幕間 一夏の思い出⑦
クラボロスを倒し、僕たちは洞窟の奥へと進む。
【気配探知】で奥の方を探ったけど、魔獣の気配はない。
とりあえず安心だ。自分のことだけど、ちょっと油断していた。
最初からこうすれば良かったのだ。
でも、あの出来事があったから、結束が深まった。
以前よりもカナリアやナーエル、カルゴのことをよりわかったような――そんな気がするのだ。ちょっと危険だったけど、クラボロスとの戦いは決して悪いことばかりではなかったと思う。
「なあ、ルーシェル。君はどう思っているんだい?」
頭の中で1人反省会をしていると、珍しくカルゴが僕に話しかけてきた。
何度も言うけど、カルゴは寡黙で必要以上のことは喋らない。
心を開いていないとか、そういうことじゃなくて、おそらく性格なのだろう。
それにしても「どう思っている」なんて随分と抽象的な質問だ。
一体何を指しているのか、僕にはわからない。
しばらくポカンとしていると、カルゴは僕に耳打ちした。
「この洞窟のことだよ」
「洞窟?」
「不思議とは思わないかい? ここは子どもが来れるような場所じゃない。魔獣がいるなら尚更だ」
僕もそれを考えていなかったわけじゃない。
確かにこの洞窟は何かおかしい。
というよりは、あの宝の地図が変なのだ。
宝が隠されていることをこれ見よがしに印した地図。
どう考えても、子どもが書いたとしか思えない筆跡。
なのに、子どもでは来ることも難しい洞窟。
大人の助けがあったといえば、それまでだけど、最初にも言ったけどそれじゃあ秘密にならない。
やはりこの洞窟には……。
「つまり、お宝が隠されてるっちゅうことやね」
カナリアが突然僕たちの後ろから声をかける。
ニコニコしているけど、糸目の奥には野生の獣のようなギラギラとした光を感じる。
カンサイベーン侯爵家の血が、直感的にお宝があることを確信しているのかもしれない。
「まだ決まったわけじゃないよ」
「なんや頭取はお宝がないと思ってんか? ロマンがないなあ」
「別にないって思ってるわけじゃ……。とにかくその答えはこの先にあるみたいだよ」
僕たちの前に現れたのは、扉でもお宝を守る番人でもなかった。
布だ。それもかなり古びていて、穴が開いて破れている部分がある。
その布にはドクロのマークが描かれていた。
海賊たちが好んで使う船旗だ。
いよいよって思うかもしれないけど、やはり子どもが描いた出来だった。
それでもカナリアはニコニコしている。
妙な緊張感が腹の底からこみ上げてきて、僕は唾を飲んだ。
そっと布を払う。
埃まみれのカーペット。
小さな丸椅子に、ローテーブル代わりに置かれた木箱。
壁に貼り付けられているのは絵だろうか。
随分と古びていて、かろうじて絵の内容が見える。
子どもや騎士、家族の絵だろうか。どれもうまい方ではない。
「ヒッ!」
棚の方を見ていたナーエルが悲鳴をあげる。
そこに置かれていたのは、人形だ。
こちらは既製品らしく、縫製はしっかりとしている。
しかし年月には勝てなかったらしく、ナーエルが触ると首が取れてしまった。
「これは……」
「うん。子どもの秘密基地って奴かな」
僕には経験はないけど、こういう遊びが流行ったことがあった。
今はどうかは知らないけど……。
でも、大人から離れて、自分だけの空間がほしいと思うのは、子ども共通の欲だと思う。
僕はそれを思う暇もなく、山から追い出されてしまったけど。
大人が作ったとは思えない。
住んでいたというには、皿やフォークといった日用品が少なすぎる。
「みんな! こっちやこっち!!」
まだ奥には部屋があったらしい。
そこには施錠がされた如何にもという木箱があった。
「これって……」
「宝箱や。間違いない」
「いや、それはないんじゃないかな」
カナリアはあくまでポジティブだ。
ちょっと羨ましい。
施錠は簡単なもので、魔法で解錠する。
最初に見つけたということで、カナリアが代表して開けることになった。
結果はなんとなくわかっていても、ドキドキしてしまう。
気づけば、両手を組み、僕は何かに祈っていた。
「なんやこれ……」
