第267話 ヨミオクリの胞子
ロフルと名乗る子どもの家は、驚いたことに村の外れにあった。
村にある堅牢な土と煉瓦の家とは違って、吹けば飛ぶような木造の建屋で、中も炉が1つあるだけの簡素な部屋だ。
僕とリーリス、そしてフレッティさん、リチルさんが部屋に入る。
その中でロフルの母親は藁が敷かれたベッドで寝ていた。
僕たちが訪れると、悲鳴のような声を上げてびっくりしていたけど、事情を聞いて、すぐに頭を下げた。
「ロフルがお世話になり、申し訳ありません」
「いえいえ。それにしてもお身体が悪いようですね。もし良かったら……」
「わ、わたしが診ましょうか?」
リチルさんが割って入る。
危ない危ない。
子どもが身体の具合を診るなんてどう考えてもおかしいからね。
母親の諒解を取り、リチルさんは確認する。
僕も【竜眼】を使った。
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名前:マリース
身分:人族 ロフルの母親
状態:ブレウラントの胞子毒
呪い
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(ん? 呪い?)
僕は少し嫌な予感がする。
一方、リチルさんも症状に気づいたらしい。
「ブレウラントの胞子毒ですね」
「ブレウラント? 大きなムカデの?」
と言ったのは、ロフルだ。
ブレウラントはマイナーというわけじゃないけど、目撃例が少ないAランクの魔獣だ。
子どものロフルが知っているのには驚いた。
すると、ロフルの母親マリースさんが言った。
「昔、この村を襲ったことのある魔獣で」
「え? それっていつですか?」
「去年でしょうか? ちょうど今ぐらいの時季だったかと……」
マリースさんの証言に、リーリスが反応した。
「確かブレウラントの肌には毒素を含んだ胞子がついてるはず」
さすがリーリス。よく勉強してるな。
「そうなんですか?」
「その通りです。大量に吸い込むと身体が痺れて動けなくなるんです」
僕は補足する。
頭を抱えたのは、リチルさんだった。
「弱ったわね。胞子毒は普通の毒消しが効かないのよ」
「それならいいのがありますわ」
リーリスは持っていた鞄の中をゴソゴソし始める。
出したのは、ちょっとグロテスクな紫色をした薬草だった。
「クダバナの葉といって、胞子毒に効果がある毒消し草です」
そう説明して、リーリスは手慣れた動きでクダバナの葉を鍋で煎る。
ふわっと独特な香りが立ちこめたあと、お湯を入れ、煎じた。
お湯はゆっくりと紫色に変わっていく。
見た目は毒薬みたいだけど、香りはすごくいい。
「どうぞ」
リーリスは薬湯を差し出す。
クダバナの葉は別名「エンジェル草」とも言われている。
魔獣の毒や胞子毒などに効く薬で、冒険者の間では【万能薬】と呼ばれている。
「ママ、治るの?」
「はい。お母様の手料理を食べられますよ」
リーリスが言うと、ロフルはその場で飛び上がった。
早速、マリースさんは【万能薬】を飲む。
効果はあったらしく、少し身体が軽くなったと、マリースさんは言った。
でも、顔の血色が一向によくならない。
「そんな……。クダバナの葉は疲労回復や滋養強壮の効果もあるのに。私、何か手順を間違えたでしょうか?」
「いえ。リーリスお嬢様は何も間違っていません」
リーリスとリチルさんは動揺を隠せない。
リチルさんが言うようにリーリスは何も間違ったことはしていない。
煎じ方は完璧だった――だとすれば、他に原因があるということだ。
「やっぱり僕が見たステータスは、間違いじゃなかったみたいだ」
僕はもう1度マリースさんを【竜眼】で見る。
さらに〝呪い〟のところに焦点を絞り、鑑定した。
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名前 :四旬の戒め
ランク:A
属性 :呪い
効果 :呪いを受けてから、月が40回上ると死亡する
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僕はハッと息を飲む。
固まった僕の顔を、リチルさんは覗き込んだ。
「どうしたの、ルーシェル君?」
「マリースさんに高度な呪いがかけられています」
「「ええ?」」
「まさか竜牙の――――」
呪いと聞いて、フレッティさんもいてもたってもいられなくなったらしい。
慌てて僕たちの会話に割って入ってきた。
「ご心配なく。そこまでの呪いじゃありません。ロフル、ママが寝込み始めたのはいつ?」
「よく覚えてないけど、もうずっと前からだよ」
子どもがずっと前ということは、もうかなりの日にちが経っているかもしれない。
急がないと、マリースさんは呪い殺されてしまうかも。
「普通の【解呪】の魔法では無理なのね」
「はい。でも、大丈夫です。僕なら……」
「わかったわ。ルーシェルくんに任せた」
リチルさんは僕の手を叩く。
選手交代だ。
僕は【収納】から瓶を取り出す。
入っていたのは白い粒だ。
「ルーシェルくん、それは? まるで米粒のようだが……」
「これはヨミオクリという魔獣の胞子の塊です」
「ヨミオクリって……。ええ?? あれってゴーストでしょ?」
魔獣図鑑にヨミオクリの姿はこう描かれている。
半透明の白い肌に、脚のない肉体。
黄色の襤褸を頭から被り、手には大きな鎌を持っている。
その姿はまさしく死神だ。
「はい。ですが、霊体が物質に干渉するのっておかしいと思いませんか? ヨミオクリは鎌を持ってますね」
「「「確かに!?」」」
「なのでゴースト系の魔獣って、小さな胞子や種に宿って、物質に干渉することができるんです。ゴースト系って色がだいたい白いでしょ。あれって、魔力に干渉した胞子が白く光ってるんです」
「な、なるほど。胞子なら剣で斬っても斬れないな」
「部分的に胞子の密度を上げれば、鎌を持つことができるというわけね」
「はい。そういうことです」
ゴースト系もまた、魔石が壊れると消滅してしまう。
しかし、未消化の技術を使うと、何故か胞子が粒のように固まる。
僕が取り出したのは、その胞子が固まった粒なのだ。
「初めて知った……。ていうか、クラヴィス様やカリム様は知っているのかしら」
知っていると思うけど……。
いや、そういえば公爵家にある本の中には記述がなかったような。
僕には当たり前過ぎて、気にも留めていなかったのだけど、ゴーストが胞子の塊だって実は大発見だったりするのだろうか?
「それで何を作るんだね、ルーシェルくん。土鍋なんか出してきて、まるでお粥を作ってるように見えるが……」
「はい。お粥を作ってます」
本日はヨミオクリの胞子を使ったお粥です。








