第34話 魔剣フレイムタン
☆★☆★ 小説第1巻好評発売中です ☆★☆★
Web版からすべてリライト。
新キャラ「アルマ」が登場。
Web版最新話以降のお話が読める。
TAPI岡先生の飯絵がとてもおいしそう!! etc
色んなおいしいものがつまった小説第1巻を是非お買い上げください。
出陣は明日の昼に決まった。
騎士団はその間、英気を養うことになり、ミルディさんも、リチルさんも一旦僕の世話係を解かれ、思い思いに過ごしている。
屋敷に漂う空気は少しだけ重い。
そんな中で僕は1人屋敷を探索していると、庭で剣を素振りするフレッティさんの姿を見つけた。
もう何時間振り続けているのだろうか。
半裸になった肌からは、玉のような汗が浮かんでいる。柄には血が滲んでいたけど、それでもフレッティさんは剣を振り続けていた。
その姿を見て、僕は昔の自分と重ねる。
「父上に認めてもらいたい」「父を越えたい」と思う自分と……。
一途に何かに向き合うことは決して悪いことじゃない。
けれど、1つのことに向き合うということは、他のものを見ないということでもある。
思い詰めれば、僕の300年間のように歪な人生が待っているだけだ。
「まずいな……」
僕じゃない。
その声は僕の背後から聞こえる。
振り返ると、クラヴィスさんが立っていた。
視線を僕ではなく、一心不乱に練習用の木刀を振り続けるフレッティさんに向けている。
「明日出陣だというのに、あやつには困ったものだ。私は英気を養えといったのだが、このままでは自滅してしまうかもしれんな」
「自滅……」
クラヴィスさんの言う通りだ。
フレッティさんは間違いなく騎士団の要であると同時に、今回の試練を受ける人間の要でもある。
それにあの竜は、人の心を見抜くことに長けている。
フレッティさんの中にある破滅的な責任感に気付けば、竜は臍を曲げて、呪いを解いてくれないかもしれない。
「フレッティの責任感は強い。異常なほどにだ。当初、私もそれに甘えていた所もあった。ソフィーニが助かると聞いた時、喜ばしくもあったが、ふと試練に向かうフレッティのことが気になってな」
クラヴィスさんの言葉に、僕は頷いた。
フレッティさんは優しい人だ。
そのおかげで、僕は今ここにいると言っても過言ではない。
300年の呪縛から抜け出し、クラヴィスさんたちに愛されながら充実した日々を送っているのは、全部フレッティさんのおかげだ。
だから、責任感が強く、死を覚悟しかねないフレッティさんを失うわけにはいかない。
「かといって、フレッティを抜いて他にいないのも事実だ。カリムがいるとはいえ、フレッティに無茶をさせないようにするためにはどうしたらいいだろうか」
「明確な理由を与えてはいかがでしょうか?」
僕はクラヴィスさんに提案する。
「理由……?」
「ここに戻ってくる理由を与えるんです」
クラヴィスさんが僕を屋敷で預かる理由として、家族として迎えることを宣言したように、フレッティさんが生きる理由を作ってあげる。
「そうすれば、フレッティさんは寸前のところで退き、無茶をしないかもしれません」
「随分と自信があるようだな」
「昔、フレッティさんみたいな騎士がトリスタン家にいたんです」
とても優しく、家と仲間ためなら自分の命も惜しくないと、本気で思っている騎士が……。
しかし、彼は亡くなってしまった。
あの後、僕は嘆き悲しみながら、何をしたら彼は生きて帰ってくれるだろうと考えた。
戦争が多かった時代だ。騎士の命が失われることなんて日常茶飯事だった。
人が生き返ることはない。その現実もよく知っていたから、次に何ができるか。それを考えることの方が多かった。
その時に、子どもながらに出した結論が「理由を与える」ということだった。
「なるほど……。命が失われる時代に生まれた考え方ということか。……良い案だ、ルーシェル。早速手配しよう」
クラヴィスさんは僕の頭をわしゃわしゃと撫でるのだった。
◆◇◆◇◆
翌朝、出陣式が執り行われた。
騎士やカリムさんは鎧を纏い、クラヴィスさんは貴族の正装を纏って一段高くなった段の上に登壇する。
式にはソフィーニさんとリーリスお嬢様、そして僕も出席した。
久しぶりの正装に緊張する。織物やその素材の技術は300年前より進化したらしく、とても着心地がいい。ちょっと金糸を使い過ぎてて、派手すぎるように思えるけど……。
屋敷全員の家臣が大広間に集められる一方、式は非常に厳かに行われた。
「フレッティよ、前へ――――」
「はっ!」
フレッティさんは1度敬礼した後、クラヴィスさんの前に出た。
クラヴィスさんは側にあった箱の封を解く。現れたのは、真っ赤な魔剣だった。
その剣に見覚えがあった。フレッティさんが戦った野盗の頭領が振るっていた魔剣だ。
「お前に我が家の家宝である『フレイムタン』を預ける。これを持って、竜にそなたの力を見せるのだ」
魔剣『フレイムタン』。
その名前の通り、魔獣サラマンダーの舌を素材とし、鋼のように鍛え上げた魔剣だ。
こうした魔獣の素材を利用した道具作りは、僕が晶石化を暴く前から行われてきた。とはいえ、その肉が食べられるとは誰も考えなかったみたいだけどね。
事前に聞いていたけど、まさか野盗が振るっていたあの魔剣が家宝とは思わなかった。
フレイムタンってとても貴重な魔剣だし。家宝にしてもおかしくないと思うけど。
フレッティさんは唇をギュッと引き締める。
膝を突き、差し出された魔剣『フレイムタン』を両手を添えて受け取る。
「有り難き幸せ。身命を賭して、奥方様の呪いを解いてみせます」
「フレッティよ」
「はい……」
「そのフレイムタンはレティヴィア家の家宝だ。所有権は我らにあって、そなたに一時的に貸し与えるにすぎない」
「心得ております」
「いや、お前は何も心得ておらぬ」
「えっ?」
クラヴィスさんは傅いたフレッティさんの胸を叩いた。
「ちゃんと生きて戻り、私は家宝を返せと言っておる」
「――――ッ!!」
「どうだ? できぬというか?」
クラヴィスさんはニヤリと笑う。
一瞬呆然としたフレッティさんだったが、すぐに口を結んだ。
普段優しげな瞳が、狼のように鋭く光る。
「必ず奥方様の呪いを解き、このフレイムタンを閣下の下にお返しいたします。むろん、我が手によって……」
「うむ。頼んだぞ」
フレッティさんの肩を叩いた。
さすが家臣の性格がわかっているらしい。
身命を賭してというと、フレッティさんは本当に命を捨てる覚悟で挑むだろう。それぐらい生真面目な人だ。
だからクラヴィスさんは、フレッティさんが生きる意味を与えたに違いない。
気が付いた時にはクラヴィスさんは、僕の方に視線を向けていた。
軽く目配せし、少し歯を見せて笑う。
うまくいった!
そんな満足そうな表情を見て、僕も嬉しくなってしまって、自然と笑みがこぼれていた。








