第3話 鍋ゲット!
スライムを食べてから1年後……。
6本の鋭利な足が、水車小屋の絡繰りのように動いていた。
耳障りな硬質な音を森の中で響かせ、大きな蟻の魔獣が僕に向かって猛然と突撃してくる。
『ジー。ジー』
音を立て、触角を左右に動かす。大きな複眼に映っていたのは、小さな子ども――そう僕だった。
スライムを食べてから1年後、僕はまだ山で過ごしている。
自分で言うのも何だけど、僕は少したくましくなっていた。
筋肉もついてきたし、胸も広くなってきたように思う。
発作の方は時々出てくるけど、スライムを食べればすぐに元通りだ。
走りながらポケットに手を突っ込み、スライムをカチカチに固めた飴を口の中へと放り込む。
お薬の時間だ。とてもとても甘いお薬だけど。
こうやって発作を抑え、僕はついに勝負を挑む。
相手はアイアンアント。
魔獣生態調査機関『ギルド』によれば、そのランクは『E』だったはず。
危険度によって7段階に分けられた中で、アイアンアントは下から2番目。スライムやブラックロウがランクFだから、一般的にいう雑魚魔獣よりも強い。
普通の蟻よりも遥かに大きく、大型犬ぐらいの大きさがある。外殻の周りを鉄の鎧のようなもので覆い、打撃も斬撃もほとんど通じない。
ブラックロウの時のように毒矢で、鎧の隙間を狙うのがベターなのだろうけど、さすがにそこまで弓術に長けていなかった。
そこで用意したのが、トラップだ。
僕は翻り、アイアンアントを迎え討つ。
目印にしていた石を足で蹴飛ばすと、その瞬間地面が浮き上がる。そのまま迫ってきたアイアンアントを巻き込み、高々と上がった。
巨大な蟻が、仕掛けていた網の中にかかる。
ジタバタともがき、自慢の牙で切ろうとするけど、それも徒労に終わった。逆に、アイアンアントの6本の足に絡まり続け、結局見た目よりコンパクトになってしまう。
『ジー。ジー』という気味の悪い鳴き声も、なんだか悲しげだ。
「フォレストスパイダーの糸だよ。君じゃ、抜け出せないだろう」
アイアンアントよりも、1つ上のDランク――フォレストスパイダー。その巣の糸を使った綱だ。絡め取られれば、トロルでも抜け出せない。
粘性の糸は絡まりやすい。
でも、僕はこの攻略法を見つけていた。
野生で育っていた小麦を見つけ、それを石で潰して粉々にし、手にまぶすことによって扱えるようになったのだ。
あらかじめ用意していたのは、一角ビーバーの角で作った槍だった。
この魔獣の角は、鉄分を多く含んでるらしくとても頑丈。その気になれば、鉄板を貫くぐらいわけがない。
それをアイアンアントに向ける。
ほぼ動かなくなった魔獣に、一刺しすることは簡単だった。
いつも通り、シルコギ草の毒を使って、完全に動けなくする。
しばらくして縄を切り、アイアンアントを下ろすと、ぴくりとも動かなくなった。
最初の頃、毒の濃度がわからなかったけど、最近は目分量でわかるようになってきた。さすがに毒が効き過ぎると、舌が軽く痺れるような感覚があったので、今は魔獣の大きさに合わせて量を調節している。
慎重に地面に下ろし、フォレストスパイダーの網にかかったアイアンアントを見て、僕は思わずにんまりと笑う。
「ずっと君を捕まえたかったんだ」
アイアンアントの複眼に、自分でもゾッとするほど恐ろしい笑みを浮かべた子どもが映っていた。
そう。ずっとこの時、この瞬間を待っていたんだ。
朝方アイアンアントを捕まえるために、フォレストスパイダーの巣にいき、糸を絡み取ってきた成果がようやく実った。
食べる?
