第256話 毒の無効化
5月発売の新刊の特別更新です。
国王陛下を招いての料理会は、予定日から少しズレて無事開催された。
病み上がりの陛下の体調を慮り、中止も検討されたようだけど、アウロ国王陛下の強い要望があったらしい。ロラン王子の計らいかと思って聞いてみたら、やはり陛下自身が強く望まれたようだ。
ロラン王子曰く。
「『子どもとはいえ、国を救い、そして自分を救ってくれた英雄の要望を無碍にすることはできない』とさ。そなた、相当父上に買われているぞ。もしかして近衛か宮廷料理長の話がくるかもな」
ロラン王子は少し悪戯っぽく笑う。
冗談が冗談に聞こえない。
さすがに王様の下で働くなんて、恐れ多すぎる。
料理会にはレティヴィア家の家族と食客扱いのユランが呼ばれた。
対して国王陛下の方は、国王陛下とロラン王子だけ。
他の王族の方も出席するかと思ったけど、2人だけらしい。
少し寂しい気もするけど、王族の立場としてこれもまた仕方ないことだろう。
なら会の料理人として、料理で盛り上げないとね。
「陛下、この度は我が家族をお招きいただき、また息子の我が侭を聞いていただきありがとうございます」
クラヴィス父上は隣に座ったアウロ国王陛下に頭を下げる。
「そう畏まらなくても良い、クラヴィス。そなたの息子には我が国だけではなく、我が命も助けてもらった。むしろ礼が遅れてすまぬ。そなたは良い息子を持ったな」
「はい。自慢の息子です」
すると、食堂の明かりが落とされる。
次に光が閃くと、食堂の中央に立っていた僕を照らし出した。
真っ白なコック服姿を見て、リーリスは「ルーシェル、かっこいいです」と声を上げる。
何故か蓑虫姿のユランまで驚いてるようだった。
2人はとっくに見慣れているかと思ったけど、こうやって改めて仕事着であるコック服を見せたのは、初めてかもしれない。
僕は1度国王陛下の左隣に座ったロラン王子を見つめる。
合図があった後、僕は口を開いた。
「陛下。この度は、僕の料理会に参加いただきありがとうございます。陛下には少し見慣れぬ食材かと思いますが、精魂込めて作らせていただきました。どうか最後までお楽しみください」
一礼すると、アウロ陛下は拍手する。
「魔獣の料理……。楽しみにしておるぞ」
「はい!」
返事すると、僕は早速給仕を呼び込んだ。
初めに運ばれてきたのは、本日のアミューズである。
アミューズとは前菜に出る料理で、見た目に美しく、単純でわかりやすい味の料理が選ばれる。今回、僕が選んだの……。
「魔草『火の雫』ジュレがかかった朝摘みトマトです」
『火の雫』は溶岩地帯でしか咲かない魔草だ。
今回はそれを煎じ、ゼラチンと混ぜてジュレ状にしている。
トマトは僕が個人的に管理している畑で、今朝取れたばかりだ。
『火の雫』は魔草として優秀だけど、調味料としても使える。
独特の爽やかな塩味が特徴的で、僕が作る魔獣料理では隠し味として使われていることが多い。そこに乱切りにしたトマトを合わせているのだけど、この料理の肝はそこじゃない。
アミューズというのは、古代語で「おたのしみ」という意味がある。
これからの料理を楽しませる逸品が求められるのだ。
そういう意味では、『火の雫』のジュレは打って付けだと思う。
みんなに配られると、僕はパチンと指を鳴らした。
ほとんど何もしていない。少し食堂の中の魔素を濃くしただけだ。
次の瞬間、鮮やかな真紅のジュレから小さく炎が上がった。
『おおおおおおお!!』
消灯したままの食堂で、アミューズの一品から赤い炎が上がる。
不思議な炎だ。基本は赤でありながら、見方を変えると青にも、緑にも、紫にも見える。七色の炎を見ながら、「おお!」とリーリスはじめ食堂にいた全員が目を丸くした。
「これはなんとも……」
「派手な演出だな。炎とは……」
いきなり炎が上がり、肝を冷やしたのは食堂の警護を預かる近衛たちだ。
一応事前にお話はさせてもらっていのただけど、こうして初めてみる演出に戸惑いを隠しきれなかったらしい。
