第42話 3秒ルール
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「人の子よ……」
クラヴィスさん、ソフィーニさん、カリムさん、そしてリーリス――。
僕の新しい家族と抱き合っていると、再び声が空から降ってくる。
ホワイトドラゴンがじっと僕を睨んでいた。
「昔言ったな、人の子よ。お前は人間の中で育つべきだと……」
「はい」
僕はホワイトドラゴンに向き直る。
はっきりと覚えている。ホワイトドラゴンに初めて会い、僕の呪いを解いてくれた時に言われた言葉だ。
僕が何と答えたかも、ちゃんと覚えている。
「お前はその時『怖い』と言った。その恐れはまだあるか?」
僕は首を振って、否定した。
「いいえ」
そして今一度、僕は振り返る。
「今は僕を家族として迎えてくれる人たちがいます。だから、もう怖くありません」
僕がそう言うと、ホワイトドラゴンはほんの少し笑ったような気がした。
「良き者たちと出会ったようだな」
「はい。最高の家族です」
「ふむ。では――――」
「お待ち下さい、ホワイトドラゴン」
止めたのは、カリムさんだった。
ホワイトドラゴンの前に進み出る。
「なんだ、勇者よ? 感謝の言葉なぞいらんぞ」
「それもありますが、1つお聞かせ願いたい。あなたとルーシェル君の関係だ。一体、何があったのですか?」
質問した瞬間、それまで穏やかだったホワイトドラゴンの表情が一転して険しくなる。
先ほどまで皆無だった殺気が膨れ、牙を剥きだしてカリムさんに凄んだ。
「お気に障ったなら申し訳ない。あれ程ルーシェル君に対して怒り狂っていたのに、その……今のあなたは、まるで父親のような目をしていた。何か訳があるのかと」
「ふん! 知りたければ、ルーシェルに聞け! 全部、そやつが悪いのだ」
「ルーシェル君、ホワイトドラゴンさんに迷惑をかけたの?」
「正直に話しなさい。事と次第によっては、私も謝ろう」
ソフィーニさんと、クラヴィスさんが進み出る。
「いや、迷惑というか」
その悲しい事件というか。
それは170年ほど前、ホワイトドラゴンに呪いを解いてもらった直後まで遡る。
◆◇◆◇◆
「ほう……。1度食べてみたいな、ドラゴンの肉」
と口にしたのは、ホワイトドラゴン自身だった。
ドラゴングランドのお肉を食べてから、約50年。
僕の身体はちょうど老化に向かっていて、再び別れた当時の父の年齢よりも遥かに年を取っていた。
「興味があるのか?」
ホワイトドラゴンがドラゴンの肉を食べるって共食いなんじゃ……。
「あるな。そなたがおいしいというなら、1度食べてみたい」
どうやら、共食いという発想すらないようだ。
ホワイトドラゴンといえど、獣であることに代わりはない。人間とは違って、共食いのハードルが低いのだろうと、僕はその時推測した。
「じゃあ、食べてみるか?」
「食べられるのか? しかし、めぼしいドラゴンは……」
ホワイトドラゴンは辺りを窺ったが、竜の姿は見当たらない。そもそもホワイトドラゴンは神竜とも呼ばれる由緒正しい神の生物である。
同じ竜が近づくなど、恐れ多いことのようで近づくのを避けるのだ。
「目の前にいるではないか?」
僕はその時、顎髭を撫でながらホワイトドラゴンを見上げた。
「自分で自分を食うのか?」
「イヤか?」
「いや、面白い! 是非やってくれ」
拒否されるかと思ったけど、逆にお願いされてしまった。
竜の倫理観って、人間のそれからは外れてるからよくわからない。
そもそも理解することすら難しいだろう。
早速、ホワイトドラゴンの尻尾を切ることになった。
「優しく、そっとだぞ」
ホワイトドラゴンはすでに半泣きなりながら、自分の尻尾を差し出す。
ぐっと手を握り、足に力を入れる。
まるで便器で力んでいる人のようだった。
最初の頃は意気揚々としていたその面影はない。
竜も恐怖を覚えるのだな、と思ったら、少し笑ってしまった。
「大丈夫だ。一瞬で切り落とす――――というか、もう切った」