さっきまで期待感を煽っていたカナリアの声が、空気の抜けた風船のように萎む。
宝箱の中は人形、木彫りの動物、玩具などが雑然と入っていた。
「これは……」
「宝箱っていうより」
「玩具箱だね」
はあ、と生徒会メンバー改め――宝の地図を持った小さなトレジャーハンターは、息を吐く。……そう。それは間違いなく玩具箱だった。宝の地図は玩具箱を示すものだったのだ。
「子どもからすれば、玩具はお宝やからなあ」
「カナリア、僕たちもまだ子どもだよ」
「そんなんわかってるよ。……しかし、なんや。どれもボロボロやな」
「海の近くだし。腐食も激しかったんじゃないかな」
この秘密基地だってよく保ってるほうだ。
海水は物を痛ませるって聞くけど、よく保った方だと思う。
「よくわからん玩具ばっかりやし。この四角いのなんて……。どうやって使うんだ」
「もしかしてマジックキューブ……」
「頭取、知ってんのか?」
カナリアからマジックキューブを預かる。
白や黄色、青、赤、緑、黒といったキューブが、3×3の一面にはまっている。
それが六面あって、マジックキューブを構成していた。
僕はマジックキューブを捻るように手首を捻りながら動かした。
上面の部分がクルクルと回る。さらに側面、背面と動作を確認する。
「頭取、それ何をして遊ぶんや?」
「こうやって一面を同じ色にしていって、六面全部それができたら完成だよ。知らない、マジックキューブって。すっごく流行ったんだよ」
みんなは首を振る。
力説する僕を見て、どこか唖然としていた。
「こんなん流行ったなんて、うちは知らないなあ」
「わたしも……。でも、きれいですね」
「え? でも、僕が生まれた時は――――」
弁明しようとした時、僕は「あっ」と声を上げた。
このマジックキューブが流行ったのは、今から300年前だ。
その間に流行が廃れたのだろう。
いや、もしかして魔族との戦争でこうした玩具ですら文化と同じく消えていったのかもしれない。
流行ったといっても、300年もの時間があるのだ。
なくなっていても、おかしくはない。
けれど……、ちょっと寂しい。
ここの主がどうして玩具を宝箱に収めたのかわからない。
でも、たとえば大人になってここを訪れた時、自分が大事にしていた玩具を懐かしむため宝の地図に仕込んだのなら、その意図はなんとなくわかる気がする。
郷愁――たぶん、仲間と一緒に昔を懐かしむためであるなら、悪くないかもしれない。
けれど、僕には300年という昔を懐かしめる人間はいない。
友達はおろか、家族ですらいないのだ。
思わず胸を掻きむしっていた。
忘れていた孤独感が、足の先から頭に向かってせり上がってくる。
僕はどうしようもない寂しさを感じた。
「ルーシェル、大丈夫ですか?」
リーリスの声で、僕は我に返る。
気が付けば、全員が僕の方を見ていた。
「どう……したの?」
「『どうしたの?』 ……やないわ! 大丈夫か、頭取。ボーッとして」
「ご、ごめん。久しぶりにマジックキューブを見たから、あはははは」
「いずれにしろ。骨折り損のくたびれ儲けやな。まあ、期待はしてなかったけど」
カナリアは肩を落とした。
「いや、そうでもないよ」
「どういうことや、頭取」
「カルゴ……。この秘密、僕はわかったような気がするよ。おそらく300年前、僕たちが海水浴した浜辺はもっと広かったんだ。おそらくこの洞窟まで続いていたんじゃないかな?」
でも、300年という年月によって環境が変わっていった。
おそらく海面が上がって、今の地形になったんだ。
「魔族の侵攻以降、海面が上昇したというのは有名な話です。国の中には四季がなくなったという国もあります」
「だから子どもでも洞窟に入ることができた。クラボロスが棲みついたのも、海水が上がってきてからじゃないかな?」
「面白いやん! 夏休みの自由課題として提出しよ」
「子どもだけでこんな危険なことをしたって? ぼくはやめておくよ」
「カルゴ、やめるんか? なんや折角写させてもらおうと思ってたのに」
「ズルする気満々じゃないか!!」
カルゴが珍しく声を荒らげると、洞窟に軽やかな笑声が響いた。