第48話 300年ぶりの学習
第2部開幕です。
休載している間、温かい感想とレビューをいただき誠にありがとうございます。
引き続き第二部も頑張って参りますので、よろしくお願いします。
300年という長い間、魔獣がひしめく山で生活していた僕は、ついに山を下りることになった。
お世話になっているのは、レティヴィア家という魔獣を研究する公爵家だ。
初めは戸惑っていたレティヴィア家の人たちはとても優しい人ばかりで、300年という長い時間を生きてきた僕を、家族として受け入れてくれた。
そしてフレッティさんの褒賞式から2週間後。
今も僕はレティヴィア家の養子として、過ごしている。
僕は顔を洗い、朝食を食べて、片付けをした後、ある部屋に向かっていた。
広い屋敷の廊下を歩く。何度もレティヴィア家の家臣や給仕の人たちとすれ違ったけど、みんな笑顔で挨拶をしてくれる。
僕もそんなみなさんに感謝を込めて、大きな声で挨拶を返した。
目線付近にあるドアノブを握り、僕は部屋の中に入った。
部屋の中では、レティヴィア家の令嬢であるリーリスと、僕と同じく屋敷に住むことになったホワイトドラゴン――ユランが席に着いていた。
椅子とテーブルが一緒になった勉強机に座ったユランは、僕を見るなり鋭い視線を送る。大口を開けると、竜牙が光っていた。
「遅いぞ、ルーシェル」
「ごめん。思ったより食器の片付けに手間取っちゃって」
僕は軽く頭を下げると、リーリスの横の席についた。
お互い笑顔で「おはよう」と挨拶をする。
「また炊事場を手伝っていたのですか?」
「うん。ソンホーさんとの約束だからね」
ここのところ、僕は炊事場に出て、ソンホーさんたちの手伝いをしていた。
といっても、今は皿洗いぐらいしかさせてくれない。
ソンホーさんに理由を聞くと、「新米は皿洗いからって決まってるんだよ」って、あの荒っぽい口調で答えが返ってきた。
さらにソンホーさんは炊事場に立ち入るための条件を1つ僕に出した。
炊事場では、僕は当主の息子ではなく、ソンホーさんの部下であること。
つまり1人の新米料理人として見るってことだ。
だから、炊事場では僕は「ルーシェル様」ではなく、呼び捨てあるいは「お前」と呼ばれる。
僕としては望むところだった。
炊事場は遊び場ではなく、料理人の戦場。言わば聖域だ。そこに未熟で料理も我流な僕が入るのだ。むしろ気遣いなんてしてほしくなかった。
でも、ソンホーさんが弟子以外の人間を炊事場に入れる自体、珍しいことらしい。
クラヴィスさん曰く、『ソンホーさんに認められているからだ』というけど、僕には実感が沸かなかった
「毎日毎日、皿洗いばかりで退屈ではないのか?」
ユランは半目で僕を睨む。自分が皿洗いをしてるわけでもないのに、言葉にはうんざりという感情が滲み出ていた。
けれど、僕はすぐに首を振る。
「そんなことないよ。むしろ楽しいよ」
「楽しい?」
ソンホーさんが魚を切る手付きとか、凄く勉強になるし、お弟子さんが馬鈴薯の皮むきをやっているところとか、ソースの味見をしているところとか。
人が料理をしているところを見るだけでも、勉強にもなる。
仮に皿洗いをせずに料理をしていたら、こうはいかなかっただろう。
「あんな雑用が楽しいとは、相変わらずお前は変わったヤツじゃな」
人間の家に住むって言いだしたユランも、十分変わったドラゴンだけどね。
「ユランもやればいいよ。楽しいよ」
「我はパス……。ああいう細かいことは苦手じゃ」
ユランは手を振る。
「いつかソンホーが料理を教えてくれるといいですね」
リーリスは今日も笑顔だ。
最初に会った時は、目を合わせる度に眉間に皺を寄せて、僕のことを怖がるような仕草をすることが多かった。
けど、誤解が解けてからというもの、顔を合わせるだけで微笑んでくれる。
それがちょっと可愛すぎて、時々動悸が激しくなるけど……。
「みなさん、揃っているようですね」
部屋に入ってきたのは、屋敷長のヴェンソンさんだった。
相変わらず執事服がビシッと決まっている。長い白髪にも乱れはなく、太く逆立った眉も威厳たっぷりだ。
「おはようございます、ヴェンソン先生。今日もよろしくお願いします」
僕が挨拶すると、ヴェンソンさんはニコリと笑う。
「おはよう、ルーシェル君。今日も炊事場で頑張っていたそうだね」
「はい」
