幕間 一夏の思い出⑨
導火線に火をつけると、しばらくしてシュッと鋭い音が鳴った。
すると、持っていた棒の先から色鮮やかな火花が噴き出す。
最初はゆっくりだった火花は、勢いを増して、夜の浜辺を彩った。
「すごい!」
僕は目を丸くする。
花火は見たことがあるけど、こんな人が手に持って遊ぶ花火は初めてだ。
鮮やかな火花を目の前で見られる上に、さほど熱くない。
さすがに人に向けると危ないけど、人と人との間隔に気を遣えば十分楽しむことができる。
こういう花火をカンサイベーン家は昔から扱っていたらしい。
「うちの新商品や。どや? 綺麗やろ?」
カナリアは胸を張る。
作ったのは職人だと思うけど、彼女曰く花火の色のアドバイスをしたらしい。
本当は自分でも花火を作りたいそうだ。
しばらく玩具花火と名付けられた花火を、僕たちは楽しむ。
こういうのは300年前にはなかったものだけど、僕は生徒会メンバーと一緒に汗をかくぐらい楽しんだ。
いよいよ商品がなくなってくる。
残っていた細い花火に火を付けると、チリチリと音を立てて光が弾ける。
噴き出す花火とは違った、また趣のある花火に、いつしかうっとりと眺めていた。
カナリア曰く、線香花火というらしい。
「わたくしは派手な花火よりも、こっちの方が好きですわ」
「そうだね。僕もこっちの方が好きかな」
花火を持って、はしゃぎ回るのもいいけど、こうやって光が複雑にちらつくのを見ているのも悪くない。
「ルーシェル、どうしたんですか?」
唐突なリーリスの質問に、僕は反射的に顔を上げる。
ちらつく火花が映り込んだ青い瞳と視線が合う。
幻想的な色と穏やかな表情に、僕は一瞬呆然とする。
不意に心を盗まれたような感覚に少しドキドキしながら、「何が?」と短い言葉で返した。
「洞窟に行った後から何か悩んでいませんか?」
うっ……。リーリスにはお見通しだったらしい。
自分なりに取り繕っていたつもりなんだけど。
まだ一緒に暮らし始めて2年も経っていないけど、僕のことをよくわかっているらしい。
「リーリスには敵わないな」
「わたくしでは相談相手にはなれませんか?」
「そ、そんなことはないよ」
「じゃあ、話してください」
ずるい言い方だな。
リーリスってこんな風に詰問するタイプだっけ?
「些細なことなんだけどさ」
「些細なことで、ルーシェルが塩と砂糖を間違えたりしませんよ」
「え? 僕、間違えてた?」
「はい。……甲羅鍋の味を整える時に、塩を使ったでしょ? たぶん、あれは砂糖です」
「え? 嘘……」
全然気づかなかった……。
というか、なんでリーリスはそれを知っているんだろ。
確かに大鍋だったから、多少砂糖が入っていても誤魔化せる。
でも、僕だって味見して気づかなかったのに。
「もう何度もルーシェルの魔獣食を味見してますからね。ルーシェルの好きな味がわかってきました」
「好き……」
「いや、あの……味のことですからね。ルーシェルの味の好みはわかってますから。それにわたくしはルーシェルの助手だと、その……勝手に思ってますから」
「ありがとう、リーリス。でも、ひどいな」
「え?」
「僕は、助手だと思ってるんだけど、ダメかな」
「いえ。全然そんなことないです。光栄です!」
リーリスは慌てて訂正した。
レティヴィア家でも、このカンサイベーン侯爵家に来ても、リーリスとはよく喋っているし、いつも僕の横にいてくれるパートナーだと思ってる。
それでも今こうして真っ直ぐにリーリスを見て、会話するのは久しぶりだ。
思い出すなあ。あの……ルララ草に歌を聴かせた夜のことを。
「何の話をしてたんだっけ?」
「ルーシェルが寂しそうな顔をしているという話です」
「僕、そんな顔をしてた?」
「なんだか置いてけぼりの迷子の子どもみたいな顔をしてましたよ」
え……。そんな顔をしていたのか、僕。
でも、たぶん合ってると思う。
僕は300年生きてきて、そして300年前からずっと時が止まったままだ。
かつての家族も、友達もいない世界で生きている。
あのマジックキューブのことを知らない世界で、たった1人でいて、寂しかったのだろう。
「マジックキューブを誰も知らないっていった時、自分だけ300年前に取り残されているような気がしたんだ」
すん、と線香花火の火花が切れる。
小さな花火なのに、消えてしまうと世界のすべてが真っ暗になったような気がした。
「そんなことはないです、ルーシェル。わたくしは300年前のルーシェルと会話をしたり、遊んだりしていません。300年後のルーシェルと一緒に生きてるつもりです」
「300年後の僕……」
「そうです。あの洞窟の冒険だって、300年経ったから海水が満ちてきて、魔獣が棲むような洞窟になったんでしょ? わたくしは浜辺と繋がった洞窟は知らないし、見ていない」
わたくしはずっと今のルーシェルと冒険していたつもりですよ。
リーリスの言葉を聞いた時、僕は自分のことが未熟だと思った。
いや、まだまだ子どもだと思った。リーリスの方がずっと大人だ。
300年前に流行ったことを誰も知らないから、ただいじけていただけなんだ。
僕は目頭を拭う。
悲しいんじゃない。嬉しいのだ。
こんなに近くに、僕の事を見てくれている人がいたことが。
「ありがとう、リーリス」
「わたくしはルーシェルの助手ですから」
「ホントだね。リーリスに助けてもらってばかりだ」
良かった。リーリスがいてくれて。
やはりレティヴィア家に来て、正解だった。
ドンッ!
