幕間 一夏の思い出③
お盆にこそ読んでほしい!
そしてコミケ参加されてる方、お疲れ様です!
熱中症にはくれぐれもお気を付けください。
「頭取~! あそこの岩場まで泳がへんか?」
しばらく波打ち際で遊んでいると、カナリアが声をかけてきた。
どうやらちょっと泳ぎたい気分らしい。
おそらく泳ぎが得意なのだろう。
「僕はいいけど……」
リーリスや、あとから合流したナーエルとカルゴの方を向いた。
3人ともまったく泳げないわけじゃない。
海はほぼ初めてでも、川遊びはよくしている。
夏休み前、学校で泳ぎの訓練も行ったばかりだ。
川の流れと海の波は少し違う。
カナリアが指差す岩場も岸から離れていて、子どもでは足がつかない可能性が高い。
「ルーシェル、泳ぎたいんじゃないですか?」
リーリスの言うとおり、折角海に来たのだ。
思う存分泳いでみたい。実はさっきから身体がウズウズしていた。
「でも、3人を残しては……」
「頭取、どうするんや? 行かないんやったら、うち1人でも行くで」
「ええ!」
それはそれで心配だな。
うーん……。
「あ。そうだ」
僕は【収納】のスキルを使う。
中から取り出したのは、骨でできた腕輪だった。
「ルーシェル。この腕輪は?」
「動物の骨でできてるみたいやけど」
「エアロホエールの骨から作った腕輪だよ。これを着けていると、水中でも息ができるんだよ」
「「「「え、エアロホエール!!」」」」
僕以外の4人が声を揃えて驚く。
エアロホエールは名前の通り鯨に似た魔獣だ。
その特徴はなんといっても、風の魔法を使うことだろう。
大気を操ることによって推進力を生み、海中や海面関係なく高速で移動できる。
「そしてなんと言っても、潜水時間だね。普通の鯨は2時間以上海に潜ることはできないけど、エアロホエールは通常潜水なら1週間は潜っていられるんだ」
「1週間も!」
「すごい!」
その秘密は骨にある。
エアロホエールの骨は、それ自体に魔力を帯びていて、大気を集めやすくするのだ。
そのため、長い時間潜水し、場合によって空気を吐き出して、移動することもできる。
「エアロホエールの骨を加工して、その腕輪を作ったんですか?」
「すごい。さすがルーシェルです」
リーリスとナーエルが目を輝かせる。
カルゴは眼鏡をあげて、困惑していた。
「いやいや。そんなことないよ。蛸を探している時に邪魔しに来たエアロホエールを手で払ったら倒しちゃって」
「「「「手で払っただけ!!」」」」
「勿体ないからその日の食料にしたんだけど……。あ。さすがに全部は食べきれなかったから、近くの漁村の人にあげたよ」
「「「「エアロホエールを食料に!!」」」」
「ただ骨の使い道がなかなか決まらなくて。加工しようにも、普通の方法では硬すぎて加工が難しかったから。なので、腕輪にしてみたんだ」
「「「「普通では加工できない魔獣の骨を腕輪にした(さらに魔導具化まで!)」」」」
あ、あれ? 僕なんかおかしなことをしただろうか。
そこはかとなくだけど、みんなが呆れているように思える。
「まあ、いつもの頭取ムーブっちゅう奴やな」
「ともかくこれを着けていたら、海の中でも溺れないってことですね」
「そういうことだね」
僕たちはカリム兄さんに事情を話した。
魔導具を使って海に潜るのだと説明した時はさすがに驚いていたけど、最後には許可をしてくれた。
海に入る前に、僕はさらに【イセイの実】という小さな実を皆に与える。
これを飲むと、周辺の魔素を通じて声を届けられる。
つまり海の中でも会話可能ということだ。
「じゃあ、早速泳ごうか!」
「泳ぐ必要ないよ」
僕は腕輪を着けると、海の中に歩いて入っていく。
4人はその後を追った。
しばらく海の中歩いていくと、僕は上を見るように指差した。
「おお!」
