幕間 一夏の思い出⑧
☆★☆★ コミックス 第7巻発売 ☆★☆★
「公爵家の料理番様」コミックス第7巻が、
10月20日発売決定しました。
Amazon・楽天ではご予約はじまってますので、よろしくお願いします。
詳細は後日!!
気が付けばカンサイベーン侯爵家に来て、もうすぐ1週間が経とうとしていた。
明日には侯爵家を発つ予定になっている。また長い馬車での移動を考えると、すでにお尻がムズムズする。
最後の夜ということで、夕食は外でバーベキューをすることになった。
折角なので、浜辺で行うことになり、割と本格的に施設まで用意し、野菜や取れたての魚、分厚いステーキを焼いている。
明日のことを思うと寂しいけど、バーベキューパーティーはそんな一時の感傷を忘れさせてくれるぐらい楽しかった。
「う~~~~~~~~~~ん! うまい!!」
海藻に葱という具材が入った味噌汁を飲みながら、カナリアの父――バルフ侯爵閣下は唸りを上げた。
閣下が飲んでいるのは普通のお味噌汁ではない。
僕がこっそり未晶化して、【収納】の中に保存していたグラボロス――その爪と腹の部分を入れて、じっくり煮込んで出汁をとったものに、麦味噌を混ぜて作ったものだ。
「鼻腔の奥までキュンとくる磯の香り。味噌のまろやかなコクにも負けない深い蟹の旨みがたまらぬな。こんなうまい味噌汁を食べたのは、人生で初めてやで!」
最初は商言葉なしに喋っていたバルフ閣下も、おいしさを語らい始めて興奮したのか、最後には訛りが出てしまった。けれど、閣下はまったく気にすることなく、グラボロスの出汁が入った味噌をすすっている。
「満足いただけて何よりです」
お味噌汁に感銘を受けたのは、バルフ閣下だけではない。
リーリスやナーエル、カルゴ、カナリアといった子ども勢から、普段ご馳走を食べ慣れていないカンサイベーン侯爵家の家臣まで、そのおいしさに酔いしれている。
何せ大きさが大きさだけに、作る量も大きい。いろんな人に食べてもらわないとおいつかないぐらいある。こんな時、ユランがいてくれると助かるのだけど、生憎とホワイトドラゴンは騎士団の合宿に付き合うとのことで、出張中だ。
「グラボロスの出汁には、魔力を上げる効果がありますからね。うっかりいつも通りに魔法を使ったら、驚いてしまうかもしれません」
「へぇ……。魔力が強くなるってよ」
「平民のおれたちの魔力なんてたかが知れてるさ」
「試してみたらどうだ?」
「よーし」
ドンッ!
いきなり炎柱が浜辺で上がる。
あらあら……。試す人がいたか。
幸いこの浜辺には人がいなくて、燃えるようなものはない。
近くに水がいっぱいあるし、すぐに消火できるだろう。
それを見て責任者でもあるバルフ閣下は大笑いする。
「ワハハハハハ! すごいやんけ! こんな簡単に強くなれるんか」
「といっても一時的ですけどね」
「具体的にはどれぐらいなんや? 3時間とか。もっと10分とか?」
「飲んだ量にもよりますが、茶碗いっぱいぐらいならおそらく30年ぐらいかと」
「十分長いわ! おじさん、30年後とか生きてるかどうかわからへんのに!!」
ペンと僕の胸を叩く。
これは南流の「ツッコミ」というものらしい。
最初はいきなり叩かれてビックリしたけど、親愛の証のようだ。
1週間カンサイベーン家にいると、慣れてしまった。
さてもちろん料理はこれだけじゃない。
すでに本日のメイン料理がグツグツと音を鳴らしていた。
「お。出来上がったようですよ」
パカッと僕が開いたのは、ドラゴンキラーもとい包丁で切った甲羅の上部だ。
大量の湯気が浜辺で上がる。中から現れたのは、クラボロスの身と、その出汁をたっぷりと吸った野菜たちだ。
クラボロスの甲羅鍋です。
名前の通り、クラボロスの甲羅の中のものを取り除き、大鍋に入れた料理だ。
身や出汁に加えて、脚肉、人参、白菜、長ネギ、数種類の茸とバラエティ豊かな具材にプラスしてなんといっても、クラボロスの甲羅の中にあった蟹味噌を加えてある。
僕は最後に軽く塩を加えて味を整えると、味見をしてみた。
「うもぉ~~い……」
ほっぺが落ちるとはこのことだろう。
