第36話 道案内
◆◇◆◇ 騎士団 side ◇◆◇◆
一方、レティヴィア家から出発した騎士団たちは、竜がいる山の麓で夜営を行い、万全の状態にしてから馬を置いて山を登り始めた。
数は少ないが、精鋭を揃えた。
ミルディ、リチル、ガーナーというお馴染みのメンバーに、フレッティが選りすぐった50名ほどの団員を加える。
レティヴィア家は領内の衛兵も合わせれば、1000名ほどの騎士と兵士を抱えている。
総数に対して、少数に絞ったのはフレッティなりの意図があった。
竜は総じて手強く、生半可な攻撃力ではビクともしない。
レティヴィア家が誇る騎士団員たちは誰もが屈強な騎士たちだが、個人差は当然ある。
竜に手も足も出ない未熟な騎士には、有事の際の防衛能力として、残ってもらうことにした。
「さて、ここからはルーシェル君が作ってくれた地図が頼りですね」
カリムはルーシェルからもらった地図を取り出す。
地図といっても、大きな葉っぱだ。見慣れぬ大きな葉で、カリムは少し首を傾げる。
紐を解くと、巻物のようにクルクル巻いていた葉っぱを広げた。
『パンパカパーン……』
ぬっと大葉から飛び出したのは、青白い光を放つルーシェルだった。
カリムは驚いて、思わず取り落としそうになる。他の者も唖然としていた。
『びっくりさせてごめんなさい』
「こ、これはどういうことかな、ルーシェル君」
大葉から飛び出した小さなルーシェルに首を傾げながら、カリムは冷静さを保とうとする。
『これは憑依草という魔草でして』
「し、知ってます! 魔草の中でも珍品中の珍品で、元々ゴーストウッドの若木に生えてる魔草のことですよね」
魔草や薬草に詳しいリチルが、ちょっと食い気味に答えた。
『さすがはリチルさんですね』
「ほ、褒められた? これって、今ルーシェル君と会話してるみたいな感じになっているんですけど、魔法の【遠話】みたいなものですか?」
「それは難しいでしょ。【遠話】の距離は限られています。いくら彼でも屋敷からここまで声を飛ばすことはできません。まあ、本人が黙ってついてきて、近くに隠れ潜んでいるなら別ですが……」
カリムは鋭い視線を辺りに放つ。
フレッティやガーナーも同じく気配を辿ったが、それらしいものはない。
伝え聞くジュエルカメレオンの皮を被っていれば、見つけることは容易いことではないのだが、あのお節介な少年なら近くにいてもおかしくないと、皆が考えた。
大葉から飛び出した手の平よりも少し大きなルーシェルは頷く。
『カリムさんの言う通りです。いくら僕でも【遠話】で声を送るのは難しいでしょう。あと、さすがにいませんよ。仮に僕が山にいたら、竜の方が先に気づくと思います』
「前から聞いてみたかったんだが、君と竜とはかなり因縁浅からぬ仲のようだね。君にとって竜は恩人なんだろう」
『僕はそう思っていますよ。けど、向こうはそう思ってないみたいで』
「何か不興を買ったのでは……」
『……ま、まあ、心当たりはないわけではないですね。あははは』
((((何をやったのだろう……))))
聞いていた者たちの心の声が重なる。
小さなルーシェルは苦笑いを浮かべながら説明を続けた。
『実は憑依草の中に、自分の魂の一部を憑依させているんです。魂の一部なので、この僕の意志は記憶の一部分のことしかお答えできません』
「さらっと言ったが、自分の魂の一部を憑依させるなんて、かなりの高等技術ではないのかい? まあ、いいか。話を進めてくれ」
カリムは肩を竦める。
『ですから、僕は竜がいそうな場所に道案内することしかできません』
「いそうな――――ということは、君も竜がいる場所を知らないのか」
フレッティが話しかけると、ルーシェルは素直に応じた。
『そうです。気まぐれな竜なので、住み処も度々変わるんですよ』
「なるほど。地図だけでは教えられないし、君自身が山に来れば竜を刺激する恐れがある。だから君は、この方法を取ったというわけだね」
カリムの言葉に、ルーシェルは再び首肯した。
「それは助かるね」
