第260話 ルーシェル叙勲される
国王陛下の呪いも解け、料理会も成功に終わった。
僕が作った魔獣料理を、陛下はいたく気に入ってくれたらしく、定期的に料理会を開くことにしたらしい。場合によっては、各国の貴賓が訪れた際、その腕を振るってほしいとまで言われた。
魔獣料理の味。そして不思議な効能。
それは君主としての立場から見ても、まさに目を見張るものだったようだ。
こうしてミルデガード王国王宮で起こった一連のイベントは終わった――わけではなかった。
料理会が終わって数日後。
僕は再び謁見の間に呼ばれた。
家族が見守る中、僕は玉座の間の前に控える。
やってきた国王陛下を見て、頭を垂れた。
「よくぞ来た、ルーシェル」
「国王陛下、この度は再びお目通りの機会をいただきありがとうございます。早速ですが、どのようなご用件でしょうか? まさかまた体調が?」
「そうではない。むしろ身体はすこぶる快調だ。これも魔獣食の効能か。最近は身体が軽くて、剣を振れるほどになってきた」
確かに以前と比べて、身体が引き締まっているように見える。
元々武勇に優れたお方だ。筋肉が戻るのも早いのかもしれない。
「では」
「褒美を取らせていないと思ってな」
「褒美? いえ。陛下に僕の料理を召し上がっていただいただけでも十分です」
「それは魔女から余を守ってくれた時の褒美であろう。これは呪いを解いてくれた褒美だと想ってくれればいい」
そういうことか。
僕は料理を召し上がってくれたことだけで十分だったのだけど。
しかし、国王陛下には不十分だったようだ。
「何なりと言うが良い」
自分でいうのもなんだけど、僕にはあまり物欲がない。
レティヴィア家の生活には満足してるし、不平不満もない。
学院の生活も満ち足りているし、学友たちもいい生徒ばかりだ。
弱ったな、本気で何もないぞ。
僕は【伝声】で思い切って聞いてみることにした。
初めに尋ねたのは、ユランだ。
おめかししたホワイトドラゴンは疲れた様子で、家族と一緒に立っていた。
『ユラン、何が欲しい』
『はあ? 決まっておろう、ドラゴンの肉よ。あと、このドレスとやら脱げるなら何でも良い』
めちゃくちゃ投げやりな返答が来る。
いや、前者はまぎれもなく本心なんだろうけど。
僕は他にも訊いてみた。
『ねぇねぇ、リーリス。何かほしいものってある?』
『え? この声、ルーシェルですか?』
『ごめん。驚かせちゃったね、ルーシェルだよ。何かないかな?』
『そう言われましても……。ルーシェルが聞かれてるんですから』
う……。そうだよね。
弱ったなあ。本気で何もないんだけど。
僕がうんうんと唸っていると、国王陛下は笑い出した。
「ロラン、お前の言う通りだったな」
「はい。父上。この者はそういう男なのです」
やれやれ、と同席したロラン王子は首を振る。
しかし、何も褒美がないまま返すわけにもいかないらしい。
国王陛下をお救いしながら褒美がないとなれば、王族の沽券に関わるそうだ。
「ルーシェル。なんでもいいから言っとけ。金とか、土地とかないのか?」
お金には今のところ困ってないし、土地か……。
別に欲しいと思う土地も……あ――そうだ。1つあった。
「では、土地をいただけないでしょうか?」
「よかろう。では――」
「実はいただきたい土地は決まっているのです」
僕はユランの横にちゃっかり並んだアルマの方を振り返る。
アルマを抱き上げると、再び陛下の前に立った。
「王宮から北西にいったところに、多くの魔獣が棲息する山がございます。その辺り一帯の土地をいただくことはできないでしょうか?」
「あそこはほとんど何もないぞ。集落も少なく、荒れ地も同然だ。そんな場所で良いのか?」
「そこは僕にとって、大切な場所なのです」
「いいのかよ、ルーシェル」
そう言って、僕の肩にアルマが乗る。
僕が言った土地とは、アルマが今山の主をやっている山。
つまり、僕が捨てられ、300年間お世話になったあの土地のことだ。
「実は、ずっと考えていたんだ。あの土地を自分で管理ができればってね。まさかこんなにも早く機会がやってくるとは思わなかったけど」
そう。思ったより早くて驚いている。
もっと僕が大人になってから――といっても、僕は300年生きてるけど――だと考えていたからだ。
あそこを人が魔獣の保護区にすれば、アルマたちはもっと住みやすくなるはずだ。
「余にはわからぬが、何かその土地がほしい理由があるのだな。わかった。早速、手続きをしよう。爵位はそうだな。まずは子爵からかな。どうだ、クラヴィス」
「え? 爵位をいただけるのですか?」
それって、僕が貴族になるってことじゃ。
「何度も言っておるが、そなたは余と国を救った。その英雄の褒美として足りぬぐらいだ。お主が成人しておれば、余は間違いなくそなたは伯爵か、場合によっては侯爵に遇したであろう」
ここここ、侯爵!