どうやらみんなが、僕が炊事場で働いてることを知ってるようだ。
「疲れていないかな?」
「大丈夫です」
「そうか。では、語学の講義を始めよう」
レティヴィア家に来て、約3週間……。
僕はレティヴィア家の屋敷で、改めて教育を受けることになった。
300年前、確かに僕はトリスタン家でも様々な教育を受けていた。けど、それは教育と言うよりは知識を詰め込むだけのただの作業だった。
その知識は確かに山での生活に役に立ったことは事実だ。でも、今自分で振り返ってもあの時の僕は異常で、半ば自分を洗脳するかのように知識を飲み込んでいた気がする。
それが【剣聖】になるため、父上に認めてもらうために必要なことだと信じて疑わなかったからだ。
でも、今は違う。
僕はレティヴィア家の子どもになった。人の子どもとして何かを失ってしまった僕は、改めて教育を受けることを決めた。
そもそも300年前の常識を知っていても、今の常識を知らない。
それを学ぶためにも、まず今の常識を知ることは何より先決だった。
特に僕が喋っている古い言葉はだいぶひどいものらしい。
挨拶1つとってもひどいようだ。
例えば「こんにちは」と僕の感覚として言った時に、リーリスからすれば「今日は良い日よりでございます」と非常に仰々しい言い方になってるらしいのだ。
僕から聞いても、リーリスたちが話す言葉は所々発音が変わっていたり、どういう意味かわからないことは度々あった。
今までは行間で察していたけど、ひとまず今の時代の社会に慣れるためにも、きちんとした言葉を覚えることは急務だと僕は感じていた。
振り返ってみると、フレッティさんもこんな昔の言葉を使う変わった子どもの言うことを、よく聞いてくれたものだ。
リーリスに手伝ってもらいながら、僕は今の言語に慣れるため、ヴェンソンさんに先生になってもらって、特訓することになった。
ちなみに言語を直さないといけないのは、僕だけじゃない。
「では、今日は『歩く』という単語の発音から始めましょう。では、ユラン様そのままの発音でどうぞ」
「ふん。馬鹿にしておるのか、屋敷長よ。そんなの簡単じゃ。『歩く』であろう」
ユランが答えると、側のリーリスが苦笑いを浮かべる。
ヴェンソンさんも不敵に笑った。
「では、2人ともせーの――」
歩く!!
元気な声が響き渡る。
僕もユランも気にならなかったけど、やはりヴェンソンさんやリーリスにはおかしく思うらしい。
「昔は『歩く』と言って、今も一部地方ではそういう所もあるのですが、正確には『歩く』です」
「ちょっとの差ではないか!」
ユランは頬を膨らませる。
そう。僕だけじゃなくて、ユランの言葉も昔の言葉がベースになっている。
だから、こうして僕と一緒に特訓することになった。
最初は興味津々といった感じだったけど、最近は飽きてきたようで不平ばかりだ。
それでも屋敷にある教室には来るので、意欲はあるらしい。
「確かに似ていますし、我々もこの程度なら聞き取ることができます。ただ雑音が多い場所なら『蟻食う』に聞こえてしまう可能性があります。いきなり『公園を蟻食う』なんて言った日には一生友達ができないかもしれません。きちんと今の発音を身に着けて下さい」
「むぅ……」
「では、わたくしの後についてください。『歩く』」
「「あるく」」
僕とユランは辿々しく、ヴェンソンさんの後に発音した。
「もう1度……『歩く』」
「「『歩く』!」」
「2人ともいいですね。特にユラン様、ナイス発音です」
「本当か!?」
ユランは目を輝かせる。
机に座ったまま腕を組むと、ふんぞり返った。
「ぬははは! そうであろう。そうであろう。まあ、ホワイトドラゴンの我なら、これぐらい朝飯前じゃ。かっかっかっ!」
天井を仰いだユランの鼻が、高くなっていくのが見えるようだ。
その側でヴェンソンさんはニヤリと笑い、ひっそりと親指を立てた。
うまいなあ。
ああやって、学習意欲を失いかけてきたユランを褒め称えることによって、意欲を復活させたのか。
ヴェンソンさんは学校の先生もやっていたそうだ。
ユランのような問題児はお手の物なのだろう。
「では続いて、次の日常単語に参りましょう」
こうして僕の語学の授業は続いて行くのだった。
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