カリムは顔を上げる。そこに広がっていたのは、鬱蒼とした木々や茂みだった。
開けた場所はなく、獣道もない。
人の侵入を拒むという点で、まさに天然の要塞然としていた。
死角も多く、こんな場所で魔獣に襲われたら一溜まりもないだろう。
目標物が竜とはいえ、その姿を確認するのも一苦労のはずだ。
「じゃあ、早速道案内を頼めるかな」
『はい。では進行方向を右にお願いします』
ルーシェルが取り憑いた憑依草から、元気な道案内が聞こえてきた。
◆◇◆◇◆
茂みを掻き分け、崖に縄ロープを張り、激流の沢に丸太をかけて渡る。
それはちょっとした冒険だった。
平地であれば、30分ほどの距離を2時間ぐらいかけ、山奥へと分け入っていく。
当然だが、否応なく騎士たちの体力は奪われていった。
鎧を脱いで身軽になりたいところだが、ここは竜だけではなく、魔獣の巣窟でもある。
いつ襲撃されるかわからない以上、警戒を解くわけにはいかない。
「少し休憩しましょう、カリム様」
「そうだね」
フレッティの提案にカリムは顎についた汗を払って、頷いた。
背後を見ると、騎士団たちの顎が上がっていた。獣人であるミルディ、盾役で他の騎士より重装武装しているガーナーは激しく息を吐いている
特に体力に自信のないリチルは歩くのもやっとだ。
「君はさすがだね、フレッティ。当主の息子として、誇らしいよ」
側にあった木の根に腰を下ろし、カリムは顔を上げる。
普段から厳しい訓練を己に課しているフレッティは涼しげな顔だ。
「恐れ入ります、カリム様」
「さて、どうだい、ルーシェル君。僕たちは竜に近づいているのかな」
カリムは改めて憑依草を開いた。
元気なルーシェルがぬぅと再び皆の前に現れる。
『近くまで来ていると思います。いつ接触してもおかしくないかと……』
「団長!!」
声を上げたのは、ミルディだった。
兜を脱いで、耳を立てている。
何か物音に気付いたらしく、茂みの向こうの方を指差していた。
「まさか、早速――――」
カリムは重い腰を上げ、柄に手をかける。
そろりと足を忍ばれ、フレッティと一緒に様子を見に行った。
すると、茂みの向こう。山の森の中に不自然にできた広い土地があった。木々はなく、背の低い草花が生えているだけだ。
その広い土地の大部分を占拠していたのは、大きな竜だった。
翼を畳み、長い首を土の上に載せて、気持ち良さそうに舟を漕いでいる。その大きさに息を飲む者がほとんどだったが、カリムは別の部分に驚いていた。
「あらかじめ聞いていたけど、ホントにいるなんて」
カリムの細い首筋に、一筋の汗が垂れる。
リーリスと同じ青空のような瞳に映っていたのは、夏の雲も思わせる真っ白な鱗の竜だった。
「神に仕えし竜――ホワイトドラゴン……。初めて見ましたよ」
カリムの二の腕が震える。
『どうやら、僕のナビゲートはここまでのようですね』
「助かったよ、ルーシェル君」
『ご武運を祈ります。あと、くれぐれも僕の名前は――――』
「出さないよ」
憑依草は巻き取られ、小さなルーシェルは消えてしまう。
懐に隠し、カリムがもう1度頭を上げた時だった。
シュッと竜の鼻穴から煙のような濃い息の塊が吐き出される。
「誰ぞ……」
一瞬、誰が発したかわからなかった。
1つわかることは、騎士団の誰でもないということだけだ。
夏の遠雷にように轟いた声には、何か威厳めいたものが含まれていた。
おもむろに竜の瞼が持ち上がる。
白目の部分は黒く、赤いルビーを思わせるような虹彩が蛇のように蠢く。
竜の大きな瞳は確実に、カリムたち騎士団を視界に収めていた。
「人語を喋ることができるのか?」
カリムは息を飲む。
「理解することもできるぞ、人間よ」
ゆっくりと巨体が持ち上がる。それに連れて、騎士団員たちの首の角度が上がっていった。
立ち上がったホワイトドラゴンは激しく息を吐き出す。
濃い獣臭が立ちこめた。
「さて誰ぞ? 我の眠りを妨げし者は!!」
雷のように嘶くのだった。
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