第47話 褒賞式
ここまでお読みいただきありがとうございます。
大変なことになったな。
まさかユランが一緒に住むことになるなんて。
いくら人の姿をしているからって、竜が人間の屋敷に住むって、今まであり得たのだろうか。
「ただの食客になるつもりはない。わしの強さはそこな勇者と騎士が知っての通りだ。番犬ならぬ、番竜として賊を蹴散らしてやろう」
かっかっかっかっ、とユランは大口を開けて豪快に笑った。
「ああ。それなのだがな、ユラン」
「ん?」
参ったな、という表情を浮かべたクラヴィスさんを、ユランは大きな赤い目で睨んだ。
「屋敷に住む間、そなたの力を使うのは禁止だ」
「な! 何故だ!?」
クラヴィスさんは僕を一瞥する。
その時、今からクラヴィスさんが何を言おうとしているか、大体察しがついた。
「ユランの気持ちは嬉しい」
「であろう」
えっへん、とユランは胸を張る。
「だが、ユランの力は強すぎる。我が家で竜を住まわせておるなどと言えば、周囲の領地の貴族は心穏やかではないだろう」
「何故だ!? 何故、人間は心穏やかではなくなる? わしはまだ何もしておらんのに」
ユランはまたムスッと頬を膨らませる。
たちまちご機嫌斜めになった竜の少女に、僕は「落ち着いて」と話しかけた。
「ユラン、僕は君が無闇に暴力を振るう竜ではないことは知ってるよ」
「当たり前だ! 我は誇り高き、神の獣――ホワイトドラゴンぞ。そんな魔獣のようなことはせん」
「でも、ユランを知らない人達にとって、竜はとても怖い存在なんだ」
「それはそうだろう。竜は獣の頂点であるから――――あっ?」
ようやく気付いたらしい。
ユランって、なんかちょっと抜けてるんだよな。
僕より長生きなのに……。
それは僕も人のこと言えないのだろうけど。
ああ。そうか。ユランもまた僕と一緒なんだ。どんなに長く生きても、1人の時間が長かったから、たとえ長生きしても心はまだ未熟なんだ。
もしかしてクラヴィスさんがそれを見抜いて、この屋敷に置くことを許可したのかもしれない。
そうであれば、ユランは僕にとって鏡のような存在なのかもしれない。
「ユラン……」
「皆まで言わなくて良い。この世界には我を恐れる者が大多数いるということだろ」
「そういうことじゃなくて……」
僕はユランの手を取る。
思っていたよりも小さい手だ。よく見ると、爪の形状が猛禽類を思わせるようなアーモンド形だけど、それ以外は普通の人の手と変わらない。
触ってみると、ちゃんと温かくて、女の子らしい柔らかさがあった。
「一緒に成長していこうってことだよ。僕とユランでね」
「――――ッ!」
急にユランの顔が赤くなる。
いつも鋭い眼差しを送る赤い目が、クルクルと目の中で回っていた。
僕も僕で、リーリスから聞いた話を思い出して、反射的に顔を赤くする。
「べ、べべべべ別に我はもう立派なレディだ。ルーシェルと一緒にするな」
「ご、ごめん……」
ユランとは170年前に出会った。
その時から思えば、1つ屋根の下で暮らすなんて、いくら僕が魔法やスキルを持っていても、わからなかっただろう。
何よりユランと僕が同じなんて考えもしなかった。
山を下りて、もう手の平いっぱいたくさんのことが起こってるけど、今のところ1番の驚きかもしれないな。
「だから仲良くしようね、ユラン」
「ふん。別にそなたと仲良くなりたいわけではない。だが、一緒にはいてやってもいい」
ユランは自ら僕の手を取るのだった。
◆◇◆◇◆
それから2日が経った。
「ルーシェルくん!!」
僕に飛び込んできたのは、頭から狐耳が飛び出たミルディさんだった。
早速、僕に抱きつくと揉みくちゃにする。
ついに残りの騎士団が公爵家に凱旋したのだ。
後ろにはリチルさんや、ガーナーさんもいる。皆、元気そうだ。
ミルディさんも遠征の疲れがあるのに、僕を思いっきり抱きしめていた。
巻き付いてくる尻尾の毛艶も悪くないようだ。
「ミルディさん、苦しい……」
タップすると、またリチルさんに怒られていた。
さらに3日後……。
ソフィーニさんに呪いを送っていた人が判明した。
侯爵家のさる令嬢で、なんとクラヴィスさんもソフィーニさんも面識がないらしい。
本人はとても賢く、美しい令嬢で、とある公爵家に嫁ぐ予定だったけど、寸前で破談になったそうだ。
関係のないソフィーニさんを何故狙ったのかはわからないそうで、衛兵の取り調べでは支離滅裂なことしか喋らないらしい。
王国の法律によれば、呪殺は未遂でも極刑相当となる。これから裁判にかけられ、きちんとした証拠が提出されれば、間違いなく処断されるそうだ。
そしてソフィーニさんの犯人が見つかった日。
レティヴィア公爵家の屋敷にある大広間では、式典が行われていた。
赤い絨毯に、レティヴィア家の旗が部屋の正面奥と壁に掛けられ、大きなシャンデリアが眩い光を放っている。
その絨毯の横で、レティヴィア家の家臣や家族、騎士たちが並び立っていた。
列の中には、僕とユランの姿もある。
