第28話 公爵夫人
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僕は物音に気付いて、振り返った。
裏口を見ると、パタパタと足音が聞こえる。
飛び出してきたのは、リーリスお嬢様だった。
「はわっ!」
僕は反射的に石のように固まる。
「り、リーリス様??」
「そ、その恰好!!」
リチルさんは反射的に僕の目を塞ぐ。
しかし、遅かりしだ。僕の瞼の裏にしっかりと焼き付いていた。
リーリスお嬢様の寝間着姿が……。
それでもリーリスお嬢様は自分の恰好を省みず、鐘が割れたような悲鳴を上げた。
「お母様が……!」
その声を聞いて、リチルさんは僕から手を離した。
やっと視界が復帰したところで、僕が目撃する。
リーリスお嬢様の涙をだ。
ミルディさんとリチルさんはスカートを摘まんで走り出す。
先ほどまでコヒを飲んで、眉間に皺を寄せていた給仕の姿はそこにはなかった。
お嬢様は涙を払って、先導した2人を追いかける。僕もその後を追った。
やってきたのは、部屋の前だ。
「奥様、失礼します」
リチルさんが声をかけるが、返事はない。
奥様という言葉に、僕はピンと来た。
この屋敷に来てから、何人かの人と挨拶したけど、まだクラヴィスさんの奥さん――つまりレティヴィア家の公爵夫人にはまだ会っていない。
中からの返事を待たず、リチルさんは部屋の中に踏み込む。
カーテンが閉め切られた真っ暗な部屋で、女の人の苦悶の声が響いていた。
リチルさんはカーテンを開く。ぼんやりとした薄明の光が差し込んだ。
露わになったのは、ベッドで蹲る痩せた女性の姿だった。
「奥様!」
「ソフィーニ様!!」
公爵夫人に声をかけるも、返事をすることすら難しいらしい。ただただ苦しんでいた。
母親の姿を見て、リーリスお嬢様は顔面蒼白で、また泣きそうになっていた。
「ミルディ、薬の準備を」
「わかった」
テキパキと2人は動く。
ミルディさんは部屋の戸棚の中にあった薬を取り出す。
一方リチルさんは回復の魔法で、夫人の症状を和らげようとした。
「うあああああああああ!!」
ケダモノじみたソフィーニさんの声が響き渡る。
「ミルディ、薬は?」
「急かさないでよ。今用意してるから」
ミルディさんは丸薬を瓶から慎重に取り出す。
側にあった水差しからコップに水を注ぎ入れ、ソフィーニさんに差し出した。
「これを飲んで下さい、奥様!」
差し出す。
ソフィーニさんは反応し、手を伸ばした。
だが、再び激痛が再発したらしい。
またひどい声で叫びはじめ、ついにはミルディさんが差し出した薬を弾いてしまう。
ガラスコップは破砕し、水と一緒に床に広がった。
「ミルディ、人を呼んで! 奥様を押さえ付けるの」
「う、うん……」
「ルーシェル君!」
「は、はい!」
「悪いけど、お嬢様を部屋の外に……」
リチルさんの激しい指示が飛ぶ。
それ以上何も言わなくてもわかる。ソフィーニさんが苦しんでいる姿を、お嬢様に見せるわけにはいかないだろう。
けれど、僕だって黙って見てるわけにはいかない。
すると、ギュッと僕の腕を取る手があった。
振り返るとリーリスお嬢様が不安そうな顔で、僕の方を見ている。
いや、不安じゃない。まして母親が苦しんでいる姿を恐れているというわけでもない。
それはまるで僕に助けを求めているように思えた。
「大丈夫です、お嬢様」
「え?」
あの鈴音に似た声が聞こえる。
「ただちょっと手伝ってもらえますか?」
「…………!」
僕の言葉に一瞬驚いた後、丸い青い瞳を輝かせて、リーリスお嬢様は強く頷いた。
しばらくして人がやってくる。
黒の執事服を着た男達が、リチルさんの指示の下で奥様の手足を押さえ付ける。
だが、奥様の力は想像以上に凄まじいらしい。
男4人がかりでも吹き飛ばされそうになっていた。
リチルさんはまず回復魔法で沈静化させようとするけど、すぐに首を振る。
「だめ……。わたしの回復魔法が効かない」
「何を弱音を吐いてるのよ、リチル。奥様に薬を――――」
というが、再び奥様は4人の男の制止を振り切って暴れ出す。
もはや近づくのも難しい。
「どいて下さい」
声を上げたのは、僕だった。
「ルーシェル君」
僕は手を掲げる。
ちょうどその時、カリムさんとクラヴィスさんもやってきた。
僕の手から光が満ちる。ソフィーニさんを中心に周囲が白く染まっていった。
「これは……。【大回復】の魔法か」
クラヴィスさんが口を開く横で、カリムさんは瞼を大きく広げながら、声を上擦らせた。
「いえ。違います。【大回復】の上位互換である【天使の祈り】です。鑑定の時に確認していましたが、本当に使えるとは……」
次第にベッドの上で暴れていたソフィーニさんの動きが鎮まっていく。
「今です。お嬢様」
「え?」
「お嬢様?」
周囲がざわつく。
みんなの視線が、小さな少女に注がれた。
リーリスお嬢様は少し頬を膨らませながら、奥様に近づいていく。
そのまま周囲の制止を振り切り、ベッドにいる奥様に――――。
キスをした。
おやすみのキスではなく、唇と唇を重ねる。
互いの口の中がもごもごと動いた。
しばらくの間、部屋に集まった大人達は親子同士のキスを眺めることになる。
やがて奥様の喉がこくりと動いた。
リーリスお嬢様はぺろりと舌で唇を舐めると、心配そうに奥様を見つめた。
僕は【天使の祈り】を止める。
ソフィーニさんの動きが完全に止まった。
それどころか、意識を取り戻し瞼を開ける。
青空のような綺麗な瞳が側にいたリーリスお嬢様を捉えた。
「リー……リス…………?」
「はい。お母様!」
リーリスお嬢様はソフィーニさんにギュッと抱きついた。
目からポロポロと涙を流し、わんわんと声を上げて泣き始める。
その美しい金髪をソフィーニさんはゆっくりと撫でた。
2人の姿を見て、周囲は拳を上げて沸き立つのだった。








