第254話 追求
すみません! 話を間違って投稿しておりました。
13時頃から新しい話になっております。失礼いたしました。
【コミカライズ更新】
ヤンマガWEBにてコミカライズ版最新話が更新されました!
GWの暇つぶしによろしくお願いします。
既刊6巻の単行本も是非!
荒々しく部屋の扉が開かれると、女性ものの香水が香る部屋に槍を持った衛兵たちがなだれ込む。その後に部屋に入ったのは、ロラン王子と僕だ。
僕たちは神妙な面持ちで、部屋の中頃まで進むと、ティーテーブルの前で優雅にお茶をしていた令嬢を睨み付けた。先に入った衛兵たちもまたその令嬢を囲むようにして、槍を突きつける。しかし、突然の出来事にもかかわらず、令嬢は眉一つ動かさない。泰然自若として揺るがず、口につけていたティーカップを皿に戻した。
刃に怯まず、まるで密林で遭遇した虎のように睨み返すのみだった。
「何事かしら、ロラン?」
「大人しくしろ、セレナお姉様。いや、セレナ」
「言われなくても大人しくしてるわよ。王族に槍を向けるなんて。あなたたち、その意味をわかっているのよね」
衛兵を静かに恫喝する。
その態度も堂々としたものだけど、ロラン王子もまた引くことはなかった。
「セレナ、あなたには父……アウロ国王陛下を暗殺しようとした罪に問われています」
「私が……? お父様を? 何の冗談かしら」
「あなたの狙いは最初から次期国王の座じゃない。国王陛下を弑することだった」
「なんの証拠があって言ってるの?」
「あなたが余たちを襲った傀儡師を雇ったことは、先に聴取したヴィクターから聞いてる」
セレナ王女の狙いは、フェニックスの肝臓を僕たちから奪い、次期国王の座を物にすることではなかった。むしろフェニックスの肝臓を僕たちが取ることを諦めさせること、あるいはフェニックスの肝臓の消失だったのだ。
直接自分が手を下せば、疑いが向くかもしれない。そこでヴィクター王子に協力する振りをして、自分が雇った傀儡師を紹介した。
「フェニックスの肝臓が腐ることを知った上でな」
ロラン王子はセレナ王女の部屋にある蔵書から、本を引き抜く。
そこには魔獣に関することが事細かに書かれていた。
中にはクラヴィス父上が書いた本まである。
僕は思わず感心してしまった。
「すごい資料……。ここまで明確な魔獣の資料を持ってるなんて」
「セレナは王女という立場の傍らで、魔獣の研究に熱心だったんだよ。クラヴィスと同じさ」
そうだったのか。
「ルーシェルほどじゃないけどな」
「魔獣の生態に詳しいなら、肉体が腐りやすいというのも容易に想像がつくと思います」
魔獣は魔力生物だ。その供給がなくなると、総じて人間が腐敗するよりも早く腐り始める。これは魔獣の学会でも周知の事実らしい。だから、僕は早めに【収納】の中に保管したり、氷締めしたりする。鮮度管理は、牛や豚、あるいは魚よりも遥かに難しいのだ。
「観念しろ、セレナ。ヴィクターはもう吐いた。あの傀儡師はあんたから紹介されたってな」
「知らないわよ、そんなこと。ヴィクターが私に罪を被せたいだけかもしれないでしょ。傀儡師なんて知らない。確かに魔獣に詳しいし、フェニックスの肝臓が腐りやすいことも知ってる。でも傀儡師のことは知らない」
あくまでシラを切るつもりだ。
セレナ王女の顔は、僕たちがやってきた時と変わらない。淑女然としていて、口答えにも一切淀みがない。間接的とはいえ、本当に父親に手をかけたのか。なんだかこっちが間違っているような気さえしてくる。
「ルーシェル、見ておいてくれ」
「え?」
「余がいるこの王宮はこういう場所なんだ。父親を手にかけたとしても、一切表情を変えない。そういうことができるケダモノたちの住処なんだ」
ロラン王子は悔しそうに奥歯を噛む。
このような事態にならなければ、きっとこんな家族の姿を見せたくなかっただろう。民衆がイメージする王族たちの華やかな生活だけを、想像しておいてほしかったのかもしれない。
「セレナ、自分から自白するつもりはないんだな」
「くどいわ、ロラン。自白も何も私は何もやっていない。子どもだから甘くみていたけど、これ以上私を疑うというなら、こちらにもやり方というものがあるのよ」
小さな王子と、成人を超えた王女。しかし、年の差なんてまるで関係ない。王族同士のプライドがぶつかるのを、僕は目撃する。
すると王子はセレナ王女から視線を切り、僕に合図する。そして僕は手を上げた。
ガッシャアアアアアアンンンン!!
盛大な音を立てて、セレナ王女の後ろにあった窓ガラスを破り、何かが部屋の中に転がった。人だ。ローブにすっぽりと覆われた人らしきものが、セレナ王女の部屋に入ってくる。
「逃げおおせると思った? 残念。普通の魔獣の鼻なら逃げられたけど、ボクの鼻はそんじょそこらのケダモノとは訳が違うのさ」
一拍遅れて入ってきたのは、アルマだった。小さくとも、人の言葉を介するクアールを見て、セレナ王女の顔が初めて変わる。同時に自分の部屋に投げ込まれたものを見て、すぐに何かわかったようだ。
アルマは淑女の視線を浴びながら、爪でフードを剥ぐ。
現れたのは、人形――ではなく、血色の悪い顔をした傀儡師だった。
「な、何よ、この男?」
「傀儡師の本体さ」
アルマは何でもないような言い方に、セレナ王女は明らかに狼狽する。
「【傀儡】ってのはたいそうに見えるけど、結局魔法なんだよね。その魔力の出所が辿れば、本体はすぐに特定できる。まあ、そんなことができるのは、【竜眼】を持つボクとルーシェルぐらいだけど」
えっへん! アルマは胸を張った。
「この人はプロですが、僕とアルマなら口を割らすことは簡単ですよ、セレナ王女」
「――――だそうだ、セレナ。これでもシラを切り通すつもりか?」
その瞬間だった。
セレナ王女は指にかけていたティーカップを突然地面に叩きつける。すぐに割れた破片を拾い上げると、自分の首筋に押し付けようとした。
【支配】
僕は魔法でセレナ王女を縛る。
「こうやって、あなたの身体や精神を乗っ取ることは僕たちには可能です」
「最後通牒だ、セレナ。自白しろ」
もはや万策は尽きた。
自分の死を望むほどだったのだ。
どんなに表情を変えなくても、セレナ王女は追い詰められたらしい。
その瞬間、何かホッとしたように表情を崩すと、「私の負けね」と呟いた。
それからセレナ王女は粛々と拘束され、衛兵たちに連行されていく。去り際、セレナ王女は項垂れていた顔を上げて、こう言った。
「いい駒を手に入れたわね、ロラン」
「ルーシェルは駒じゃ――――」
「僕は駒なんかじゃありません」
僕はロラン王子の手を取り、退場しようとしているセレナ王女に見せつける。
「僕は王子の友達です」
「ボクもね」
最後にアルマがロラン王子の頭の上に乗る。
セレナ王女は何1つ言葉を返さず、そのまま去って行く。あれほど大きく見えていた背中は鼠のように小さくなり、何より寂しそうだった。