第32話 料理長の涙
「何を作るんじゃ?」
厨房に立って作業していると、先ほどの老料理人ソンホーさんが覗き込んできた。
もう20年以上、レティヴィア家で包丁を振るうベテランで、ここの料理長を務めている。
最初、僕の手慣れた動きに見入っていたようだけど、今はボールの中で卵をかき回していた。
どうやらオムレツを作ろうとしているらしい。
「見たところ、豆料理のようじゃな」
ソンホーさんが目を付けたのは、皿に載った豆だ。
すでに水煮されていて艶々している。
さらに赤茄子、玉葱、馬鈴薯、そしてこま切れ肉など、俎上に載った料理を1つ1つ点検していくように観察した。
「ふむ。見たところ、ポークビーンズか?」
結局、ソンホーさんは自分の力で当ててしまう。
主に豚肉と豆を、赤茄子と一緒に入れて煮込む料理のことだ。
貴族の朝食では鉄板の料理で、野菜などを一気に摂取できるから人気がある。
どうやら300年経過しても、その人気は衰えていないらしい。
――と思ったが違った。
「どこで習った? ポークビーンズなんぞ、うちの婆さんに作ってもらった以来、わしでも作ったことないのに」
どうやら、ソンホーさんだけが知っているらしく、他の若手の料理人さんは知らないようだ。
見学しているリーリスお嬢様と一緒に唖然としていた。
「それはまた追々お話します。今は――」
「おっと。すまねぇな。料理の邪魔をして。なんかいるものがあれば、言ってくれ」
ソンホーさんは最初会った時よりも随分態度を軟化させていた。
リーリスお嬢様の鶴の一声が通じたようだ。
僕は早速、料理を始めた。
まず具材を食べやすい大きさに切って水にさらしておく。
鍋の中に油を入れ、すり下ろした大蒜を投入。
鍋を少し火から離しつつ、ゆっくりと熱を入れた。
ふわり、と大蒜のいい香りが立ってきたら、細切れ肉とさっき水にさらしておいた玉葱を入れて、炒めていく。
「そりゃ何の肉だ?」
またソンホーさんが顔を突っ込んでくる。
今度は馬鈴薯を潰していた。
自分が管理する厨房で見慣れない人間が調理をしているのだ。
どうしても気になってしまうのだろう。
それにしても、さすがベテランだ。
僕が用意した肉は一見普通の豚肉しか見えないはず。
なのに、別の肉だと見抜いたらしい。
「それは食べてからのお楽しみということで」
「小僧がもったいつけおって。まあ、いいわい。好きなようにやれ」
ソンホーさんは持ち場に戻るけど、やっぱり気になるようで、チラチラと視線を送ってくる。
僕は背中で受けながら、細切れ肉と玉葱を炒めた。
色が変わったら、玉葱と同じく水に晒した馬鈴薯と、あらかじめ水煮した豆、カットしたトマト、水を加えていく。
竈の火を少しだけゆるめ、煮立てた。
グツグツグツグツ……。
鍋の中が騒がしくなったところで、顆粒のお出汁を入れて、再度煮立てる。
この際のポイントは、あまり火を強くしないことだ。弱火でゆっくりと煮立てた方が、おいしくなる。
強くしてしまうと、水分が飛びすぎる上に、馬鈴薯が硬いままだったりするからだ。
その馬鈴薯に串を刺す。スッと簡単に刺されば頃合いだけど、うん! うまくいった。
塩、胡椒、牛酪で味を調え、火から下ろして完成――なんだけど、ここでもう1工夫だ。
僕はそこに最後にチーズを加える。
軽く熱を通したら、ついに完成だ。
「チーズポークビーンズの出来上がりです」
「うわぁ……!」
リーリスお嬢様の青い瞳が、みるみる輝いていく。
他の料理人たちも、最後に入れたチーズの匂いと、濃厚なトマトの匂いが合わさった香りに酔いしれていた。
