幕間 一夏の思い出⑤
後に、カリム兄様が僕たちを迎えに来た。
僕たちは一旦屋根裏部屋を元の状態に戻す。
ただしカナリアの手には、しっかり「宝の地図」と思われる地図が握られていた。
「ええか。このことは大人に……特にうちのオトンに言ったらあかんで」
カナリアは馬車の幌の後ろに座ったカリム兄様を気にしながら囁く。
どうやらカナリアは、この地図を大人に見せたくないらしい。
意図は言わなくたってわかる。僕たちだけで探したいと思っているのだろう。
ちなみに説明が遅れたけど、「オトン」というのは商言葉で、「お父さん」という意味だそうだ。もしかしてバルフ閣下に見つかったら、地図は取り上げられると思っているのだろうか?
「どう思いますか、ルーシェル?」
「宝の地図ってこと? うーん。どうかな?」
期待するカナリアとは違って、僕はどちらかというと疑っている。
僕は試しに【知恵者】さんに聞いてみた。
しばらくして、こう回答が返ってくる。
【知恵者の回答】
往々にして宝の地図というのは偽物であることが多いです。またそうした地図を書く意図のほとんどが、詐欺紛いの商品か、あるいは子どもの悪戯であることがほとんどであると私は推測します。
今回の宝の地図は、おそらく後者の可能性が高いです。
理由は非常に稚拙であること。
巨万財宝が眠ることを示す地図であるならば、暗号化されていることが多く、また地図ではなくもっと抽象的な方法で伝えると思われます。さらに決定的なのは〝字〟です。地図の端に書かれた文字は大人が書いたにしては、字が崩れすぎています。高度な教育をされた子どもであることは否めません。――以上。
うわ~。身も蓋もない。
子どもが聞いたら、泣き出しちゃうよ。僕、子ども(300歳以上)だけど。
「頭取。これ偽物やと思ってるんやろ?」
「え?」
いきなり不意を突かれて、僕は思わず顔に出てしまった。
「うちもそう思う。でも、こういうのは嘘かホントかやない。この地図に書かれたもんが何か。気にならへんか?」
「確かに……。言われてみれば」
振り返ると、他のみんなもやる気満々だ。
冷静なカルゴも「興味はあります」と自分の心情を隠せなかった。
「よっしゃ。なら明日の朝から宝探しにいくで」
「「「「お、おー……」」」」
僕たちはカリム兄様がいる馬車の中で小さく声を上げるのだった。
◆◇◆◇◆
次の日は雲一つない快晴だった。
【知恵者】さんの天気予報では、夕方に夕立があるかもしれないけど、終日晴天に恵まれるそうだ。僕がそう話すと、カナリアは「絶好の宝探し日和やな」と言って、喜んでいた。
大人たちには屋敷の近くの森で虫取りをすると安心させる。
しかし、僕たちが向かったのは、昨日遊んだ砂浜だった。
カナリアは改めて地図を開く。
「見たところ宝の地図は西側の岸壁にあるみたいやな」
土地勘があるだけあって、場所の目星がついていたらしい。
ただカナリアには少し気になるところがあるようだ。
「この地図……。たぶんこの当時に出てた正規品の地図の切れ端やと思うんだけど、所々おかしいんよなあ」
「どうおかしいんですか?」
「たとえば、この島や」
地図には浜辺からちょっと離れた位置に島があった。
ちょうど昨日行こうとしていた岩場の近くだけど、どこにも島はない。
他にも岬の形が違ったり、浜辺の湾の大きさも今と違う気がする。
「違う場所の地図という可能性もあるね」
カルゴが地図を覗き込みながら、首を捻った。
「うちもそう思う。でも、これは旧屋敷から出てきたもんや。この辺の地図じゃないって可能性の方が薄い気がする。ともかく行ってみるで」
「あの~。どうやって?」
怖ず怖ずとナーエルが手を上げる。
地図で示された岸壁は海岸伝いに向かうのは難しく、かといって上から降りるにはかなりの高さがあった。
僕なら問題はないけど、現実的な手段として船が必要だ。
「あちゃ~。早速手詰まりかいな。そや。頭取。昨日の腕輪を貸してくれへんか」
「それもいいけど、僕たちには頼もしい味方がいるじゃないか」
「頼もしい……」
「味方?」
僕は波打ち際に近づき、声を上げた。
そこに【獣語の賢者】のスキルを混ぜる。
しばらくして静かな海に高く飛沫が舞った。
海面から飛び出したのは、昨日のイルカたちだ。
「なるほど。頼もしい味方や」
「念のため腕輪を嵌めて。あの子たちに乗って、一気に向かおう」
僕たちはイルカの背に乗り、例の岸壁へと向かう。
すると、それらしい洞窟があった。
入ってみたところ、かなり奥まで続いている。
「おかしいなあ……」
「どうしたんや、頭取?」
「あの宝の地図って、どう見ても子どもが作ったとしか思えなくてさ」
「夢も希望もない言い方やけど、うちもそれには同意や」
「でも、おかしくない? 子どもがこんなところに宝を隠せるかな?」
「大人に隠してもらったとか?」
リーリスが言うと、カナリアは猛然と反対した。
「いや、それはない。秘密にしたいんやったら、大人の力は借りへんやろ」
「カナリアの言うことはもっともですね」
「わたしもそう思う」
カルゴが頷くと、ナーエルも同調した。
じゃあ、どうやってこんなところまで子どもが来れたんだろうか。
「こんなところに突っ立ってもわからへんやろ。ともかくうちらのやることは前進あるのみや!!」
相変わらずカナリアのテンションは高い。
宝のあるなしよりも、この状況を楽しんでいるらしい。
そういうポジティブなところは、カナリアのとてもいいところだ。
途中、上陸できるところがあり、僕たちはイルカたちを置いて、奥へと進んだ。
「さあ、何が出てくるんかなあ。金貨かなあ。宝石かなあ」
「そんな高価なものは、子どもは持っていないと思うけど」
「キャッ!!」
突然、悲鳴を上げたのはリーリスだった。
歯をカタカタ鳴らしながら、奥の方を指差している。
しかし、そこには何もなかった。
「何もないけど……」
「いえ。確かに見えたんです。赤い光のようなものが……」
「怖くて幽霊を見たとか?」
「ひっ!!」
今度はナーエルが悲鳴を上げる。
「今度はナーエルかいな。幽霊か。それとも鼠か?」
「あ、あれ……」
ナーエルが指差した時、そこに赤い光が浮かんでいた。
それも1つや2つじゃない。
無数にだ。
「これは……」
「ルーシェル、明かりをそっちに向けてや」
カナリアの言う通りにする。
現れたのは、無数の蟹たち。
それも普通の大きさではない。
巨大な蟹がイルカでも掴めそうな鋏を掲げて、僕たちを睨んでいた。
「あかん! ここは魔獣の住処や!!」
カナリアの絶望的な声が、洞窟に響き渡った。