「演出だけではありませんよ、ロラン王子。これは料理ですから」
「は? まさかこれを食べろと……。なら、火を消してくれ」
「いえ。そうではありません。いきなりお口に入れるのは怖いと思うので、火に手をかざしてみてください」
ロラン王子以下、食堂にいる全員が言われた通りにする。
すると、ほぼ同時で同じリアクションが起こった。
『熱くない!』
そう。この炎は熱くない。
むしろ――――。
「冷たい……。炎の色をしているのに、冷たいなんて」
「これが『火の雫』の特徴なんだよ」
リーリスが驚く横で、カリム兄様が説明する。
この炎は言わば、『火の雫』の花弁だ。
一定の魔力濃度に到達すると、自然と発火する。
茎あるいは根全体から炎を噴き出させることによって、群がってくる魔獣や野生動物の毛に爪に種を飛ばして運んでもらうのだ。
「さすがクラヴィスの息子だな。よく勉強しておる」
陛下は今度はカリム兄様に拍手を送る。
「恐れ入ります。ですが、知識で知っていましたが、私も初めて目にしました。陛下と同じく驚いているところです」
「これを料理にするとはな。では、早速食べてみるか」
「ち、父上……」
これにはロラン王子も声を上げる。。
炎を噴き出す料理を見て、食べようとする国王陛下に驚いていた。
どうやら陛下はなかなか好奇心旺盛な方らしい。
まず僕が食べてみせようとしたのだけど、陛下自らお手に取る。
スプーンでうまくトマトにジュレを絡めると、パクリと料理を口にしてしまった。
「むっ!」
陛下、と近衛が声を上げるが、アウロ国王陛下の顔はたちまち穏やかになる。
「うまい。こんなにうまいアミューズは初めて食べたぞ」
国王陛下の口から絶賛のお言葉が飛び出る。
「まずトマトが甘い。さらにキレのある酸味が余の好みにマッチしている。そして、何よりジュレよ。不思議だ。独特の塩みに加えて、透き通るような爽やかさが口の中に程よく清涼感を与えてくれる。ふむ……。炎を食べたというのになんと不思議な味か」
国王陛下はまくし立てる。
こうも言われると、食堂の全員が摩訶不思議な冷たい炎のジュレが気になり始めた。
ユランは一気に皿を平らげると、他のみんなは丁寧に口に運んだ。
「おいしい。爽やかで、まるで口の中が綺麗になっていくみたい」
ソフィーニ母上も気に入ってくれたらしい。
そもそも『火の雫』は魔草だ。それを煎じて、ジュレに混ぜ込んである。
口にすると、ハーブのような清涼感がもたらされるのは当然なのだ。
「『火の雫』は元々火傷に効く魔草です。さらに煎じて口にすることによって、他の効力があることはあまり知られていません」
「ふむ。それは何かな?」
「あらゆる毒を無効化する効能です」
「なんと!」
国王陛下は思わず立ち上がる。
横でロラン王子も驚いていた。
王族というのは、常に毒の混入に配慮しなければならない。
しかし、それを100%シャットアウトするのは不可能だ。
故に毒が通じない薬の開発は、悲願だったはず。
今、それを唐突に口にして、アウロ国王陛下も、ロラン王子も驚きを隠せない様子だった。
「誠か、ルーシェル」
「恐れながら国王陛下。我が息子は時々荒唐無稽なことを言い出すことがあります。しかし、それが真実でなかったことはありません」
「その通りだな、クラヴィスよ。余の呪いを解くといって、フェニックスの肝臓を持ち帰ったのも、そなたの息子であった。その子どもが言っておるのだ。おそらく間違いないことであろう」
「父上……」
「ああ。そうだな、ロラン。これで気兼ねなく食事を楽しむことができそうだ。さあ、ルーシェルよ。次の料理を頼む」
国王陛下は少しワインを口にする。
酔ったのか、それとも余ほどロラン王子と気兼ねなく食事できることが嬉しかったのか、その目は少し赤くなっているように見えた。
「はい。では、早速――――次は」
フェニックスの肝のコンフィをお出しいたします。








