら使えるかもしれないけど、今の俺には無用の長物でしかない。
トロルで食べられる箇所は1つだ。
舌である。
人型の魔獣の中には、大きな舌を持っている種類が多い。
人間と違って冷めにくい身体をしているらしく、そのため長い舌が冷却器になっているらしい。
トロルにとって失えば死活問題になる舌だが、これがなかなか珍味だ。
身は締まっているのに柔らかく、コリコリとした歯応えは、まさに絶品。
タンといえば、やはり焼肉だけど、今日はステーキにしてみることにした。
折角大きなタン元が取れたのだ。
ちょっと大胆に厚切りにして、ステーキで食べることにしよう。
この後、もう1話上げる予定です。
お楽しみに!