「ぎゃああああああああ!! 血ぃ! 血がぁぁぁぁああああ!!」
「さっきまで散々血を流して戦っていたヤツが狼狽えるでない。今、【回復】を――――」
「それには及ばぬ」
ホワイトドラゴンの切り口から、にょきりと尻尾が飛び出した。
すごい再生能力だ。
「どうじゃ?」
「少し色が変わってるし、傷跡が残ってるが……」
「他の鱗が経年劣化しておる証拠だ。まあ、良い。じきに馴染むだろう。それよりもだ」
「はいはい。わかってるよ」
僕は早速、ホワイトドラゴンの肉の下処理をして、調理に入った。
肉を少し寝かせたので、気が付けば夜だ。
明るい月の光にさらされながら、アイアンアントの外装で作った鉄板を使って、弱火でじっくり焼いていく。
焼いてみると、肉らしい色になってきた。ホワイトドラゴンの血の色があれだったので、お肉と言うよりは大きなマスカットみたいだったけど、熱を入れた後は違う。
牛肉のような薄い茶色になってくると、段々とおいしそうに見えてきた。
白い脂肪部分もぷるぷるしていて、誘っている。
なにより――――。
ジワワワワワワワワワ……。
夏の蝉の大合唱を思わせるような盛大な音。
湯気に混じった肉の焼ける匂いが鼻先をくすぐる。
溶けたバターのような芳醇な香りに、顔の緩みが抑えられなかった。
それはホワイトドラゴンも同様らしい。
ぼとり、と近くに何か落ちたと思ったら、ホワイトドラゴンの涎が地面に広がっていた。
身体が巨大だから、1滴といえど涎まで大きいらしい。
ブロック状のステーキを満遍なく焼いていく。勿論四方にきちんと焼き目を付けてだ。
「も、もういいのではないか?」
辛抱たまらん、とばかりにホワイトドラゴンは唾を呑んだ。
確かに頃合いなんだけど、ホワイトドラゴンのお肉を食べるのは初めてだったので、僕はもう少し焼きたかった。
だが、これ以上ホワイトドラゴンを待たせていると、暴れ出しそうだ。
実際、さっきから切った尻尾が激しく揺れていた。
地団駄を踏むかのように、バタバタと地面を叩いている。
「ダメだ! もうこれ以上は待て~~ん! 食べる! 食べるったら食べる!!」
「ちょ! 落ち着け、ホワイトさん」
「ふがぁぁぁぁああああああ!!」
ついにホワイトドラゴンは切れると、鉄板の肉に手を伸ばした。
「あ! ダメだ! まだ熱いよ」
止めようとしたが、遅かった。
ホワイトドラゴンは爪で摘まむが、それでも――――。
「あっっっっっっっちぃぃいぃいぃいぃいぃぃいいいいい!!!!」
ホワイトドラゴンは悲鳴を上げた。
それみたことか。
僕の忠告通りのことになった。
ただホワイトドラゴンが熱さに苦しむまでは良かった。
悲劇の始まりはこれからだったんだ。
ボトン……。
何か絶望的な音が側で聞こえる。
気付けば、ホワイトドラゴンが摘まんだステーキが地面に落ちていた。
ただ地面に落ちていたわけではない。
ホワイトドラゴンが流した血だまりの中に落ち、最後に泥がデコレーションしていた。
「あっ……」
「あっ……」
何の示し合わせもなく、僕とホワイトドラゴンの声は重なる。
だが、迷ってる時間はない。
1秒、2秒と刻々と時間が過ぎている。
僕は血と泥にまみれたステーキを拾い上げ、ステーキを掲げた。
「せ、セーフ。3秒前にとったし、洗えばどうにか……」
ホワイトドラゴンの鋭い瞳に、ぎこちない笑みを浮かべる僕の姿があった。
かっと怒髪天を衝いたのは、その直後だ。
「ふざけるなあああああああああああ! わ、わしの、わしのステーキがぁぁぁああああああああああああああ!!」
こうしてホワイトドラゴンの身を挺した竜ステーキは、未だ実食が完遂されぬまま、年月だけが過ぎ去ったというわけである。
竜が猫舌って思ったと思いますが、ホワイトドラゴンはどっちかというと、
水属性側のドラゴンなので熱には意外と弱いのです。
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