それって、もうクラヴィス父上の下ってことじゃないか。
「それに爵位を持たぬ領主は舐められるぞ。周りの貴族だけではなく、領民からもな」
「観念しろ、ルーシェル」
ちょっと悪戯っぽくロラン王子は笑う。
何だか教師にいたずらをして、成功したガキ大将みたいだ。
たぶん、こうなるとわかっていたのかもしれない。
僕は一縷の望みをかけて、背後に立つクラヴィス父上に助けを求めた。
でも、無情にも父上は首を振る。
「こうなっては仕方あるまい。国王陛下の顔を潰すわけにはいかぬからな」
クラヴィス父上は神妙な表情で言った。
父上は僕の力が万人に広まることを恐れている。
特殊な例とはいえ、僕のような子どもが貴族になるのだ。
良からぬことを考える人も出てくるだろう。
クラヴィス父上は、それを危惧しているのだ。
「陛下、領地を治めるのはルーシェルが成人を迎えてからとし、その間は私かカリムが代官となることをお認めください。またその正式な発表もまた息子が成人になるまでお控えいただければと思います」
「良かろう。すまぬな、クラヴィス。……良いか、ルーシェル」
「はい。ご配慮ありがとうございます」
さすがクラヴィス父上……。名差配だ!
僕はホッと胸を撫で下ろす。
しかし、国王陛下の本題はここからだ。
「ルーシェルよ。今回、そなたを呼んだのではない。1つ頼みがあって、呼んだのだ」
「どのような用件でしょうか?」
「魔獣料理のことを調べさせてもらった。そなたの強さの一端も、そこにあることも知り、余自身もその力を体験させてもらった。そこで余として、魔獣料理を広めたいと思っておる」
来る、魔族との戦いのために。
「え? 魔族との戦い?」
「へ、陛下。その話は――――」
クラヴィス父上は何か知っているらしい。
ソフィーニ母上やカリム兄様も、少し慌てた様子だった。
僕は傍観する中、陛下の話は続いた。
「知っていると思うが、魔族は遥か東の島に封印されておる。だが、その封印がいつ解かれるともわからぬ。どうやら、封印を解こうとする輩も世界にはいるようだ」
「陛下を襲った魔女ですね」
僕が言うと、国王陛下は頷いた。
「再び魔族が封印の檻から出るとも限らぬ。ミルデガード王国を含め、他の国も軍備の拡充に余念がないが、魔族の力は圧倒的だ。そこで魔獣食を推奨し、国民全体にその力の恩恵を文字通り味わってもらおうと思っておる」
……すごい。ただただすごい計画だ。
陛下は魔族の脅威に対抗する手段として、真剣に魔獣食のことを考えているらしい。
確かに国民全員が、僕――とまではいかないまでも、魔獣食によって様々な力に目覚めてくれれば、強力な魔族の力に対抗できるかもしれない。
けれど、それは一筋縄でいかないだろう。
そもそも国民の皆様が、魔獣食を受け入れてくれるかどうかもわからない。
いや、その前に問題がある。今の所、魔獣食の正しい知識を持っているのは僕だけだ。
僕1人で国民全員に指導することは難しい。
要は魔獣食を知る料理人がいないってことだ。
「それまでには長い時間と、数々の問題があろう。そこでだ、ルーシェル。そなたが中心となって」
魔獣食の学校を作ってくれぬだろうか。