口の中が幸せすぎて、「うまい」が意味をなさなくなった言葉になってしまった。
出汁の旨みに加えて、数種類の野菜から出る甘み、茸のコク、そこに潮の香りを含んだクリーミーで濃厚な味が絡み合ってる。味が多すぎて、なんだか味の渋滞が起こりそうだけど、混然一体となっていて、とにかくうまい。
なんとか美味しさを伝えるべく、僕はクラボロスの甲羅鍋を配膳していく。
「うまーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」
「なんやこれ! めちゃくちゃうまいやないか!」
「おいしい!」
「こんな料理食べたことないよ」
「なんてうまさだ! こんなにクラボロスがうまいなんて」
それぞれ口にしていくと、そこかしこからまるで爆発するみたいに絶賛が巻き起こった。
思わずガッツポーズを取る。
でも、これは僕の技術というより素材がすごいと言っていい。
「蟹味噌……。この蟹味噌が溶けたスープがたまらん!」
「身もプリップリや。そこに蟹味噌と出汁が合わさって、えらいことになっとる」
「お野菜もおいしいです」
「最初びっくりしたけど、こんなにクリーミーな味になるなんて」
「魔獣食……。驚きです」
身もプリップリだけど、食べたみんなの顔もプリップリだ。
カナリアの顔なんてクリームのようにゆるゆるなっていて、みんなの笑いを誘っていた。
ワイワイとみんなが楽しむ中で、少しホッとする自分がいる。
「ルーシェル、どうしました?」
「ん? なんでもないよ、リーリス」
僕はふと我に返って、次の料理を出す。
浜辺に設置した竈に近づくと、静かになった土鍋の蓋を開けた。
クラボロスの卵と海藻の土鍋炊き込みご飯です。
土鍋に米、海藻、クラボロスの卵を入れ、その出汁で炊き上げた土鍋ご飯だ。
強烈な磯の香りが湯気と一緒に上がってくる。
しゃもじを鍋の側面に入れて、ひっくり返すと飴色の焼き目がついていて、それがまたおいしそうだった。
再び配膳すると、僕も一緒に食べてみる。
「おいし~~~~いいいいいい!」
出汁で炊いただけあって、塩っ気が絶妙。
濃くなく、薄くなく。米についた旨みがちょうどいい。
そしてなんといっても、クラボロスの卵だろう。米粒よりも少し大きめの卵は噛むと、プツプツとした食感とともに、黄卵のようなコクが出てくる。食感も楽しいけど、口の中で米と卵のコクが合わさっていく様は、卵かけご飯みたいだ。そこに海藻の塩味が利いて、さらに卵かけご飯っぽくなっている。
「プツプツした卵の食感がたまらへんなあ!」
「こんな不思議な土鍋ご飯は初めてや」
「また甲羅鍋と違う楽しみ方があっていいですね」
「もうなんでもおいしい」
「うま~~い」
こちらもみんなの口に合ったらしい。
カリム兄さんもご満悦だ。
「ルーシェル、さすがだな」
「ありがとうございます、カリム兄さん」
「うん。ただしあとでこの魔獣をどこで取ってきたかは教えるように」
「え……。それは――――」
「まさか僕の知らない間に、子どもたちだけで危ないことをしていたわけじゃないよね」
カリム兄様の顔がめちゃくちゃ怖い。
普段温厚なだけに、余計に恐ろしかった。
「ワハハハハハ! カリム殿、それぐらいにしたってくれ。こうして子どもたちは無事におって、うまいもんを食べてる。今は宴席や。無礼講で行こう。なっつってな」
バルフ閣下が助け船を出してくれた。
さすがに侯爵閣下に諫められては、カリム兄様も応じるしかなかったようだ。
それとも宴席の空気を読んだのか、あるいは閣下の最後の言葉に感情が冷えていったのかはわからない。
とにかくカリム兄様は怒りを収めてくれた。
「明日、馬車の中でゆっくり聞かせてもらうからね」
うっ……。
そういえば、明日帰るんだった。
まさか2週間もお説教したりしないよね。
最近、AIのほうでもチェックしてもらっているのですが、
以下の文でこんな文言が入りました。
「茶碗いっぱいぐらいならおそらく30年ぐらいかと」→「効果が30年続く」というのは不自然。文脈上「30分」や「3時間」が正しい可能性。
……ごめん。この話はでそれが正しい可能性なんや。