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第41話 一途な願い

『聞かせてもらった』


 突如、大仰な声が地下室に響き渡った。


 リーリスの肩が震え、自然と僕の方に引っ付く。僕も反射的にリーリスの肩を抱いて、声の出所に気を配った。


 聞いたことある声だったので、誰かはすぐわかった。


 僕は地下室をリーリスと一緒に出る。


 すでにレティヴィア家の家臣たちが、中庭に現れた大きな影に絶句していた。


 僕はそれを横に見ながら、顔を斜めに上げる。


 重苦しい音を立てて、着地した巨躯は真っ白な鱗をした巨大な竜だった。


「なんと立派な……」


 クラヴィスさんも夕食を放り出し、中庭に駆けつける。側にはソフィーニさんもいて、クラヴィスさんはその肩を抱くように羨望の眼差しを向けていた。


 同時に屋敷の警備のために残っていた騎士たちも続々と現れて、竜を半包囲する。


 見事なホワイトドラゴンの姿に、誰もが息を飲んでいた。


「待て!」


 そのホワイトドラゴンの背の上から、人影が現れる。


 現れたのは、フレッティさんとカリムさん。そして怪我を負った騎士団の人だった。


 リチルさんやミルディさんの姿はない。ガーナーさんもだ。


 何があったかわからず、心配したが、事情はカリムさんが話してくれた。


「帰ってきたのは僕たちだけです。残りは山に置いてきました。おそらく明日から下山し、屋敷に帰ってくるでしょう。皆、無事です。ご心配なく」


「竜の背中は広いといっても、連れてきた騎士団を全員乗せるほどまでにはいきませんでした。だから、私とカリム様、それと怪我のひどい団員を乗せて、竜にここまで運んできてもらったのだ」


 と、フレッティさんはカリムさんの説明を補足する。


 それでもわからないことは多い。


 そもそも何故、フレッティさんたちはホワイトドラゴンの背に乗せてもらうことができたのか。


 非常に気むずかしい竜なのだ。


 人を乗せるなんて滅多にない。


 僕だって乗ったことがないのに……。


 自分でも知らず知らずのうちに頬を膨らませていると、先にホワイトドラゴンの方が口を開いた。


「確かめたいことがあったのでな。人間を連れてきたのは道案内のためだ。負傷兵も一緒に連れてきたのはサービスだと思えばいい」


「ドラゴンが……サービス…………」


 クラヴィスさん以下、レティヴィア家の家臣たちはキョトンとする。


 それを横目にホワイトドラゴンは、カリムさんに合図を送る。


 胸から取り出したのは、ルララ草だった。


「この魔草を栽培した者よ。我が前に出でよ」


「え?」


 皆の視線が一斉に集中する。


 その先にいたのは、金髪の少女だった。


「ほう。そんな小さな娘が育てたというのか」


「ホワイトドラゴン、彼女は――――」


「ルーシェル、今はお前と話しておらん。後で可愛がってやるから後にしろ。……さあ、娘よ。(ちこ)う――」


 竜に指名されて、拒否するものは希有だろう。


 リーリスは僕に助けを求めるように顔を向けた。


 不安そうな顔に向かって、僕は微笑みかける。


「大丈夫。何かあれば、僕が守るから」


「早くしろ」


 ホワイトドラゴンは急かす。


 僕からリーリスの手を取った。


 皆の注目を浴びる中で、僕とリーリスはゆっくりとホワイトドラゴンに歩み寄る。


 クラヴィスさんとソフィーニさんの不安そうな顔が見えた。


 大丈夫です、と合図を送ると、クラヴィスさんはソフィーニさんの肩を抱いた。


 やがて僕たちはホワイトドラゴンの下へとやってくる。


 ホワイトドラゴンは僕を一睨みした後に、リーリスに尋ねた。


「ルララ草を育てたのは、そなたか?」


「はい……」


「これが幻の魔草だと言われているのは知っているな」


「は、はい」


「一応聞こう、どうやって育てた? このルララ草には決まった育て方がないはずだが」


「水は地下から汲み上げた水を、1度煮沸して使っていました。土は井戸の底のものを、1度太陽に当てて乾かし、5日に1度土を変えて……」


「何故、そのような手間をかけた?」


「手間をかけた分、願いが叶うと」


「願い?」


「ルララ草は人の願いを叶えてくれる魔草だと聞きました」


「なるほど。それでか」


 ふんふん、とホワイトドラゴンは頷いた。


 月の光の下で、ホワイトドラゴンの禅問答のような質問が続く。


「他に何かしたか? 例えば、歌とか」


「植物には歌がいいと聞いていたので日に3回、地下室で歌っていました」


「なるほど。合点がいった」


「どういうこと?」


 僕が口を挟むと、ホワイトドラゴンは赤い目を僕の方に動かすだけだった。


 代わりに答えてくれたのは、カリムさんだ。


「戦闘中に、ルララ草からリーリスの歌が聞こえてきたんですよ」


「わたくしの歌が?」


「ルララ草は人の願いを叶える魔草ではない」


「そんな……」


 リーリスは項垂れる。


「これは人の意志を模倣する草だ」


「人の意志? ルーシェル君が使った憑依草のような……?」


「憑依草とは違う。あれは記憶を葉に転写しただけだ。しかし、ルララ草は人の魂を模倣する。ここにはな、娘――――お前の魂そのものが込められておる。純粋で、一途なお前の意志が……」



