第251話 王子の離反
「これは俺のものだ」
ロラン王子は口の端を歪めて、悪魔のように笑う。先ほどまで穏やかに僕のことを労っていた王子とは明らかに雰囲気が違っていた。アルマにもその違和感は伝わったらしい。
「ルーシェル! 王子様、なんだか変だぜ!」
「うん。わかってる」
でも、気配や魔力の性質からして、今僕とアルマの目の前にいるのは、ロラン王子で間違いない――だとすると、考えられる可能性が高いものといえば……。
「傀儡か?」
ここに来る時、僕たちは傀儡の魔法で操られた騎士を見ていた。しかし、騎士たちを操った傀儡師を僕たちは未だに発見できていない。今、こうしてる今もだ。
「でも、気になるのはいつから?」
傀儡の騎士と戦っている時? あるいは、僕とアルマがフェニックスと戦っていた時だろうか。だけどおかしい。傀儡の騎士と戦っている時も、僕たちは常にロラン王子の安全を気にかけていたし、フェニックス戦で離れていた時ですら、常に配慮を怠らなかった。僕が全力を出した時も、アルマに守ってもらっていたし、ロラン王子を傀儡の魔法にかける時間などなかったはずだ。
「なら考えられることは、1つ……」
「王子様はボクたちが出会う前から【傀儡】の魔法をかけられていたんだろうね」
アルマの言葉に僕は頷いた。
そうだとしても、僕やアルマに悟らせないようにするなんてかなりの手練れだろう。
『ほう……。そこまでわかるか』
ロラン王子の口から漏れたのは、もはや僕が知る明朗でちょっとだけ生意気な子どもの声ではなかった。深い海の底から聞こえてきそうな低く、大人の声だった。おそらく傀儡師そのものの声なのだろう。【移声】の魔法で声を飛ばしているのだ。
『警戒はしていたようだが、所詮は子どもだな。あのフェニックスから肝臓を取り出すなど前代未聞だが、プロというわけではないな』
「ロラン王子を解放しろ」
『おっと、動くなよ』
ロラン王子は護身用の短剣を抜くと、躊躇することなく自分の首元に刃を当てた。
『王子様がどうなってもいいのか?』
「おい。お前、卑怯だぞ!」
アルマが憤慨するけど、傀儡は全く意に介する様子はない。向こうがいう『プロ』にとって、これは常套手段なのだろう。
「何が望みですか? 人質をとったということは何か望みがあるのでしょう?」
『望みか……。強いて言えば、動くなってことだな』
遠くの方から金属が擦れるような音が聞こえてくる。火山の麓から上ってきたのは、あの黒い騎士だ。ただし僕たちが遭遇した騎士とは違い、上半身は人間の姿を取る一方、下半身は馬みたいに足4本がついていた。
その騎士はロラン王子から取り出したばかりのフェニックスの肝臓を受け取る。自分の背にしっかり固定すると、僕たちの方を今1度警戒しながら、騎士は下山していった。
「おい。肝臓をどうするつもりだ?」
『だから、動くなって。あとお喋りも禁止だ。魔法での会話も気づいた瞬間、王子様の喉元をかっ切る。いいな』
ロラン王子のことも気になるけど、肝臓の行方も気になる。猛スピードで下山していった騎士は、すでに僕の【竜眼】の範囲を超えようとしていた。方向からして、王都に向かっているようだ。
「る…………る…………」
ロラン王子が目で何かを訴えようとしていた。首筋につけた刃も震えている。王子も戦っているんだ。
「大丈夫です、王子。王子は助けます。フェニックスの肝臓も絶対に取り返すので安心してください」
「ボクの鼻で追えば、すぐだからね」
『大した自信だな。ま、そこまで言うなら王子は返してやる』
カラリと短剣が落ちる。
ロラン王子は今まで溺れていたかのうように激しく咳き込んだ。
「王子!」
「余……、余は大丈夫だ。それよりもフェニックスの肝臓を追ってくれ。あれを姉様や兄様に渡すわけにはいかない」
「アルマ……」
「任された」
アルマは再び【竜変化】で竜の姿になると、騎士を追って、下山する。
