第264話 新たな騎士団
300年前……。
僕が生まれた時には、すでに2つの宗教が存在した。
聖霊リアマインを主とする聖霊教(リアマイン教)。
剣神カリバルディアが主神とする聖カリバルディア剣教だ。
この2つの宗教の論争は、歴史上において国をも巻き込み、戦争の火種となってきた。
その1つは、僕の生みの親【剣聖】ヤールム・ハウ・トリスタンによるものだ。
聖カリバルディア剣教の敬虔な信者であったヤールム父様は、聖霊教――特に獣人を異端視し、解放の名の下に戦争を起こした。
しかし、その強引な手段がかえって聖霊教の結束と入信者の増加を生み、結果的に連合軍に討ち果たされることとなった。
以来、聖カリバルディア剣教の勢力は衰え、今やほとんどの国家が聖霊教を国教としている。
僕自身、聖カリバルディア剣教の聖印を見たのは久しぶりだ。
その信者となれば、本当に300年ぶりかもしれない。
それだけ聖カリバルディア剣教の信者数は、減っているのだろう。
「改めて名乗ろう。我が輩の名前はイグナーツ。聖カリバルディア剣教騎士団団長イグナーツ・ド・レオネッリである」
イグナーツは騎士団団長らしい挨拶の口上を述べる。
聖カリバルディア剣教と聞いた時には、呆然としていたフレッティさんだったが、ムッと口を結ぶとやり返すように言い放った。
「俺も改めて名乗ろう。レティヴィア公爵家騎士団団長フレッティ・ヘイムルドだ。いかに、ここがあなたの仕える主神の土地であろうと、契約上ここはミルデガード国王陛下のものであり、ルーシェル様が治める土地だ。立ち退くなら、そなたたちの方であろう」
「はははは……! 妙なことを言う。国王風情が我が主神を契約で縛るというのか。片腹痛いわ」
「契約は絶対だ。そうでなければ――――」
フレッティさんが言いかけると、イグナーツは手で制した。
「契約のことというなら、これならばどうだ? そもそもこの土地は元々の領主より聖カリバルディア剣教に寄進されたもの。元の領主より賜ったなら、何も文句はあるまい」
「げっ」
突然、蛙の首を絞めたような声を上げたのは、リチルさんだった。
「これはややこしくなるわね」
「どういうこと? リチル?」
ミルディさんが首を傾げる。
「よくあるトラブルなのよ。借金を抱えたり、跡継ぎのいない貴族がやむなく自分の領地を手放さなくてならない時、本来なら国王にお返しするのが通例なの。でも、時々国王に返納せずに、自分が信じる宗派に寄進することがあるの?」
「ええ!? なんでそんなことをするの?」
「寄進――つまり自分が持っているお金や土地を神様に差し出すことによって、天国に行けるっていう信奉の心ね。実際、保証は何もないのだけど」
つまり、先代の領主は保証も何もない片道切符の代償として、自分の土地を差し出したってことか。
「よりにもよって、聖カリバルディア剣教とはね……」
ミルディさんは頭をかく。
「聖カリバルディアだと、何なの?」
「聖霊教なら国と教皇同士が話し合えば、あっさり解決する問題よ。でも、ミルデガード王国は聖カリバルディア剣教とは相性が最悪なのよ」
ミルデガード王国は、獣人の生存権を認めている。
中には、【剣王】となり国の重役を務め、貴族となって政に参加している獣人までいる。
元々獣人を異端視していた聖カリバルディア剣教からすれば、侮辱されていると見えるのかもしれない。
「疾くこの場よりいねえ! でなければ――――」
「断る」
「なんだと?」
「少なくともお前は俺の上司でも何でもない。そして、少なくとも俺にとっては、ここはルーシェル様の土地だ。『はい。そうですか』とおめおめ帰るわけにはいかない。何よりルーシェル様の御前なのだ」
フレッティさんは啖呵を切る。
言っていることはまともだし、その通りフレッティさんに従う義務はない。
でも、ちょっとまずいかな。あれじゃあ、喧嘩を売ってるようなものだ。
事実、イグナーツの眉間に青筋が浮かぶ。
「貴様ッ!」
背負っていた大剣の柄を掴み、そのまま一気に振り下ろす。
その剣筋は速く、さらに衝撃と突風を生み出した。
ガシャッ!!
しかし、イグナーツの一撃はあっさりと空を斬る。
剣筋を完全に見切ったフレッティさんは、拳二つ分くらい深々と地面に刺さった剣先に足を置いた。さらに切れ味鋭い眼光を、イグナーツにぶつける。
「さすが団長!」
「役者が違いますね」
「…………」
レティヴィア騎士団の面々は讃える。
ずっと後ろで見ていたリーリスも、ホッと胸を撫で下ろした。
「一戦交えるならやぶさかではない。俺としては、我が主君のご子息が治める土地を不法に占拠する不埒者……。ここで斬って捨てたところで問題ないはずだ」
「ふん。やれるものならやってみろ。剣神様のもと、我が剣――【熾天使の炎】の錆にしてくれる」
瞬間、フレッティさんが足蹴にしていた剣から炎が燃え上がる。
イグナーツは思いっきり力をかけ、剣を振り上げた。
赤い炎の光が煌々と山村を照らす。
僕もフレッティさんも思わず息を呑んだ。
「魔剣……」
「おうよ。フレッティと言ったな。ここで戦うというなら、構わんぞ。そもそも我々はこの山村を守るために配備されておるのだからな」
イグナーツは得意げに笑う。
その後ろで、他の騎士たちも抜剣した。
『おいおい。ルーシェル。この状況ヤバくないか?』
と言ったのは、ずっと僕の肩に乗っていたアルマだ。
相棒は睨み合う2つの騎士団を見比べる。
すると、偶然にもアルマとイグナーツの目があった。
「なんだ、それは? 魔獣の子ではないか。やはりお前らは異端者だな。魔獣の子どもを連れて回るなど……。しかも、それを連れた子どもが統治者とは。もはや穢れていると言ってもいいだろう」
イグナーツは眉間に皺を寄せて、吐き捨てる。
その言葉と表情から深い憎悪を感じる。
確か聖カリバルディア剣教の教えに、穢れた動物――つまり魔獣からの解放という教えがあったっけ?
聖霊教の中にも似たような教えはあるけど、聖カリバルディア剣教はもっと過激だ。
すなわち、魔獣の根絶である。
「まずはその小僧から穢れを払わねばなるまい」
イグナーツの焦点が、今度は僕に向けられる。
僕を狙うこととなっては、いよいよリチルさんたちも黙っていなかった。
咄嗟に武器を握る。
ついにレティヴィア騎士団と聖カリバルディア剣教騎士団が向かい合う。
まさに一触即発。
ひと笛でも吹けば、たちまち争いが始まるだろう。
「何事ですか?」
ピンと張り詰めた空気の中で、その声は1滴の雫が起こした漣のように広がる。
その場にいる全員が振り返った。
立っていたのは、司祭そしてその服を引っ張る小さな少女だった。
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