第26話 モフモフですよ
レティヴィア家でのお話になります。
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「ほっ!」
僕は屋敷の裏にあった薪の中から適当なサイズのものを選ぶと、手刀をすとんと落とした。
薪は花弁が開いたように6つに分かれる。
分かれた薪木を簡単に積み上げると、僕は最後に【炎】の魔法を使って、火を付けた。煙が上がり、白々と明け始めた空へと昇っていく。
僕は同じ視界に映り込んだ大きな屋敷を見つめた。
レティヴィア家の屋敷だ。
お日様のような橙色の屋根に、清廉さを漂わせる真っ白な壁には大小様々なガラス窓がはめ込まれている。
そのほとんどにはカーテンが引かれていて、今から昇ろうとしている朝日を遮ろうとしていた。
僕は思いっきり吸い込む。
獣臭と、枯れ草の匂いが漂う森の空気とはひと味違う。耳を澄ませば、吠え声ではなく人の喧騒が聞こえてきそうだ。
やってきたのだ、僕は。人里に……。
と言っても、山での生活習慣がどうも抜けないらしい。昨日、長い間馬車に揺られてようやく屋敷に辿り着き、柔らかなベッドに寝たというのに、僕はいつも通り目覚めてしまった。
火の周りに長い木の枝を紡錘状に立て、炎蜘蛛の熱でも切れない糸を垂らし、そこに水が入ったポットを引っかけた。
魔法でお湯を沸かすことは可能だけど、僕の魔力量だと少ないお湯では沸騰させすぎて、全部蒸発してしまうんだ。
「こんなところにいた!」
裏口が開かれると、リチルさんが現れた。
珍しく眉間に皺を寄せて、ムスッとした顔を僕に向ける。何やら怒っているようだけど、僕は僕で別のことに驚いていた。
「り、リチルさん、その恰好……!」
思わず僕はリチルさんを指差してしまう。
だからといって、リチルさんが寝間着姿で立っていたわけじゃない。
糊の利いた黒のブラウスに長いロングスカート。その上から真っ白なエプロンを下げている。
まるで女給さんみたいな恰好だ。それでも、僕が知る女給さんの恰好よりもデザインが重視されてるみたいで、リチルさんの黒髪を留めたカチューシャとエプロンにはフリルがついていた。
メイド服というよりは、ちょっとしたドレスみたいで、とてもよく似合っている。
「ああ。わたしはね。ここでは騎士団として活動しながら、レティヴィア家の方の身の回りのお世話もさせてもらっているの」
「そうなんですか」
「その……変? わたし、恰好って」
リチルさんはスカートの先を摘まみ上げながら、尋ねた。
僕は慌てて首を振る。
「いえいえ。そんなことはありません」
お人形さんみたいで可愛いデザインだけど、ちょっと少女趣味すぎるかも。
でも一体誰が考えたんだろう?
「そう。良かった。これ、わたしがご当主様に提案して作ったの」
リチルさんが作ったんだ。
というか、クラヴィスさんはこれを認めたんだ……。
「今日からわたしが君の世話係を仰せつかったから。改めてよろしくね、ルーシェル君」
リチルさんは三つ指を胸の前で合わせながら、挨拶する。
その愛らしさすら漂う姿……ではなくて、リチルさんから発せられた言葉に僕は思わず素っ頓狂な声を挙げた。
「え? 世話係??」
「そうよ」
「いいいい、いらないですよ。僕、これでも……」
「ダメよ。確かに君はわたしよりも遥かに長い間生きているけど、それは山の中での生活ででしょ。屋敷の中での振る舞い方、街の中の常識は、もう300年前と全然違っているの」
……うっ。そうかも。
「それに、その古い言い回しの言葉もちょっとどうにかしないとね」
「そんなに変ですか、僕の言葉って」
「自分では気が付いていないと思うけど、もはや古語のレベルよ。少し教養がないとわからないレベル……」
う……。そんなにひどいのか。
どうやら、ここではリチルさんの言う通りにするしかない。
トリスタン家には確かに多くの給仕たちがいて、さらに家族それぞれにお世話回りがいた。
当時は、それが当たり前だと思っていたけど、いざこうして世話係を付けてもらうと、何だか申し訳ない気分になる。
