第29話 竜眼
「すごい!」
「まるで奇跡のようですわ」
ミルディさんとリチルさんが目を丸くする。
その周囲でレティヴィア家の家臣たちが歓声を上げていた。
「静かに……」
威厳のある声を上げたのは、白髪の老人だ。
長身でスッと背筋が伸びており、立ち姿にどことなく風格がある。
元軍人なのかな。肩幅は広く、顎の下に裂傷の跡が残っていた。燕尾服もビシッと決まっていて、尚且つ片眼鏡越しに見える茶色の瞳はとても鋭い。
「ヴェンソン様……」
「屋敷長……!」
まだ口を開く家臣に、ヴェンソンと呼ばれた老執事は睨みを利かせる。
ただそれだけで、家臣たちを黙らせてしまった。
どうやら家臣たちを預かる、トリスタン家でいう執事長みたいな存在らしい。
その横から現れたのは、クラヴィスさんだ。
ゆっくりとベッドに近づき、奥方様に声をかける。
「あなた……」
「ああ。……よかった」
クラヴィスさんはソフィーニさんの手を取って、手の甲に軽くキスをする。
その手は歓喜に震えていた。
「リーリスが、私を――――」
「どうやら、そのようだ」
未だに呆然としているリーリスお嬢様を引き寄せると、クラヴィスさんはそのおでこにキスをした。
「よくやったな、リーリス」
娘の金髪を優しく撫でた。
リーリスお嬢様はふんふんと首を振って、僕の方を見る。
青い瞳に見つめられ、思わずドキリとしてしまった。
「ルーシェル君もありがとう。君の回復魔法のおかげだ」
「いえ。リーリスお嬢様が夫人を助けたいと強く思ったからです。僕はその手助けをしただけです」
「具体的には何を? リーリス様は何か口移しをしているようだったが」
カリムさんが質問する。
「ああ。それは聞いているかもしれませんが、その……スライム、です。スライムの飴です」
「「「「ええ!?」」」」
周囲は慌てふためく。
部屋にいる家臣や、夫人もびっくりしていた。
ただ先ほどのヴェンソンさんという方は、飴のことを聞いていたようだ。
白い髭を撫でながら、小さく頷く。
「話には聞いておりましたが、本当に魔獣で作った飴が奥様の病を治してしまうとは」
「ああ。私も驚きだ。まさかこんなにも早く、私の願いを叶えてくれるとは……」
クラヴィスさんは息を飲んだ。
「クラヴィスさんの願い?」
「うむ。覚えておらんか? 最初君と出会った時、私はこう言った」
『ルーシェル君を我が家に招くのは、理由は1つ。君の力を貸してほしいからだ』
そう言えば、そうだった。
あの後、僕の身の上話とかしてすっかり忘れていたけど、クラヴィスさんには僕をここに招く理由があったんだった。
「今、その願いが叶った」
「それはつまり、夫人の病気を治してほしいということですか?」
僕は質問すると、クラヴィスさんは大きく頷く。
そこにカリムさんが説明を付け加えた。
「山の麓でも言ったけど、フレッティたちにかかったスキルや、ミルディを治した治療方法など、君の力は我々が知識として知るものではなかった」
詳しく聞くと、夫人の病気はどんな高名な医者や薬学の権威も治せない不治の病らしい。
クラヴィスさんは方々に人を送って、治療法を探したみたいだけど、結局見つからなかったそうだ。
「そんな時に現れたのがルーシェルくん、君だ。君が施したミルディの治療法は僕たちが知る知識にはないものだった。藁にも縋る思いで、君に会いに来たというわけさ」
「だが、勘違いしないでほしい。私はあくまで君の話を聞き、君の人物像に興味があったからこそ出向いたのだ。君の知識だけが目当てというわけではない」
クラヴィスさんはフォローを入れる。
僕は首を振った。
「いえ。どちらにしろ、過分な評価をいただいた結果ですので、気にはしていません。それよりも、1つお伝えしておかなければならないことがあります」
「何かね?」
