第46話 乙女心
昨日もお伝えしましたが、
初めて月間総合ランキング1位に入ることができました。
改めてブックマークと評価をいただいた読者の皆様に感謝申し上げます。
「あら?」
突如、リーリスが周囲に目を配る。
何かを探しているようだ。
最後に丸い顔を傾けて、こう言った。
「ホワイトドラゴン様は?」
「え?」
あれあれ?
ホワイトドラゴンの姿がない。
あれ程の大きな身体だ。隠れるにしたってすぐに見つけてしまうだろう。
しかし、その姿は影も形もなかった。
「我ならここにおるぞ」
聞き慣れない女の子の声に驚いた。
長テーブルの短辺。所謂お誕生日席といわれる席に、ちょこんと女の子が座っていた。
背格好からして、年の頃はリーリスと同じぐらい。
綺麗な銀髪を2つに結び、鋭い真っ赤な瞳をしている。肌は真っ白で、その上からまるで水で織ったような半透明の羽衣を羽織っていた。
首から下がっているペンダントには、竜が象られている。
顔は可愛いを超えて美しく映るのに、何故か野性味を感じる。
ともかく、その超然とした雰囲気に、僕たちは呑まれた。
「だ、誰?」
屋敷の人か何かと思ったが、クラヴィスさんの反応を見る限り違うらしい。
全くの赤の他人。なのに僕には知らない人には思えなかった。何よりこの近寄りがたい雰囲気には覚えがある。
銀髪の少女は周囲からの視線を気にせず、おかわり用に残していた皿を奪って、熟成肉を手で摘まみ上げた。
「あーん」
大きく口を開けて、まるで動物に餌でもやるように肉を掲げて食べる。マナー違反どころではない態度だったけど、咎める人は誰もいない。
僕もその蛮行を目で追うだけに留めた。
「うまい!」
パシッと綺麗な膝小僧を叩く。
「誰ぞも言っておったが、まさかマウンテンオークスがよもや50年程度で、こんなに美味となるとはな。次は1000年ものでも食べてみたいものだ。さぞおいしかろう」
50年……。1000年…………!
も、もしかして今目の前にいるのって。
「もしかして、ホワイトさん?」
「ん? なんじゃ、ルーシェル。今頃気付いたのか?」
ぱちくりと少女は瞼を瞬いた。
え……?
「「「「「ええええええええええ!!」」」」」
僕の叫び声は、周囲からの声と合わさって、夜更け前の中庭に響き渡る。
給仕さんの1人がバタリとトレーを落とし、盛大な音を鳴らす。
びっくりしたリーリスがからりとフォークとナイフを落としていた。
さしものヴェンソンさんの表情も固い。
「ホワイトさん、女の子?」
いや、そもそもツッコみどころはまだある。
なんでホワイトドラゴンが人間で、割と下着が見えそうなきわどい羽衣を着て、お誕生日席に座り、マウンテンオークスの熟成肉のステーキを食べてるってところもだ。
自分で言ってて、なかなかカオス過ぎる。
「ん? 気になるか、この姿? なかなかの美少女じゃろ?」
う……。認めざるを得ない。
リーリスと同じ、いやもしかしてそれ以上…………いやいや、僕は何を比べようとしているんだ。
「これが我の人間に変身した時の姿だ」
「それにしたって小さすぎない?」
竜の姿の時は、あんなに大きいのに。
もしかして、僕に合わせたのかな?
推察すると、それが読まれたのか、ホワイトさんは目を細めた。
「調子に乗るなよ、ルーシェル。お主と同じ背格好なのは、我が竜族ではまだまだ子どもだからだ」
な、なるほど。よく理解できた。
いや、それよりも……。
たぶん、僕以外も気になってると思うけど……。
「そもそもあなた、女の子だったのですか?」
カリムさんが思い切って尋ねた。
何気にカリムさんって怖いもの知らずだよなあ。
「なんだ、お主ら! 我を雌のドラゴンと知らずに攻撃しておったのか? 乙女の肌を容赦なく攻撃してくるなとは思っておったが……。ぬぅ! 屈辱だ!!」
ホワイトドラゴンは怒りの炎を燃やすと、さらに喚いて、周囲にまき散らした。
「失礼なヤツじゃ! 見よ、この肌の白さ。砂糖をまぶしたような白さじゃろ? 雄どもはもっと黒っぽい。わかるか?」
いやいやいやいや、そんなこと全然わからないって……。
「ま、まあ、よい。ところでホワイトドラゴン殿……。我が息子の料理はいかがかな? まあ、先ほどの態度からしても答えは決まっているとは思うが……」
そうだ。
すっかり忘れていたけど、これはホワイトドラゴンの僕への怒りを鎮めるためのものだった。
ドラゴンステーキの代用として、マウンテンオークスの熟成ステーキを出したけど、果たしてホワイトドラゴンはどう審査するのだろうか。
僕は自然と息を飲み、ホワイトドラゴンの次の言葉を待った。
「我の答えは最初から決まっておる」
少女となったホワイトドラゴンの背後からにゅるっと現れたのは、大きな尻尾だ。
その姿になっても、昔の傷は癒えていないらしい。
代わりに古傷に巻かれていたのは、可愛いリボンだった。
「答えは否じゃ。我はルーシェルとよりを戻す気はない」
何か重たいものが、僕の胸に落ちる。
一瞬、真っ白になったけど、やりとりは続いた。
「料理がお気に召さなかったと……」
クラヴィスさんは質問を重ねた。
「料理はうまかった。大変美味であった。我は人間よりちと長生きだが、今まで食べたものの中で1番といってもいいほどにな」
「ならば――――」
「だが、わしが所望したのはドラゴンステーキだ。それ以外のものを出されて、認めるわけにはいかぬであろう」
ホワイトドラゴンの言う通りだ。
その要望は一貫していた。ドラゴンステーキ以外のもので代用しようとしたのは、僕が勝手にやったことに過ぎない。
やはりホワイトドラゴンは、ドラゴンステーキ以外のものでは許してくれないらしい。
「しかし、クラヴィスとやら。家名として許しを請いたいというなら、1つ条件を飲めば許してやらんわけではないぞ」
「別に家名は関係ないと思うが……。よし。一応聞こう」
クラヴィスさんは頷く。
「我を食客として迎えよ」
「はっ?」
え? どういうこと?
