第262話 領地へ
魔女とおぼしき人間が起こした王都事変。
さらにミルデガード王家の第2王女による国王暗殺事件。
年末を騒がせたこれらの事件は一旦収束し、ミルデガード王国内は冬を迎えていた。
去年は色々あって、長い冬を迎えることになったが、今年はどちらというと暖冬傾向にあるらしく、積雪が少ない。真冬となれば、僕の腰ぐらいまで雪で埋まるレティヴィア領も、今ところ生活に困るほどの雪は観測されず、平穏な冬休みを過ごしていた。
一方、暖冬傾向を良いことに、父上と兄上は近くの森でハンティングを楽しんでいる。
暖冬傾向にあるからか森の動物たちが冬眠せずにうろついているらしく、今年はよく獲物が獲れるそうだ。昨日は、3日前にカリム兄様が仕留めた大鹿の肉を使って、シチューを食べた。鹿の肉は淡白だけど、独特の旨みがあり、食欲をそそる。牛乳と一緒に弱火でじっくりと煮込んだ鹿肉はやわらかく、ぷるっとしておいしい。
僕の魔獣料理で、すっかり健啖家になった家族たちを唸らせた。
さらに僕はその鹿肉を保存が利くように加工し、【収納(氷)】の中に入れる。
こんなことをしているのも、実は明日から僕は国王陛下から戴いた領地に行くことになっているからだ。
クラヴィス父上と、ソフィーニ母上は……。
「別に冬でなくてもいいのではないか?」
「そうね。ルーシェルもよく知っている土地だし」
と言ってくれたのだけど、僕には僕の事情があった。
「冬が明けると、学校が始まります。領主になりましたが、それによって学校を休みたくないのです、父上、母上」
僕は国王陛下をお救いした功績によって領地を賜った。
とはいえ、その領地は僕が以前住んでいた山を含む一帯の土地だ。
ほとんど手つかずで、領民もほとんど住んでいない。
魔獣の種類のほうが多いくらいだ。
「それに山のことはよく知っているのですが、僕はその周辺のことをあまりよく知りません。どんな人が住んでいるかも含めて、今のうちに把握しておきたいのです」
本来なら、こういう仕事は家臣に預けるものだ。
つまり、領主がやる仕事じゃない。
ただ現在のところ、僕に家臣はいない。
僕が大きくなって、領地を経営することになれば、ヴェンソンさんやカンナさんみたいな人たちを雇うことになるのだろうけど、それは僕が学校を卒業したあとのことになるだろう。
「わかった。ならば、フレッティを連れて行きなさい」
クラヴィス父上は言った。
予想外の申し出に、僕は慌てて手を振る。
「いえ。これは僕がもらった領地のことですし。それにフレッティさんもお忙しいのでは」
「私なら構わないぞ」
いきなり後ろから声が聞こえて、思わず飛び上がった。
振り返ると、フレッティさんが立っている。
いつの間に……!
僕に気配を悟らせないなんて。
僕が驚いた顔を見て、フレッティはちょっと嬉しかったらしい。
ふふっと笑って、僕の側に立った。
「構わないって……。いいんですか、フレッティさん?」
「今年は雪が少ない。雪かきがないぶん、少し退屈していたんだ。それに、あの山にはずっと以前からもう1度行きたいと思っていた」
「ですが……」
レティヴィア騎士団はクラヴィス父上のものだ。
それをお借りするのは……。
すると、カリム兄様が言った。
「あの領地の代官は僕だ。僕が父にお願いしたということにすれば、何も問題ないだろ?」
「それともルーシェル君は、あの領地に何か見られては不味いものでもあるのかな?」
最後にフレッティさんが意地悪く笑う。
もちろん、そんなものはない。
大人たちはいったい何を想像しているのだろう。
「わかりました。それではご同行お願いします」
「よし。……だそうだ。リチル、ミルディ、ガーナー」
フレッティさんが部屋のドアを開けると、さっき言った3人が雪崩打つように飛び込んできた。ガーナーさんを下にして、ミルディさん、リチルさんが折り重なるように倒れる。
「も、もしかして聞いてたんですか?」
「もちろん、あたしたちも行くよ」
「あそこはわたしたちにとっても、因縁の場所ですからね」
「…………」
ミルディさんとリチルさんは嬉しそうに答えると、最後にガーナーさんがふんふんと頷いた。
「ルーシェルよ。聞きなさい」
「父上?」
「お前は魔獣や魔法のことについては詳しいが、まだまだ人間というものを知らぬ。そういう時に、フレッティたちは役に立つだろう」
「本当なら僕が行くべきなんだろうけど、春先に魔獣学会の発表があってね。その準備で忙しいんだ」
最近、クラヴィス父上とカリム兄様は、魔獣学会の発表のために遅くまで書斎に籠もっていた。ハンティングはちょっとした息抜きらしい。身体を動かすと、いいアイディアが浮かぶのだそうだ。
それにしても、人間を知らないか。
クラヴィス父上が示す真相は、まだ僕には想像できないけど、領主が子どもでは聞く耳を持たない大人たちもいるだろう。
そういう時に、フレッティさんと相談しなさい、と言いたいのだと思う。
「じゃあ、5人で行きましょう」
「待って、ルーシェルくん」
「なんですか、リチルさん」
「もう1人……。あの山とかかわりのある人がいるでしょ?」
「それって、わたくしのことですか?」
恐る恐る部屋を覗いたのは、リーリスだ。
思えば、あの山の麓で初めてリーリスと出会ったのだ。
あの時は人見知りが激しくて、言葉を交わすことはおろか、まともに目も合わせてくれなかったけど……。
そんな感じだったリーリスは、僕の前に進み出る。
「わたくしも連れて行ってくれませんか、ルーシェル」
青い瞳が、真っ直ぐ僕を射貫く。
人見知りだった公爵令嬢は、すっかり形を潜めていた。
2年前、出会った時と考えると、見違えてしまった。
人間の成長の早さが、父上が言う人間の本質なのだとしたら、確かに恐ろしいものだと思った。
「わかった。一緒に行こう」
「はい」
リーリスは嬉しそうに微笑む。
その笑顔だけは、2年前と何も変わっていない。
本当に蕾から花が開いたような素敵な表情だ。
「お嬢様が行くとなると、ユランも黙っていないんじゃない?」
ミルディさんが口にすると、リチルさんは学校の先生みたいにクルクルと指を回しながら説明した。
「残念。ユランは絶賛冬眠中よ」
「あ~~」
そう。ユランは寒さに弱く、冬の間は繭にくるまって寝るのが常なのだ。
「つまり、お邪魔虫がいないってことだね」
「そういうこと」
うししし、ミルディさんとリチルさんが気持ちの悪い笑みを浮かべる。
同じくクラヴィス父上とソフィーニ母上も、クスクスと笑っていた。
あまり状況を掴めていないのは、僕とフレッティさん、そしていつも何を考えているかわからないガーナーさんだけだ。
なんだか、昔に戻ったみたいだな。
アルマがこの5人を見たらどう思うだろう。
僕はそんなことを考えながら、山のある西のほうを見つめるのだった。
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