「実は、もう1人。君の世話係がいるはずなんだけどね」
「え? 2人もついてるんですか?」
「当たり前よ。ルーシェル君は、この屋敷では客人も同然なのよ。しかも、まだ子ども……。君がなんと言おうと、子ども扱いさせてもらうわ。それがご当主様の命令でもあるし」
クラヴィスさんの命令か。
こりゃリチルさんも、もう1人の世話係の人も諦めてくれなさそうだ。
そして、そのもう1人の世話係というとやっぱり……。
「やっと来た。ミルディ、こっちよ。こっちにいた」
リチルさんが手を振る。
やっぱりミルディさんだ。
裏口の奥からのそりとやってくる。
どうやら朝が苦手らしく、顔色が冴えない。身体もどこかフラフラとして危なっかしかった。
「おはよ、ルーシェル。朝、早いのね……ふわぁ」
ミルディさんは大あくびをかますと、リチルさんに小突かれていた。
そのミルディさんの恰好も、リチルさんと一緒のメイド服だ。
こちらもよく似合っている。
けれど、僕が1番驚いたのは、ミルディさんの頭と、スカートの中から飛び出たものだった。
「耳と、尻尾……」
そう。ミルディさんの頭から獣のような耳と、ふわふわで柔らかそうな尻尾がゆらゆらと揺れていたのだ。
おそらく黄狐族だろう。初めて見た。
獣人って比較的少ないけど、その中でも黄狐族は輪をかけて少ない種族だと聞いたことがある。
「ミルディさんって、獣人だったんですか?」
「あ。そうか。あたし、普段は耳と尻尾を引っ込めてるからねぇ。ルーシェル君に耳と尻尾を見せるのは、初めてだったわ」
獣人は人族よりも少なく、肉体は頑強で力も強いけど、病に弱いと聞く。
希少種であるため、奴隷商による違法な獣族狩りに遭いやすい。
だから獣人――特にミルディさんのような人の姿をした亜獣人は、普段から尻尾と耳を隠して暮らしている。
その習慣は300年前と変わらないようだ。
「ルーシェル君、そんなに熱烈な視線を向けて、もしかしてミルディさんの尻尾を触ってみたいと思っているのかな?」
「そんなことあるわけないでしょ。亜獣人が珍しいだけよ」
リチルさんがたしなめるが、ミルディさんはさらに挑発する。
「ほれほれ……。触ってみ。触ってみ」
「ミルディ……!」
「いいじゃん。そもそもルーシェル君って、あたしの命の恩人だし。ここで借りを返しておくのも悪くないでしょ」
「それはそうだけど……。でも、やりかたとして、ちょっと刺激が強いような。いくらルーシェル君がわたしたちより年上だからって」
「どう? さわりたくない、ルーシェル君。今ならモフモフだよ」
300年、山の中で魔獣を食糧にしてきた。
翻せば僕の回りには魔獣や野生動物しかいなかった。
獣に囲まれた生活をした結果、僕は魔獣の皮や羽毛に対して、ある種の愛着を抱くようになってしまった。
今ミルディさんが誘っているモフモフの尻尾などは最たるものだ。
「じゃ、じゃあ……」
僕は吸い寄せられるように近づく。
リチルさんは側でちょっと顔を赤くしていた。
別にやましいことをしてるわけじゃない。ちょっとしたスキンシップなんだ、これは。
言い聞かせながら、僕はミルディさんがふりふりと動かす尻尾に吸い寄せられていく。
おお。柔らかい。
本当にモフモフだ。
「むふふふ……。もうちょっと奥に手を突っ込んでもいいよ、ルーシェル君」
「い、いいんですか?」
じゃあ、お言葉に甘えて。
柔らかい上に、とても暖かい。それにいい匂いもする。
1本1本の毛は鋭いけど、真っ直ぐ立っていて、かつ毛艶がいい。
触り心地は滑らかで、本家の狐よりも柔らかいような気がする。
「満足した?」
「は、はい。いつまでも触っていたいです」
幸せで、夢見心地だ。
「むふふふ……。ちゃんと良い子にしてたら、また触らしてあげるね」
この尻尾がまた堪能できる……。
思わず僕の顔は色めいたが、ふと側のリチルさんと目が合って、顔を背けた。
な、何度も言うけど、別にやましいことをしてるわけじゃないよ。
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