第257話 フェニックスの肝のコンフィ・火の花びらと共に
アミューズ『魔草「火の雫」ジュレがかかった朝摘みトマト』の皿を下げ、代わりに小さな銀蓋をのせた皿を出席者の前に置く。蓋をのせて、少しもったいぶった演出したのは、ある意味今回の料理がメインだからだ。
そう。フェニックスの肝臓を使った料理。
僕とロラン王子、そしてアルマ一緒になって勝ち得た食材を使った料理だ。
正直に言うと、どうやって食べようか悩んだ。
オーソドックスにフォアグラ風ソテーにするか。
あるいは冷たいガスパチョを添えたスープに入れて食すか。
「そして出来上がったのが……」
僕は銀蓋を上げるように指示を出す。
一斉に蓋が開くと、独特のスモーキーな味が食堂に立ちこめた。
フェニックスの肝のコンフィ・火の花びらと共に……です!
目に飛び込んできた料理の姿を見て、国王陛下をはじめ出席者たちは声を上げる。
否応に目を引くのは、なんと言っても真っ赤なフェニックスの肝臓だ。
生ではなく、きちんと火を入れている――といっても、低温加熱だ。
耐熱容器にフェニックスの肝臓を入れ、火精油という火精霊が作る油を入れる。
火精油を使ったのは、通常の食用油よりも均等に火を入れることができるからだけど、なんといっても、その膨大な魔力を制御することでもある。普通の油に入れると、魔力に反応して、火がついてしまう恐れがあるからだ。
その点、火精油は元々魔力を持った油だから、食材と油の間で魔力の受け渡しが行われず、安全に扱うことができる。それでも直火にすることは危険と判断した僕は、60~70度ぐらいの低温で湯煎し、半日近く火を入れ続けた。
時間はかかったけど、それでも納得の一品になったはずだ。
そこに紅果という林檎よりも甘く、酸味の強い果物で作ったソースを添え、さらに火の花びらという食用の花で、皿を彩った。
華やかというよりは、まるで皿にフェニックスが現れたように艶やかな逸品だった。
「なんと美しい……。そしてこの香りがまた溜まらぬな」
毒が効かないと聞いて、食欲が俄然でてきたのか、国王陛下は少し鼻を皿に近づけ、料理の香りを堪能する。
「これがフェニックスの肝臓の香りか」
「上質なスパイスの塊みたいね」
クラヴィス父上も、ソフィーニ母上も手にナイフとフォークを持ったままの姿勢で、鼻につんと来た香りに酔い知れている。
「ええい。料理の匂い嗅いだところで、お腹は膨れぬぞ」
声を荒らげたのは、ユランだ。
本日は国王陛下を交えての料理会。
当然おめかししているのだけど、ユランがマイペースぶりは変わらない。
しかし、ユラン自身少し楽しみにしていたのかもしれない。
僕より長く生きるホワイトドラゴンも、さすがにフェニックスはおろかその肝臓を食べたことはないだろうか。
かといって、僕も同じなのだけど……。
「ユランといったか。その娘の言う通りだ。食べてみよう」
「はい。父上」
国王陛下はフェニックスの肝を味わうかのようにゆっくりと切っていく。
ロラン王子もそうだけど、陛下のナイフ捌きは見事だ。
ガチャガチャ音を鳴らしながら、悪戦苦闘しているユランに爪の垢を煎じて飲ませたいよ。
適当な形に切り、紅果のソースを少しつけて口を運ぶ。
実は手に汗を掻いていた。
今回のフェニックスの肝は、今日出す予定の料理の中でも一番の自信作であり、そして何より納得がいくまで何度も試行錯誤をした逸品だ。
今回のメニューでいえば、僕のスペシャリテ。
何より人の評価が気になるメニューだった。
ついに国王陛下の口に運ばれる。
陛下はすぐに裁可をくださず、ゆっくりと味わう。
最後に飲み込むと、咀嚼した口元を穏やかに緩めた。
「うまい……」
たった一言だったけど、それは料理を作った僕を大いに奮い立たせた。
「当然のことだが、余はフェニックスの肝臓を初めて食べた。よもやこんな味とは……」
「父上、どんな味なのですか?」
「ぷるっとした食感がいい。なんとも独特で、まるで魚卵を熱々のチーズの中に入れたようなトロリとしたまろやかさがある。その瞬間、口の中にふわっとこのスモーキーな香りが広がり、鼻を通っていく。それがまたたまらぬ」
話ながら、アウロ国王陛下は二口目を口に入れる。
今度はもっと咀嚼の感覚を短くとって、細かく何か精査しているかのようだった。
「食べた瞬間のピリッとした辛さがある。これは癖になるぞ。ワイン、あるいは蒸留酒を側において、ずっと食べていたいものだ。さらにフォアグラを彷彿とさせるような濃厚な旨みがせり上がってくる。旨みの中に、また甘い余韻もあって、食材としてのバランスも申し分ないのう」
ごくり、と聞いて、僕まで唾を呑んでしまった。
勿論、味見は何度もしてるし、たぶんここにいる誰よりもフェニックスの肝臓を食べているつもりだ。でも国王陛下の豊かな表現は、食欲をかき立てる。
「では、私も……」
辛抱しきれず、クラヴィス父上がフェニックスの肝臓を口に運んだ。
「うまい。なんだ、これは……。フォアグラとも、肉や魚とも違う」
「独特の旨みがおいしいわぁ」
「それにとっても温かい。とろ火の火が口の中を温めているみたい」
「食感も不思議だな。そう。まるでフェニックスが棲息していたという火山から溢れるマグマを食しているかのようだ」
フェニックスの肝のコンフィは、低温調理した後、さらに氷室に入れて冷やしてある。身がしまり、さらに旨みを引き立たせるためだ。それでも熱いのは、フェニックスの肝臓特有の感覚だろう。実際は、冷たいのに舌が温かいと感じているのだ。
「ソースもいい。フェニックスの肝臓の複雑な味を、酸味の利いた甘酸っぱいソースで引き締めておる。香りも、スモーキーなフレーバーのフェニックスに対して、果物系の甘い香りがやや喧々とした口の中を癒してくれる」
実際、紅果は癒やしの効果がある食べ物だ。
その香りも多くの貴族や淑女に親しまれていて、香水の代表格にまでなっている。
でも、この紅果をソースにしたのは、僕は別の狙いがあった。
食べた人間の魔力を高める効果だ。
それによって、フェニックスの肝臓の効果までアップすることができる。
そして、それはすぐにやってきた。
「おおおおおおおお!!」
突如、ナイフとフォークを取り落としながら、国王陛下が叫ぶ。
その御身は、真っ赤な炎に包まれていた。