僕はロラン王子の状態を【竜眼】で診察した。特に外傷は見当たらない。極度の緊張と無理矢理身体を動かされたせいで、筋肉がつったような状態になっているけど、至って健康だ。
「問題はこれだな」
僕は【竜眼】で見た【傀儡】の状態を魔法で解除する。
最初からこうすべきだった。【傀儡】に気づけなかったのは、僕のせいだ。
「王子、すみません。僕は……」
「お前のせいではない。余にも油断があったのだ。それに余の方こそ謝罪を。折角お前が命を賭してフェニックスから取った肝臓を……」
「いえ……」
しばらく沈鬱な空気が流れる。
さっきまでの勝利の余韻が台無しになってしまった。
しばらくすると、アルマが戻ってくる。
「アルマ、フェニックスの肝臓は……?」
「ごめん。ボクの鼻でも追えなかった。あいつら、最初からボクたちからフェニックスの肝臓を奪うつもりだったんだ」
卑怯で腹が立つけど、同じくフェニックスの肝臓を狙う人たちにとっては、それが最適な方法だったのだろう。
「大丈夫だ、ルーシェル、アルマ。肝臓の在処は概ねわかっている。……それにこれが兄上や姉上の手柄になろうと、余は構わぬ。国王陛下がこれで治るなら」
王子……。
やはり僕はロラン王子に王様になってほしい。
「いえ。ダメです、王子。ダメなんです」
「何がダメなのだ、ルーシェル」
「急いで王都に戻りましょう」
僕たちは竜の姿のままアルマの背に乗り、再び王都へ引き返すのだった。
◆◇◆◇◆ ヴィクター ◆◇◆◇◆
「おお! これがフェニックスの肝臓か」
赤く輝くフェニックスの肝臓を見て、ヴィクターは王宮にある離宮の1つで声を上げた。
触ってみると、まだ熱い。触れないほどではないが、フェニックスの炎に触れたようでヴィクターはますます興奮した。
ふとヴィクターは気配に気づく。フェニックスの肝臓を持ち込んだ傀儡師だ。頭から足元まですっぽりとローブに覆われ、目深に被ったフードのおかげで顔も見えない。人間の身体をしていることは、ローブの上からでもなんとなくわかるが、人の気配は感じられなかった。おそらく本体ではなく、これもまた傀儡で操られているのだろう。
「お前を雇って良かった。どうだ? セレナの下ではなく、私の下で働く気はないか?」
傀儡師はセレナ王女が元々雇った裏稼業の人間だった。それをヴィクターは金で釣って横から奪っていったのだ。本来セレナの下に届けられるはずだったフェニックスの肝臓と一緒に……。
セレナからは協力を求められたヴィクターだったが、はじめからそんな考えはなかったのである。
すると、傀儡師のローブから手が伸びる。まるで枯れ木でできたような年老いた手だった。
『金を……』
「わかっている。急くな」
ヴィクターは入口に控えていた側付きに命じ、金貨が入った袋を持って来させる。その袋をそのまま傀儡師に渡した。
『確かセレナ王女の2倍は払うと聞いていたが……?』
「……チッ!」
ヴィクターは舌打ちすると、再び側付きに命じて金を持って来させる。金貨が入った2つの袋を持つと、フェニックスの肝臓を再び触った。
「少々金はかかったが、私が次期国王になるならお釣りが来るというものだ。ふふふ……」
あはははははははははは!!
☆★☆★ 4月刊 ☆★☆★
4月25日、グラストノベル様にて新作小説が発売されます。
『獣王陛下のちいさな料理番 ~役立たずと言われた第七王子、ギフト【料理】でもふもふたちと最強国家をつくりあげる〜 』
『ゼロスキルの料理番』『公爵家の料理番様』、『料理番』シリーズ(勝手に名乗ってるw)の3部作目になります。役立たずのギフト『料理』のせいで王国を追放された王子ルヴィン。でも、実はギフト『料理』は未開の国を大国にできるレシピを示すことができるギフトだった。
獣人王国の女王アリアに料理番として招かれたルヴィンは、もふもふに囲まれながら、ギフト『料理』の力を使って、未開の獣人王国を大国へと建て直していく。
もふもふあり、成り上がりあり、おいしい料理ありの3拍子の作品となっておりますので、是非よろしくお願いします。