 母親を助けたいという願いが……。



 ホワイトドラゴンは首を上げた。


 祝福を告げる喇叭のように口を開く。


「そなたの願いを聞き届けた。これにて試練を終了する」


「終了するとは……。ホワイトドラゴン!」


 フレッティさんが詰め寄る。


「言葉通りの意味だ。お前たちの試練は終わった。よって沙汰を下す」


 ゆっくりとホワイトドラゴンが首を上げると、緊張が走る。


 この中で1番ホワイトドラゴンとの付き合いが長い僕も、この竜がどういう決断を下すか、予想できなかった。


「我は人の純粋な気持ちが好きだ。何故なら、その者には強い願いを突き通せる強さが持ち得ているからだ。だから我は人間に試練を課す。その人間が信頼に与うる存在なのかをな。よって――――」


 僕は息を飲んだ。


 ホワイトドラゴンは上げた首を僕――ではなく、隣にいるリーリスに向ける。


 相変わらず鋭く、苛烈だったけど、その言葉は少し穏やかだった。


「……娘、お前の魂に免じ、そなたの母親の呪いを解いてやろう」


 ホワイトドラゴンは大きく翼を広げる。


 その瞬間、夜空がいや――夜そのものが明るく染まった。


 まるで奇跡を見るように綺麗な光が、試練をクリアしたというリーリスや、屋敷そのものに降り注いだ。


 眩い光景に、僕とリーリスは圧倒される。


 すると、ソフィーニさんがすとんと尻餅を付いた。


 慌ててクラヴィスさんが抱え上げる。


「ソフィーニ! 大丈夫か!!」


「え、ええ……。あなた、聞いて」


「うむ……。なんだ?」


「今までずっと胸にあった重たいものがなくなったわ。びっくりして、倒れちゃった」


 ソフィーニさんは最後に微笑む。


 そのチャーミングな笑みに対して、クラヴィスさんは逆に涙ぐんだ。


「じゃ、じゃあ、呪いは解かれたのか?」


「無論だ。もうその女は大丈夫だろう」


 ホワイトドラゴンは太鼓判を押す。


 直後、駆け出したのはリーリスだった。


 クラヴィスさんに抱かれたソフィーニさんに一直線に向かって行く。


 青い瞳からは涙が浮かんでいたが、リーリスの顔は満面の笑みだった。


 地を蹴り、そして母の胸に飛びつく。


「お母様、よかった」


 声を絞り出し、ソフィーニさんにひしと抱きついた。


 ソフィーニさんも声を振るわせる。


「ありがとう、リーリス。あなたのおかげだわ。本当にありがとう」


「母上……。ご快復おめでとうございます」


 膝を突いたのは、カリムさんだった。


 さらにその後ろでフレッティさんも傅いている。


「カリムよ、照れてないでこっちに来い」


 やや照れも入って、距離を取る息子をクラヴィスさんは捕まえて、親子で強く抱き合った。


 良かった、ソフィーニさんの呪いが解けて……。


 リーリスも嬉しそうだし。


 一件落着かな。


「ルーシェルよ」


 尊大な声が天から降ってくる。


 言うまでもなく、ホワイトドラゴンだ。


 まるで肩でも叩かれたようにビクリと僕は震えた。


「えっと……。ホワイトさん(ヽヽヽヽヽヽ)


「あの者たちに娘のルララ草をもたせたのは、お前だな」


「さすがホワイトさん。よくわかったね」


「ふん。相変わらず悪知恵が働く奴だ」


「ご、誤解だよ。でも――――」


 ホワイトドラゴンに、リーリスの強さを見てもらったことは本当だ。


 誰よりも何よりも、ソフィーニさんを助けたい。その気持ちの強さをホワイトドラゴンだけじゃなく、リーリスにも知ってもらいたかったんだ。


 決してリーリスは無力じゃないって……。


 ホワイトドラゴンはふんと顔を背ける。


 その横顔を見ながら、僕は言葉を続けた。


「フレッティさんなら、ホワイトさんの試練をくぐり抜けると思っていたよ。でも――――お嬢様の意志も蔑ろにするわけにはいかなかったから。……でも、結果いい方向に進んで良かったよ」


「ふん。我が魔草に気付かなかったら、どうするつもりだったのだ」


 うっ……。そこまでは考えてなかった。


 僕もまだまだだな。


「ルーシェルよ。何をしている、お前も来ないか」


「そうよ。ルーシェル、一緒に祝ってちょうだい」


 唐突にクラヴィスさんとソフィーニさんは、手招きする。


 すでにカリムさんは揉みくちゃにされて、綺麗な金髪はぼさぼさだ。やや苦笑い浮かべ、僕の方を見ていた。


「え? でも――――」


「何を言っているのですか、ルーシェル。わたくしたちは、もう家族ではありませんか?」


 リーリスも手を広げた。


 えっと……。この場合、どうしたらいいんだ。


 行っていいのかな、僕。


 戸惑いつつも、僕の足は自然と動いていく。


「ありがとう、ルーシェル。あなたのおかげでもあるのよね」


「僕は少しお手伝いをしただけで」


「ありがとう」


 ソフィーニさんは僕も抱きしめてくれる。


 微かな香水の香り、洗髪剤の匂い、何より人の――――いや、お母さんの匂いがした。


 柔らかな人肌に包まれながら、僕は幸せを噛みしめていた。


拙作『アラフォー冒険者、伝説となる』が7月12日に発売です。

明日発売ということもあって、すでに店頭に並んでいるところもあるようです。

最寄りの書店にお立ち寄りの際には、お買い上げいただけると嬉しいです。

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