第44話 魔獣の熟成肉
マウンテンオークスの熟成肉を俎上に置くと、カビている部分のトリミングを始めた。
現れた身の色を見て、クラヴィスさんたちは息を飲む。
「綺麗な赤色……」
溜息を漏らすように、リーリスが呟く。
主に表層の部分を取り除き、現れたのはルビーのように輝く赤い肉身だった。
「あの岩のようなマウンテンオークスの肉が熟成を経て、高級な食牛のような赤身になるとは……」
クラヴィスさんは唾を呑む。
「何故このように赤くなるのかしら?」
興味津々といった感じで、ソフィーニさんが質問する。
「さすがに、僕もそこまでは……」
「ふむ。これは研究しがいがありそうですね、父上」
カリムさんも感心した様子だ。
クラヴィス公爵家は魔獣のことを調べていると言っていた。全員がそれぞれ魔獣のことに興味を持っているのだろう。
トリミングした後、油を馴染ませた鍋の中、塊のまま投入した。
ジュゥゥゥゥウウウウウウウウ……!
キレの良い音が響き、薄く白煙が上がる。
「大きな肉を……」
「そのまま入れおった」
カリムさん、クラヴィスさんは驚く。
大きな鍋に巨大な山のように聳えるお肉に、周囲の人たちは一様に息を飲む。
「ご当主並びにカリム様、今ルーシェル君が取った方法は何も奇妙なことではありません」
進み出てきたのは屋敷長のヴェンソンさんだった。
目の前に真っ白な竜がいるというのに、随分と落ち着いている。
僕がお爺さんだった時、こうまで堂々としていただろうか。
しかし、ヴェンソンさんはこの公爵家の屋敷を守り続けていたのだ。
そのプレッシャーは半端でないはず。
責任感というものが、ヴェンソンさんを磨いてきたのかもしれない。
たぶん、それが僕とヴェンソンさんの違いだ。
「熟成肉は時間をかけることによって、中の水分が減っていきます。その分、旨みが凝縮していくからうまいのです。しかし、カットすればその旨みが逃げてしまう。だから塊ごとじっくり焼いていくのです」
ヴェンソンさんは解説する。
うん。見事な説明だ。僕が言いたいことを全部口にしてくれた。
クラヴィスさんは顎髭を撫でながら、納得した。
「なるほど。確かに理に適っておる。しかし、水分が抜けていくということは肉が縮むのではないか?」
「仰る通りです」
気になったクラヴィスさんは、僕に質問する。
「ルーシェル、この肉の元の大きさはどれほどだったのだ?」
僕は肉を、木の板を使いながら裏返す。
普通の菜箸や金ばさみでは持ち上げられないからだ。
「そうですね。うまく言い表せないのですが、それこそ山のような大きさだったと思います」
「山の――――」
クラヴィスさんはガンと顎を開けて驚く。他の方たちも同様だ。表情を変えなかったのは、ヴェンソンさんぐらいだろう。
「山のような大きさの肉が、ここまで小さくなるのか?」
「50年かかってますからね。さもありなんといった感じでしょうが、どれほどの旨みが凝縮されているか」
カリムさんはゴクリと唾を呑む。
それには理由があった。
肉の中から芳醇な匂いが漂ってきたからだ。
「良い香りだ……。肉の香りとは思えぬ」
「ええ……。どちらかと言えば、アーモンドに近いというか」
「匂いの中に甘みを感じますわ」
レティヴィア家の人たちは漂ってきた香りに酔いしれる。
僕は肉から漏れ出た脂を丁寧に拭き取りながら、じっくりと火を入れていく。
裏表だけじゃなく、横、上下左右にも軽く焦げ目が付く程度に、熱を通していった。
「そろそろ頃合いかな」
肉を鍋から出す。
「いよいよか」
「いえ。肉を――――って!」
僕は驚いて、顔を上げる。
目の前に、ホワイトドラゴンの大きな顔があったからだ。
口から唾が溢れている。
肉の香りに耐えきれなかったのだろう。
「もうちょっと待ってね、ホワイトさん。肉を一旦休ませないと」
僕に注意されてようやく我に返ったようだ。
ホワイトさんはハッと顔を上げる。
「べ、別にマウンテンオークスの熟成肉なんて興味ないのだからな」
しっかり肉の名前まで覚えてるじゃないか。
興味のない素振りをしながら、ずっと僕の説明を聞いていたらしい。
肉をフクロバナと言われる人ぐらいの大きさの花弁の中に閉じ込める。こうやって極力肉の熱を逃がさないようにして、肉を休めること15分……。
いよいよフクロバナから取り出すと、慎重に肉を切っていく。
焼いてからすぐに切ってしまうと、肉汁が出やすくなってしまう。
それでは熟成肉の旨みまで逃げてしまう。
折角閉じ込めたのに、それではあまりに勿体ない。
熟成肉の根幹は、如何に肉の旨みを引き出すかということ。調理する時も、どうやって旨みを逃がさないかということが肝要になってくる。
「出来ました!」
マウンテンオークスの熟成肉ステーキの完成です。
次回実食です。是非召し上がれ。
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