突然の爆発音に、僕たちは肩を竦めた。
海の方から光跡が上っていくと、夜空に大輪の花を咲かせた。
赤、青、緑……。様々な花が開いては、散っていく。
その一瞬の美しさをまるで競うように……。
僕とリーリスはしばしその花たちの共演を見つめた。
「頭取! これどうやって使うんや」
夜空に上がった花火を見ていると、唐突に商言葉が聞こえる。
カナリアが例のマジックキューブを持って、僕のところにやってくる。
どうやらあの宝箱から、そのまま拝借してきたらしい。
カルゴもナーエルも気になっているようで、カナリアの後ろに続いていた。
「頭取からルールは聞いたけど、一面も同じ色にできんのや」
降参という感じで、僕にマジックキューブを渡す。
だいぶ古びているけど、サイズ感は300年前と変わらない。
持った瞬間、懐かしさが広がっていくような気がした。
「見ててね」
カサカサと木で作られたマジックキューブを回す。
10秒もかからずに、一面を赤くしてみせた。
「すご!」
「カナリアがあれだけ頑張ってもできなかったのに」
「コツはあるんですか?」
やんややんやと僕に尋ねてくる。
どうやらマジックキューブに興味を持ってもらえたみたいだ。
「コツっていうか、慣れかな」
僕はマジックキューブをさらに動かし、赤に続いて青の面も作る。
勉強と剣術漬けだったけど、休憩時間のちょっとした気分転換によくやっていた。
初めは全然できなかったけど、執事に教えてもらいながら極めたものだ。
今でも指先と目が覚えているらしく、クルクルと動かすうちに、あっという間に全面をクリアした。
それを見て、みんなは目を丸くする。
まるで神を崇めるかのごとく「やって」「もう1回」とせがんできた。
いつの間にやら地元の子どもや大人たちまで集まってきていて、僕を中心に人だかりができていた。
「す、すごい人だ」
僕は困惑しながら、花火の下でマジックキューブのやり方を教えていた。
そんなルーシェルを見ながら、口角を上げる者がいた。
「クックックッ……。これは商売になるで」
◆◇◆◇◆
長い夏休みも終わり、僕たちは新学期を迎えた。
勉強もそうだけど、生徒会メンバーにはやらなければならないことがある。
そうだ。子ども祭の成功だ。すでにそれほど日数は残っておらず、今日会議することが決まっていた。
「結局、夏休み。ほとんどロラン王子と会えなかったなあ。レティヴィア家に遊びに来るとは言っていたけど」
「ご公務が忙しかったんでしょ。それに王族の方は、夏場は避暑地で暮らすのが慣わしなので」
夏場の間は家臣にも暇を出す。
王宮に家臣がいなくなるため、王族たちは避暑地で夏場を過ごすことが強いられるのだ。
「元気かな、ロラン王子」
「あいつが元気のないところなど、そうそうないと思うぞ」
騎士団の合宿に参加していたユランが言う。
何かたくましくなって帰ってくるのだろうかと思っていたら、本人は至って普通だ。
「合宿どうだった?」と尋ねたら、「まあまあじゃな」というユランらしい感想が返ってきた。
「ん? あれはなんじゃ?」
ジーマ初等学校へ向かう通学路。
そこに人だかりができていた。
ほとんどが初等学校の生徒たちだ。
さらにその手にはマジックキューブが握られ、早速音を立てて遊んでいる子どもがいた。
どういうこと?
目を丸くしていると、何やら聞き覚えのある商言葉が聞こえてきた。
「はいはい。落ち着いて。落ち着いてや。商品はまだあるよって」
「か、カナリア??」
「あ。頭取? 見てや。この大盛況ぶり。うちの勘が当たったで」
売り子のカナリアの前にあったのは、山と積まれたマジックキューブだ。
どうやら、持ち帰ったマジックキューブから構造を分析して、量産したらしい。
しっかりとマジックキューブには、カンサイベーン侯爵家の紋章が刻まれていた。
「こいつは売れると思ってたんや。昔の子どもの玩具やしな」
「す、すごっ……」
この反響……。さすがカナリアだ。
「どや、頭取? ちょっとはモヤモヤは解消できたか?」
まさかカナリア、僕が悩んでいることを知って……。
「なかったら作ればいい。知らなければ知らせればいい。時代なんてな。待ってても自分が思い描くものなんて生まれへん。自分で作るんや。うちは作るで。自分の時代を」
カナリア・ギル・カンサイベーンの時代をな。
カナリアは口角を上げる。
まるで悪の大幹部みたいだけど、やってることは凄いと思った。
何となく予感がする。
いつかカナリア・ギル・カンサイベーンの時代が来るんじゃないかって。
その時は、どんなものが流行ってるんだろう。
できれば300年後の子どもたちも手にして遊んでいるようなものがいいなと、僕は密かに思った。
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