「すごい!」
「綺麗!」
「これは……」
陽の光を受け、ゆらゆらと揺らぐ海面の下。
そこにたくさんの魚や、海洋生物が泳いでいた。
それぞれ彩りが鮮やかで、まるで絵画の中に迷い込んだようだった。
その場に留まって、海の中の風景を見つめる。
すると、イルカの群れが寄ってきた。
僕は1つ妙案を思い付く。
【収納】を使って、取り出したのはゼリーだった。
それを皆に配り、イルカに食べさせるように指示する。
早速食べさせると、それまで僕たちのことを警戒していたイルカがすり寄ってくる。
ついにリーリスに近づいて、口を近づけてきた。
「わっ! なんですか?」
「大丈夫だよ、リーリス」
僕は【獣語の賢者】を使って、イルカと会話する。
「どうやら遊んでほしいみたいだよ」
「遊んでって……。どうすれば……」
「えっと……。尾びれを掴んで」
「尾びれですか?」
リーリスは恐る恐る手を伸ばす。
「しっかり握ってね。だって――」
「え? わっ――――」
僕の解読を待たずにイルカは飛び出した。
水中をまさしく飛ぶように泳ぎ回る。
最初は戸惑っていたリーリスだけど慣れてきたのか、次第に表情が穏やかになり、最後には笑顔を見せた。
イルカと違って、僕たちの身体は水圧を受けやすい。
それでもリーリスが手を離さずに動けているのは、エアロホエールの腕輪のおかげだ。
身体に空気の膜を作って、水圧を受け流しているのだ――【知恵者】さんは教えてくれた。
「頭取、何を食わせたんや」
「ハンドスライムのゼリーだよ」
「「「ハンドスライムのゼリー!!」」」
ハンドスライムの特徴は魔獣や動物などの仲間を無限に呼び寄せることだ。
昔、なんであんなことができるのだろうと観察していたら、自分の身を食べさせていた。
どうやらハンドスライムの身には他種でも手懐けてしまう効果があるらしい。
魔獣は種類によるけど、動物なら熊でも仲間にすることができる。
意外と便利なアイテムだから、いつも保存しているのだ。
イルカは僕やカナリアたちの周りにも集まってくる。
カナリアは早速リーリスのように飛び出していく。
リーリスの順応性の速さもすごいけど、カナリアはその上を行く。
ケラケラと笑いながら、海中をイルカと一緒に泳ぎ回った。
カルゴ、ナーエルも後に続く。
そして僕のところにもイルカがやってきた。
「僕は大丈夫だよ。一緒に泳ごう」
【獣変化】
スキルを使う。
僕は足だけ魚のような尾ひれに変化した。
くねくねと動かし、近づいてきたイルカと一緒に泳いだり、競争したりして遊んだ。
「頭取、それはなんや! ずるい!」
「素敵です、ルーシェル!」
人魚になった僕を見て、カナリアは羨望の目を向け、リーリスは目を輝かせる。
ズルいと言われても、これはスキル保持者しかできない能力だしな。
「カナリアも魔獣食を食べれば、スキルを身につけることができるよ」
「へぇ。それはどんな魔獣なんや?」
「えっと……。たしかメガロドンっていう……」
「あかんあかん。なんか知らんけど、めっちゃ強そうな名前やんか。うちは頭取と違って、魔獣食に命まで賭ける気にはなれへんのや」
カナリアは手を振った。
残念。トロの部分が絶品なんだけどなあ。
イルカたちは海面に出る。
もうその頃には、岩場まで泳ぐという当初の目的を忘れていた。
「ルーシェル。あれ……!」
最初に気づいたのは、イルカの背に乗ったリーリスだった。
指差した先に、黒い雲が見える。
時々光っているところを見ると、雷雲のようだ。
通り雨みたいだけど、このままじゃ危険かもしれない。
「一旦浜辺に戻ろう」
僕はイルカに、リーリスたちを浜辺まで送ってほしいと頼む。
彼らはあっさり快諾して、浜辺まで送ってくれた。
イルカを見送った後、僕の頭に水滴が落ちる。
「雨だ……」