本日の主役は、僕やユランじゃない。
1人の騎士だ。
大広間の扉が開く。
真新しい軍服を纏い、現れたのはフレッティさんだ。
いつもは暴発気味の頭も、しっかり髪油で調えられ、幾分化粧もしていた。その分、いつもより格好良く見える。
凜々しく、真剣な顔はいつも通りだ。
フレッティさんはゆっくりと壇上で待つクラヴィスさんの方へと歩いて行く。
僕たちは拍手を送り、フレッティさんを迎え入れた。
クラヴィスさんの前で膝を突き、頭を垂れる。
「フレッティ・へイムルドよ」
クラヴィスさんの威厳たっぷりの声が、大広間に広がる。
その声を聞いて、当のフレッティさんだけではなく、僕を含めてすべての人が居住まいを正した。
「はっ!」
「家宝の奪還。並びに竜の試練をくぐり抜け、我が妻ソフィーニの解呪に尽力したこと、誠に見事であった」
「はっ……」
少しフレッティさんの声に覇気がない。
この褒賞式は事前に通達されていた。初めフレッティさんは褒賞を断っていたらしい。
家宝の奪還は自分のミス。ソフィーニさんの解呪も、僕の助力なければ、と。
責任感の強いフレッティさんらしい、潔い考えだった。
対するクラヴィスさんはこう諭したという。
『お前は騎士団の長だ。その功績をお前自身認めないのは、騎士団全員の働きを否定することになるのだぞ』
その言葉を聞いた時、それまで頑なだったフレッティさんは褒賞を受けることにしたらしい。
それでも、どこかフレッティさんの心のどこかに忸怩たるものがあるのだろう。
「その功績を称え、そなたにレティヴィア家の家宝『フレイムタン』を下賜する」
クラヴィスさんからフレッティさんへ、あの赤い剣が手渡される。
「これはもうそなたのものだ、フレッティよ。これより【紅焔の騎士】を名乗るがよい」
「ありがとうございます。大切に使わせていただきます」
「大切になどせずともよい」
クラヴィスさんは穏やかに笑う。
「その剣を振るい、我が家族、そなたの騎士団、そしてこの国を守ってくれ」
「…………はっ! この身命をかけて。主君の家族と、我が部下たち、そして王国の未来を守ることを誓います」
フレッティさんは深々と頭を下げた。
「うむ。頼むぞ」
そしてフレッティさんは赤い剣を腰に差す。
『紅焔の騎士』という名にふさわしい真っ赤なマントを纏った。
「団長! おめでとうございます!!」
開口一番、元気に祝福の意を表したのがミルディさんだ。
尻尾を振りながら、手を叩いている。
続いてたくさんの祝意が、大広間に響いた。
「おめでとうございます、団長!!」
「おめでとうございます」
「良くお似合いですよ」
「騎士長、かっこいい!!」
拍手が嵐のように巻き起こり、称賛の声が飛ぶ。
身分関係なく、フレッティさんを笑顔で祝福した。
「おめでとうございます、フレッティさん」
「ありがとう、ルーシェル君」
フレッティさんはようやく吹っ切れたような笑顔を見せた。
ありがとう、と言いたいのは、僕の方だ。
あの時、フレッティさんがクラヴィスさんを引き合わせてくれなかったら。
いや、フレッティさんが僕の家に来てくれなかったら。
今も僕は山で暮らしていて、未熟な5歳のままだったろう。
フレッティさんは僕を救ってくれた。
だから、感謝を伝えるのは僕の方なのだ。
「ありがとうございます、フレッティさん」
僕がそう言うと、フレッティさんは少し目を細めて笑った。
その腰の赤い剣が光っている。
思えば、この赤い剣がきっかけだった。
運命の赤い糸ではなく、赤い剣とはなかなかシャレが利いているじゃないか。
糸は切れやすいかもしれないけど、剣であれば安心だ。
ただその剣のように、僕とレティヴィア家の人たちを結びつけ続けることを祈る。
こうして僕の新たな生活は続くのだった。
ここまでが第一部完結となります。
お読みいただきありがとうございます!
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ブックマークがまだの方も是非!
そして更新の方なのですが、大変申し訳ないのですが、しばらくお休みさせていただきます。
現在、別作の続編作品の書籍化作業に追われておりまして、
なかなか更新作業にまで手が回らないためです。
連載再開は7月24日(つまり1週間程度)、
その後は2日に1度の更新に切り替えようと思っております。
しばらく更新空けるため、一旦完結設定にさせていただきましたが、
更新は続けるつもりでいますので、ご安心下さい。ブックマークも是非そのままにお願いいたします。
お話全体の流れとして、ルーシェルが料理人として成長していくお話を想定しております。
第二部ではレティヴィア家の中で子どもとして育ちながら、料理人としても成長していく
ルーシェルを描いていくことになりますので、是非そちらもご期待ください。
改めてここまでお読みいただきありがとうございました。
しばしの別れですが、すぐ戻って参りますので、今しばらくお待ち下さい。