「奥様の病気はまだ治っていません」
僕が言うと、部屋の温度が2、3度下がったような寒々しい空気が流れた。
みんなは一様に顔を青くする。
リーリスお嬢様も、公爵夫人もショックを隠せないようだった。
「馬鹿な! ソフィーニがあんなに安定しているのに」
珍しくクラヴィスさんは声を荒らげる。
それを止めたのは、ソフィーニ様だった。
「あなた……。多分、ルーシェル君が言っていることは本当よ」
「ソフィーニ!」
「何となくわかるの。胸の中がまだチリチリと疼いているの。今はその……スライムの飴によって抑えられているけど、おそらくまた……」
「そんな――――」
クラヴィスさんは頭を抱えた。側にいたリーリスお嬢様も、ソフィーニさんに抱きつく。
重い空気が漂った。
僕はその空気を察しつつも、隠しごとなく話を続ける。
下手に希望を持たせるよりも、事実をはっきりと伝えることが重要だと思ったからだ。
「残念ですが、事実と言わざるえません。僕が使ったのはケアスライム。傷の再生を促しますが、病や毒に対しては症状の進行を遅らせることしか」
「では、その飴を食べさせ続ければ、ひとまず症状を抑えることはできるのだな」
「それは可能かと。ただ根治には至らないと思います」
「ルーシェル君の言うとおりです、父上。根本的な解決には至らないでしょう」
「そうか……」
カリムさんの言葉を聞いた後、クラヴィスさんはがっくりと項垂れる。
そう。確かにケアスライムの飴を定期的に舐めてもらえれば、病から来る苦痛を抑えることはできる。
けれど、何度も使う事によって薬と同じく耐性が付いてしまう可能性が高い。
ケアスライムや痛み止めでも抑えられなくなれば、次に発作が起こった時、いよいよソフィーニさんの身体が持たないかもしれない。
僕の視界にリーリスお嬢様が入る。青い瞳は湿り気を帯びていて、震えた唇からは今にも嗚咽が聞こえてきそうだった。
リチルさんやミルディさん、家臣の人たちの顔も暗く沈んでいた。
やはり、このまま放っておくことなんてできない。
折角、僕を頼ってくれたのだから。
「クラヴィス様、僕に1度ソフィーニさんを診察させてくれませんか?」
「それは構わぬが……」
そう言って、クラヴィスさんはカリムさんを見つめた。
「医者も、そしてこの私も何度も【鑑定】を使ったが、原因すらわからなかった」
「では、僕は【竜眼】を使います」
「りゅ、【竜眼】……!!」
「【鑑定】の上位互換スキル……! 竜と契約することによって得られる伝説のスキルを持っているのかね、ルーシェル君」
僕は黙って頷き、ソフィーニさんの前に立った。
「じっとしててくださいね」
「はい……。お願いね」
ソフィーニさんは目を伏せる。
僕は【竜眼】を使った。
名前
ソフィーニ・グラン・レディヴィア
年齢 種族 状態
41 エルフ やや不良
【力】F 【体力】F 【素早さ】D
【魔力】C 【知能】B 【運】E
スキル
【火】【回復】【霧】
だいたいここまでぐらいの情報なら【鑑定】でも確認することができる。
けれど【竜眼】ならば、さらに突っ込んで説明を受けることができる。
「『やや不良』についての詳細を」
さらに僕は魔力を上げた。
視界に文字の羅列が浮かぶ。
『現在、対象者は高クラスの呪いを受けているが、強力な鎮静作用のある薬で抑えられている状態。ただし再び呪いの作用によって、死の危険性あり』
「呪いか……」
実は、そんな気がしていた。
僕はさらに【竜眼】に魔力を送る。
「高クラスの呪いの詳細を」
『竜あるいは、それに相当する生物の呪器が使われた可能性が非常に高い』
やっぱりか。
おそらくこれは『竜牙の呪い』。
僕が患っていた病と同じものだ。
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