第258話 無敵の王様
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「うおおおおおおおおおお!!」
突如、アウロ国王陛下の身体から炎が上る。
その炎は全身に飛び火すると、一気に陛下は火だるまになった。
「父上!」
「陛下!」
食堂の椅子をひっくり返しながら、ロラン王子とクラヴィス父上は立ち上がる。
他の家族たちも驚き、赤い炎を上げる陛下を見つめた。
「貴様、陛下に何を……」
「落ち着けよ」
近衛が僕に槍を向けようとした瞬間、ひらりと僕の肩から降りて通せんぼしていたのは、アルマだった。
「大丈夫です、近衛さん。これがフェニックスの肝臓の効果ですから」
「ルーシェル君の言うとおりだ」
声を上げたのは、国王陛下自身だった。
炎に包まれつつも、実に冷静に事態を見ていた。
実際、炎は上がっているけど、国王陛下の衣服が燃えているわけじゃない。
つまり炎自体に熱量がないのだ。
「その炎は精霊が出す炎と似ています。つまり浄化の炎。そしてフェニックスですから、再生の炎でもあります」
「浄化に……。再生……?」
「はい。僕がフェニックスの肝臓を勧めたのは、陛下の身体を清め、再生してもらうためですから。完全にね」
生まれ変わるという意味に近いけど、死んでもらうというわけじゃない。
身体についた不浄――つまり『竜牙の呪い』を燃やし尽くし、新たな身体を獲得してもらう。そのためにフェニックスの肝臓を食べてもらったんだ。
「じゃあ、わたくしたちも……」
「大丈夫だよ、リーリス。身体に不浄なものがついていない限り、国王陛下ほどの効果は現れないよ」
実際、僕には何の効果もなかった。
炎はさらに陛下の皮膚を焼くけど、その側から再生していく。
火の粉が舞い、上っていく姿は薬で飲んでもらった時よりも幻想的だった。
やがて炎は鎮火する。
「父上、大丈夫ですか?」
「ああ。また見た目は変わっていないようだが」
「陛下、失礼します」
僕は【竜眼】の力を使って、陛下の状態を確認する。
以前見た時、すでにその快癒を確認できているけど、僕は今1度鑑定した。
「問題なさそうですね」
「ルーシェル、どういうことだ? お前は1度フェニックスの肝臓を煎じた薬によって、父上の呪いを解いたんじゃ」
「その通りです、王子。ですが、呪いというのは簡単には解けません」
呪いは魔法と違って、呪った側が死なない限り、永続的に続く。
だから、1度解呪しても、また呪いを受ける可能性があったのだ。
事実、陛下は再び呪いを受けていた。
まだそれが軽い段階ではあったみたいだけど、放っておくと完全な呪いとして、身体を蝕んでいたことだろう。
「だから、僕はフェニックスの肝臓の効果を高めて、2度と陛下に呪いがかからないようにしたのです」
薬だけでは呪いを解くだけになってしまう。
調理方法を工夫することによって、素材の力を何倍にも高める。
それが、僕が極めんとしている魔獣料理の神髄なのだ。
「じゃあ、これで陛下……」
「はい。もう『竜牙の呪い』の心配はありません。それどころか、他の呪いの心配も」
「つまり、余は毒にも呪いにも耐性がついたということか」
僕は首を振る。
「いえ。耐性ではなく、【毒無効化】と【呪い無効化】ですね。ちなみに他の王族の方の分も用意してあります。皆さんにすぐ食していただければ」
「ははははは。なるほど。それは困ったことになったな」
「どういうことでしょうか?」
「余の寝首を掻くものにとって」
国王陛下は豪快に笑う。
王族ジョークだろうか。いや、横のロラン王子も呆気に取られていた。
生まれた時から、暗殺や毒殺を恐れるような生活を送ってきたのだ。
心配の一部が払拭されたことによって、国王陛下の気が少し大きくなられたのかもしれない。
いいことか、悪いことなのかといわれれば、間違いなくいいことなのだろう。
「さすがに肝が冷えましたよ、陛下」
「ああ。余もだ、クラヴィス。それにしても、そなたの息子は本当に面白い」
「恐れ入ります」
「気位の高いロランが完全に心を許すだけはある。仮にロランが次の世継ぎになるなら、間違いなくロランを支える参謀となるであろう。そなたと、余の関係のようにな、クラヴィス」