違う違う。
僕がアイアンアントを狙ったのは、その外殻を覆う鎧だ。
今度は懐からナイフを取り出す。これも一角ビーバーの角で作った。
一角ビーバーの角は硬いけど、石斧で削りやすく加工がしやすい。今の僕には欠かせないアイテムだ。
ナイフを使って、アイアンアントの外殻を覆う鎧を剥がす。分厚い魚のヒレをはぎ取るような感じだ。
そしてついにアイアンアントの外殻をゲットする。
軽く指で弾くと、金属のような乾いた音が返ってくる。
「薄いし、頑丈……。何より軽い! これで鍋料理が作れるぞ」
苦節1年。ようやくこの時がやってきた。
さすがに焼くだけの料理は飽きてきたところだ。
この近くに竹でもあれば、蒸し焼き料理ができたのだろうけど、煮込み料理ともなるとちょっと難しい。
熱に強い葉皿で今までお湯を沸かしたりしてきたけど、さすがに長時間の料理に耐えることのできる植物は見つからなかった。
だが、アイアンアントの鎧のおかげで、今日から焼き料理だけの食生活は終了だ。
僕はアイアンアントを覆うすべての鎧を剥ぐ。鍋の他にも、加工すれば包丁や武器も作ることができるかもしれない。
今は難しいけど、鉄を溶かすことができれば、色々作りたい放題だ。
それにアイアンアントが分泌する油も重要だ。
アイアンアントは鎧の部分を錆びないようにするため、口から油を吐いてメンテナンスしていることを知っている。これも1年の研究の成果だ。
僕はアイアンアントの口元から油を取り、最後にトドメを刺した。
魔石が転がり落ちて、さらに砕ける。
勿論、鎧部分は残っていた。未晶化実験も成功だ。
一狩りしたところで、次は食事にすることにした
早速、アイアンアントの頭の部分を――つまり兜をひっくり返す。
ちょうど水を溜められる凹みがあって、鍋に最適なのだ。
沢で見つけた適当な石を鍋にしたりしたけど、あんまり水を入れられないし、具材が水に浸らない。さらに分厚いから熱の伝わり方が鈍くて時間がかかりすぎてしまう。
だが、アイアンアントの頭部は深いから、水も具材も入れ放題。
しかも薄くて丈夫だから、鍋にピッタリなのだ。
入念に沢で洗い、火にかけてみた。
「よし! うまく水を沸かせたぞ」
当たり前だけど、なんかちょっと何か涙が出てきた。
ありがとう、アイアンアント。
さっきトドメを刺して消えちゃったけど、君のおかげでしばらく僕の食生活は華やかなものになりそうだ。
「さて、じゃあ早速……」
何を茹でるかは、もう決めている。
ベビーボーアだ。
ベビーと名前が付くと、小さなうり坊を想起するけど、それは大きな間違いだ。
可愛い名前と裏腹に、大人の猪ほどの大きさを持つ魔獣で、丸く大きな鼻に、鋭い牙、赤い鬣が頭の上から尾の方まで続いている。
これが何年もかけて大きくなり、ジャイアントボーアと名前を変えて、クラスBの恐ろしい魔獣となるのだ。
ベビーボーアのクラスはE。猪ぐらいの脅威だけど、すばしっこくて、体当たりされると忽ち吹き飛ばされる。だいたい親のジャイアントボーアと一緒にいるから、とてもじゃないけど僕程度では近づけないけどね。
結局、この肉もたまたま猪用の罠に引っかかっていたベビーボーアから削いだものだ。
すでに岩塩を振って下ごしらえは済ませてある。その肉を手頃な大きさに切り、1度湯にくぐらせる。
次に鍋の中に水、ハーブ、スライムで作った飴を入れて甘くし、そこにベビーボーアを入れる。蓋をして、しばらく待てば……。
豚の角煮ならぬベビーボーアの角煮だ。
「あちち……」
白い湯気が顔にかかる。
待望の煮込み料理だった。1年ずっと待っていた甲斐だけあって、鍋の中のベビーボーアが輝いてみえる。
早速、串を刺して食べてみた。
「柔らかい……」
お肉が口の中で滑っていく。
ぷるっとした感触の後で、ほろりと崩れていく。たまらない!
スライム飴の甘味がよくベビーボーアの肉に染みていて、噛んだ瞬間ギュッと搾られ、肉の旨みと一緒に口の中に広がっていった。
「…………!」
言葉を失った。それほどうまい。
適当に入れたけどハーブも利いていて、1度湯通ししたおかげもあって、臭みもあまりない。
ベビーボーアは1度焼いて食べてみたこともあったけど、ちょっと臭みが強くて焼くだけでは向いていないよう思えた。
煮込み料理ならと思っていたけど、大当たりだ。
「ごちそうさま!」
僕は手を合わせる。
いつも通り、用意していた肉は全部食べてしまった。お腹がパンパンだ。
手で自分の顔を触ると、なんか肌がプルプルしていた。アンチエイジングってヤツかな。僕、まだ子どもだからよくわからないや。
それよりも、出来れば魚醤と酒があれば完璧だったなあ。お酒はともかく、魚醤は魚を発酵させればいいのだから、なんとか作れないだろうか。
ああ。でも、ここは山だった(脱力)。
魚醤って川魚でも作れるのかな。
そう言えば、文献の中に豆を発酵させて魚醤と似たような味を出すことができる調味料なんかもあったっけ?
豆ならどこかに自生してそうだから、そっちを挑戦してみるのもいいかも。
最初はどうなるかと思ったけど、結構山の生活が楽しくなってきたぞ。
魔獣から素材を獲ったり、お肉にしたりするのは面白い。
図鑑でしか知らなかった魔草や野草もあるし、食草もふんだんに山に生えている。
今度はもっとおいしく料理しよう。
こうして僕は魔獣料理にのめり込んでいくのだった。