幕間 一夏の思い出②
「浜辺や! 太陽や! そして――――」
海やぁぁぁぁぁあああああああ!!
カナリアは岸壁から飛び出すと、白い浜辺へと走って行った。
その勢いに僕たちは思わず呆然としてしまう。
本人としては僕たちがついてきてほしかったらしい。
誰もついてきていないことを知ると、珍しくムクッと頬を膨らませた。
「なんや。北のもんノリが悪くてかなわんわ」
「ご、ごめんごめん」
「急に叫んで飛び出したからビックリしました」
「先に言ってくださいよ、カナリアさん」
「同感……」
僕が謝ると、リーリスはビックリしたと胸を撫で下ろす。
ナーエルとカルゴはカナリアの奔放さをたしなめていた。
「海を見たら飛び出すのが、青春ってもんやろ」
「いや、全然わかんない」
これが南の人の独特の感性という奴なのかな。
まあ、それはともかく僕たちもカナリアの後を負った。
「よし。まずは準備体操からやで。いっちー、にー、いっちー、にー」
今度は唐突に体操を始める。
海での遊びはカナリアの方が上手だ。
僕たちは戸惑いながら、カナリアの動きに合わせる。
いよいよ海へ入水だ。
僕は最近蛸を求めて海にやってきたこともあって慣れているけど、今回海が初めてというリーリスは恐る恐るといった感じだ。白い泡を吹きながら、打ち寄せる波に後退したり前進したりしながら、足をつけようとする。
「大丈夫、リーリス。手を繋ごうか」
「ありがとうございます、ルーシェル」
リーリスは僕の手を取る。
最近はこうやって躊躇なく握ってくれるけど、昔はかなり僕は怖がられていた。
それから考えると、かなりの進歩だ。
リーリスに合わせて、ゆっくりと海に足を着ける。
「冷た!!」
「だ、大丈夫?」
「はい。冷たいですけど、気持ちいいです。これが海なんですね」
リーリスはようやく笑った。
太陽に顔を向けるひまわりみたいだ。
「どうしました、ルーシェル」
「え?」
「顔が赤いですよ」
「いや、その…………。水着、似合ってるなって……」
ちょっと待って。
今のも返事としては適当じゃないんじゃ。
むしろなんかリチルさん的にいうと、いやらしい?
僕はちょっとリーリスを盗み見る。
真っ白なワンピースの水着を着たリーリスの頬が、赤くなっていた。
「あ、ありがとうございます」
「い、いや……。その――――」
バシャッ!!
思いっきり水をかけられる。
振り向くと、カナリアがニヤニヤしながらこちらを見ていた。
「何を波打ち際でちちくりあってんや?」
「ち、ちちくり?」
え? 今のどういう意味?
「なあ、頭取? うちの水着姿はどや?」
カナリアは僕の前でポーズを取る。
その水着はまさにカナリア色をしていて、細かいレース柄が入っていた。
リーリスと比べると、なかなか派手な水着だ。
「に、似合ってるよ」
「リーリスより?」
「へ?」
思わずリーリスに振り返る。
すると、何故かリーリスはムッと唇を結んだ。
(え? リーリス。なんでそんな顔をするの?)
「なあ、どうや? 頭取?」
「え? いや、その……」
こ、こんな時どういえばいいんだ?
リーリスだっていえば、カナリアが傷付くし。
反対にカナリアといえば……。
リーリスはもちろん大事だけど、お世話になっているカナリアを不機嫌にさせるわけには……。
あああああああああああああああああ! もおおおおおおおおおおおお!!
「ご、ごめんなさああああああああああああああいいいいいいい!!」
僕は海の上をダッシュし、その場から脱出するのだった。
ルーシェル、リーリス、カナリアの会話を見ていたカリムは、ふっと笑う。
本人はビーチパラソルの下で長椅子を置き、黒眼鏡をかけて寝転がった。
「ふっ! まだまだ坊やだね、ルーシェル」
旅の疲れを癒やすのだった。
◆◇◆◇◆ カルゴ ◆◇◆◇◆
ルーシェルたちは波打ち際で遊ぶ中、カルゴは机を置いて勉強をしていた。
そこにやってきたのは、花柄のワンピースを着たナーエルだ。
勉強をしているカルゴに近づいていく。
「カルゴ、海で遊ばないんですか? 気持ちいいですよ」
「うん。日差しが苦手なんだ。それに勉強してる方が落ち着くから」
ならば何故、遠い南の地方までやってきたのか。
――と幼馴染みのナーエルは言いたかったのを、ぐっと堪える。
カルゴは昔からこうなのだ。
物静かで、積極的に人の輪に入ろうとしない。
でも、まったく興味がないわけではない。
本人は「海に興味があるから」と言って参加表明したけど、生徒会メンバーから仲間外れになるのがイヤだったのだろうと、ナーエルは勝手に思っていた。
「ナーエルは?」
「わたしは休憩です」
「そう」
それだけ言って、カルゴは勉強を続ける。
しかし、次第にナーエルがいることによって気が散ってきたのか。
その目線は、花柄の水着を着た幼馴染みに向かっていった。
何か話題を探そうと、幾度か考えた結果、カルゴは口を開いた。
「レーネルが参加できなくて残念だったね」
カルゴは言ってから自分が失言したことに気づいた。
ナーエルとレーネルは姉妹のように仲がいい。
いや、それ以上と言える。
当然、家の事情でレーネルが参加できなかったことは、残念に思っているはずだ。
なのに、ナーエルの感情を乱すようなことを言ったことに、カルゴは心の中で自分を責める。けれど、ナーエルは至って冷静だった。
ケロッとした顔でカルゴの方を向いて、こう言ったのだ。
「はい。でも、カルゴがいるから平気です」
「~~~~~~!」
カルゴは思わず教科書に顔を突っ伏した。
鏡を見なくたって、今の自分がどんな顔しているかわかる。
なのに、当のナーエルは首を傾げて「どうしました、カルゴ?」と声をかけて心配していた。その優しさがまたカルゴのリビドーを直撃する。
やがて顔を上げたカルゴは、開いていた教科書を閉じた。
「泳ごうか」
「え? でも、日差しは苦手だって」
「ちょっとくらいなら大丈夫だと思う」
そう言うと、ナーエルの顔がパアッと明るくなった。
「はい。行きましょう!」
ナーエルはカルゴの手を取って、波打ち際へと走って行くのだった。