国王陛下は声を弾ませ、最後にはクラヴィス父上に向かって目で合図する。
何となく察していたけど、この2人――何やらただならぬ関係のようだ。
クラヴィス父上は、もしかして陛下のご友人的な立場なのだろうか。
ただそれを大っぴらにしてしまうと、父上の身が危なくなる。
だから、あまり口外しないようにしてるのかもしれない。
だけど、確かロラン王子はクラヴィス父上が後ろ盾になっていて……。
大事な友人を、子どもの後ろ盾にするのってもしや……。
いや、これは考えすぎか。
「ルーシェル、聞いているのか?」
「え? な、なんでしょうか?」
「父上を治してくれたことは感謝する。だが、さっきのは聞いてないぞ」
「す、すみません。でも、みんな1度見てるから平気かなって」
「平気じゃない。心臓が飛び出るかと思ったわ」
結局、僕はロラン王子に怒られてしまった。
こうして料理会は進んで行き、そして最後のデザートの時を迎えた。
◆◇◆◇◆
「陛下……」
料理会も佳境を終えた頃、ロラン王子がおもむろに立ち上がった。
同時に今まで和やかな表情から一転、口元を引き締めてアウロ国王陛下と向かい合う。
子どもの豹変ぶりに、陛下は少し眉宇を動かした。
「どうした、ロラン」
「少し席を立つことをお許しください」
それだけ言って、ロラン王子は食堂を出て行く。
僕もその後追った。別に慌てていない。これは予定通りなのだ。
この後、ロラン王子と僕が作ったデザートが控えている。
それも国王陛下の好物だと噂の「泥団子に似た料理」がだ。
「いよいよですね、王子」
「ああ。陛下が気に入っていただけるか」
「大丈夫ですよ」
「軽く言うな。料理が間違っていたらどうするんだ?」
「王子が心を込めて作れば大丈夫ですよ」
「そ、それはもちろんだが……」
僕の言葉に、ロラン王子は耳を赤くした。
ポジティブな性格で、ぐいぐいと人を引っ張るロラン王子だけど、妙なところで照れたり、急に弱気になったりする。そういう王子を見るのは嫌いじゃないけど、時々王子のことがわからなくなる。
「クライス」
「はっ」
シュタッと突如、クライスさんがロラン王子の側に現れた。
いつの間に!? 僕の気配探知能力を欺くなんて……。
相変わらず、油断ならない人だな。
「お前の調べは間違いないな?」
「はい。古株の家臣の話ですが、陛下は昔、拳大ぐらいの団子の料理についてお尋ねになったことがあったそうです。陛下の話を聞いて、料理人たちは再現を試みたそうなのですが……」
「ダメだったのだったな」
「はい。もう1つ。どうやら、陛下はお若い時に、立ち寄った村で食べた可能性が高いということです」
少ない情報から、僕とロラン王子は試食を重ね、1つの料理を結論づけた。
炊事場に戻って、その料理の最終チェックを行う。
「しかし、信じられぬな。これが陛下の思い出の味か」
「思い出の味は人それぞれですね、ロラン王子。それでは行きしょう」
僕たちは料理を荷車に乗せる。
ロラン王子はコック帽を頭にのせると、食堂に戻っていった。
「お待たせしました。デザートをお持ちしました」
食堂にはすでにかぐわしいというか、香ばしい匂いが立ちこめていた。
皆は眉根を寄せる。パンケーキならまだしも、スイーツでここまで香ばしい匂いをさせる料理はなかなかない。
というか、スイーツと呼べるかどうか僕も王子も自信がない。
ただ味と、そこに投じたロラン王子の本気度は本物だ。
「今回の料理はロラン王子に手伝ってもらいました。王子から、陛下にということです。
ロラン王子、何か言うことはありますか?」
「はい……父上! 父上の好物をボクなりに調べ、作りました。お口に合うかわかりませんが、どうかお納めください」
自らの手で、陛下の前に皿を置く。
子どもからの真っ直ぐに向けられた眼差しと、少し嬉しそうに微笑む国王陛下の顔が僕には眩しく見えた。
僕は思い出す。
ヤールム父様に初めて自分が作った料理を出した時のことを……。
あの時、僕はこっぴどく叱られ、そしてトリスタン家から追放された。
陛下とロラン王子の関係性を、僕はちゃんと捉えていない。
この時になって、僕はほんの少し王子のことを心配した。
「銀蓋を上げます、陛下」
ロラン王子の言葉に、陛下は頷く。
開かれた蓋から現れた料理を見て、食堂にいる全員が息を呑むのだった。