「ポークビーンズにチーズか。なかなか洒落たものを作るじゃねぇか、小僧」
ソンホーさんはバシバシと僕の背中を叩く。
地味に痛いけど、ソンホーさんなりの労いのつもりなのだろう。
「味見をしていいか? 一応料理長を任せられているからよ。食の責任者として、黙って旦那様や奥様にお出しするわけにはいかねぇんだ」
「構いません。むしろお願いします」
僕としても有り難い申し出だ。
実際に人に料理を振る舞っている料理人に食べてもらえるんだから。
「よっしゃ!」
ソンホーさんもまたガッツポーズを取る。
毒味の意味合いもあるだろうけど、ソンホーさん自身食べたくてうずうずしていたのかもしれない。
ポークビーンズはお婆ちゃんに作ってもらったって言っていた。
久しぶりに食べることができて、嬉しいのだろう。
「私たちもいいかな?」
他の料理人さんたちも、手を上げる。
もちろん断る理由なんて、どこにもない。
ソンホーさんたちレティヴィア家の料理人たちが、小さなスプーンにすくい、入念に咀嚼した。
僕が1番緊張する瞬間だ。
「「うまい!!」」
若手の料理人さんたちが声を上げる。
「こりゃうめぇ!!」
ソンホーさんも絶賛した。
「やはりトマトとチーズの相性がいい」
「ああ。トマトの甘みとチーズの酸味がよく合ってる。食感も様々でいいな」
「具材によって違うからな。玉葱のシャキッとした食感と、馬鈴薯のホロッと溶けていくような食感、そして豆の硬い食感」
「それぞれ強弱が効いていて、バランスがいい」
「肉は塩漬けしたものだったのか。塩みもちょうどいい。しかし、この味をまとめているものはなんだ?」
「ああ。奥深い旨みを感じる……」
ゆっくりと咀嚼しながら、料理人たちは首を捻った。
口を開いたのは、ソンホーさんだ。
「小僧、出汁に何を使った?」
すごいや、ソンホーさん。
そこに気付くのか。さすがは料理長だね。
「これです」
顆粒状になった出汁の元を見せる。
ザラザラしたそれは、何かを細かく砕いたものだった。
「これ……。干し野菜を砕いたものだな」
「え?」
「そんなもので出汁を?」
「野菜は乾燥させると水分が抜けて、旨みが増すんだ。お湯に戻せばすぐに使えて、出汁にも流用できる。しかし、ポークビーンズに乾燥野菜とはな。栄養価満点じゃねぇか。考えたな、小僧」
少し乱暴に僕の頭を撫でる。
ソンホーさんなりの最大限の賛辞なのだろう。
ポークビーンズには色々な味がある。
馬鈴薯や玉葱、豆の甘み。
赤茄子やチーズなどの酸味。
塩漬けした肉とバターの塩み。
たくさんの刺激的な味と、それぞれに栄養価が高いからこそ、貴族の間でこの料理は親しまれてきた。
だが、色んな味があるからこそまとめるのも難しい。
その味をまとめるために僕が頼ったのが、干し野菜の旨みだ。
動物性の出汁にも負けない強い旨みは、複雑な味をまとめ、味に奥行きを与えてくれる。
結果、飽きの来ない上品な味に仕上げてくれるのだ。
「ぐすっ……」
気が付けば、ソンホーさんは泣いていた。
「あ、あの親方が……」
「泣いてる!?」
料理長の涙を見て、若手の料理人さんたちが驚いていた。
ソンホーさんって親方って呼ばれてるんだ。
「あ、あの……。大丈夫ですか、ソンホーさん」
「ありがとよ、小僧」
「え?」
「久しぶりに婆ちゃんに会ったような気がした。美味しかったぜ。文句なく、旦那様にお出しできる」
「ありがとうございます!」
ソンホーさんは目を赤くしながら、僕に向かって親指を立てるのだった。
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