「ホワイトドラゴンが我が家に?」
「さすれば、いつでも我が口の中にドラゴンステーキを食べさせることができるであろう。のう……。ルーシェル」
のう……って言われても、僕には全然わからなかった。
すると、クラヴィスさんは豪快に笑う。
カリムさんも、ソフィーニさんも、フレッティさんもだ。
リーリスも両手で口元を押さえ、クスクスと笑っていた。
なんでみんな笑うの?
なんかおかしいところがあった?
僕は首を傾げる。
給仕さんも、あのヴェンソンさんすら顔をくしゃくしゃにして笑っている。
「ええい! 笑うな! お主ら、何がおかしい」
と言って、ホワイトドラゴンは叱るけど声量が上がるだけだった。
ホワイトドラゴンは椅子の上であぐらをかき、最後は腕を組んで頬を膨らませる。
「ふ、ふん。――――で、当主よ。答えはどうなのじゃ? 食客の件は受けるのか、受けぬのか?」
「喜んで受け入れよう」
「い、いいんですか? クラヴィスさん?」
「幸い部屋は空いておる。竜の姿なら無理でも、そのような可愛い姿であれば問題あるまい。そうだな、ヴェンソン」
「問題ないかと……」
ヴェンソンさんは頭を垂れる。
僕が慌てていると、ホワイトドラゴンは言った。
「ルーシェル、そういうわけだ。我は屋敷にいつでもおる。ドラゴンステーキ、待っておるぞ」
そ、そんなこと言われても……。
「ぶっはっはっはっ! ルーシェルよ。そなた、300年も生きてきて乙女心がわからないと見えるな」
「お、乙女心?」
「どうやら、そのようだね。リーリス、ここは女性を代表として、ルーシェル君にレクチャーして差し上げなさい」
カリムさんは笑いを堪えながら進言する。
名指しで呼ばれたリーリスは肩を震わせた。
「わ、わたくしがですか?」
「それもまた家族の大事な役目だよ」
「お兄様ったら……」
「あ、あの……、リーリス。本当に僕、何がなんだかわからないんだ。ホワイトさんは僕のことが嫌いというのに、屋敷に留まるというし。僕のことが嫌いだって言うのに」
今にも僕の頭はパンクしそうだ。
リーリスは慌てている僕を見て、一瞬唖然とし、ちょっと溜息を吐いた後、最終的には笑ってみせた。
「仕方ありませんわね」
そう言って、リーリスは僕に耳打ちする。
「ホワイトドラゴン様は――――――」
え?
「ええええええええええ??」
思わず声を上げてしまった。
そしてホワイトドラゴンの方を向く。
偶然にもその赤い瞳と目が合ってしまい、慌てて顔を背けた。
「あ、あのホワイトさ――――」
僕は確認しようとしたが、その口を遮ったのはリーリスの小さな手だった。
「今はいけません、ルーシェル。そっと心の中で留めておいて下さい」
「ど、どうして……?」
「それは――――えっと、わ、わたくしならそうして欲しいと思うからですわ」
リーリスは頬を赤らめながら、ニコリと笑う。
リーリスはリーリスで、天使のように可愛かった。
「お前ら、何をこそこそと喋っておるのだ?」
僕とリーリスの間に、ホワイトドラゴンが割って入ってくる。
「ほ、ホワイトさん!!」
「なんじゃ、その顔は! ……まあ、良い。前から気になっておったことがある」
「な、なに? ホワイトさん?」
「そう。その『ホワイトさん』という安易なネーミングのことだ。それを改めよ。これからは同じ屋根の下で暮らすのだから」
「え? でも、なんて言えば……」
「我はまだ半人前ゆえ、名前は持っていない。故にファミリーネームで呼びかけるがよい」
「じゃあ、それを教えてよ」
ユラン!
「わしの名前はユランだ。改めてよろしく頼むぞ、ルーシェル」
こうしてホワイトドラゴンことユランが、僕と一緒にレティヴィア家に住むことになったのだった。








