第249話 為政者の痛み
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◆◇◆◇◆ ロラン ◆◇◆◇◆
ロランはルーシェルとアルマが火口に向かうのを見届けた後、その場から1歩も動かず戦況を見守っていた。ロランが今立っている場所は安全圏だが、それでも火口で激戦が繰り広げられていることは、音と光だけでわかった。
音が大気を震わせれば鼓動を高め、風景を切り裂くような光が見えれば、胸に置いた手が赤くなるほど握りしめる。
(情けない!)
ロランは己に叱咤する。
友達が……いや、自分のことを「友」と呼んでくれる者が、自分の父親のために命を削るような戦いをしている。なのに自分は何も力になれていないことに、ロランは己の無力さを噛みしめていた。
しかし、この無力感は覚悟の上だった。
自分ではフェニックスから肝臓を奪うことなどできないことは百も承知。ルーシェルがいなければ、この場に立つことすらできなかったのだろう。
何よりロランは王族である。
権力者であり、能力をある者、ない者を動かす力を持っている。おそらくこういう思いを、これまで生きてきた時間の10倍以上味わうことになるだろう。それは今病床にいる父アウロ国王陛下も同じはずだ。
これが王族の痛み……。
ロランは血反吐を吐くような思いで、戦況を見守っていた。
(血反吐を吐けるなら、どれだけこの痛みが軽くなっただろうか……)
詮ないことを考えてしまう……。
今、ロランにできることは祈るだけ。
まだ10にも届かない王子は手を組む。
(ルーシェル、無事に帰ってきてくれ。お父様と同じくらい、余にとってそなたのことも大事なのだ……)
再びロランの頬に、フェニックスの炎から発した光が撫でる。
戦いはいよいよクライマックスに近づこうとしていた。
◆◇◆◇◆
『いきなり呼び出されたと思ったら』
不平を口にしながら、大量の氷の飛礫を飛ばしたのは美しい氷で作られた美女だった。火山という環境の中でも、1人零下の空気を纏いながら、炎の化身ともいうべきフェニックスと対決している。その横でサポートしているのは、アルマだ。彼もまた小さな身体でピョンピョンと跳ねながら、巨大化したフェニックスの攻撃を回避し、定期的にブルーシードを食べさせている。
氷の美女の名は氷精霊シヴァ。ルーシェルが契約している精霊の1柱だ。
一応補足しておくと、ルーシェルたちがいつぞや戦った氷の精霊とは、別個体である。あくまであれはアプラスが契約した氷の精霊の1個体であり、ルーシェルが契約しているものとは違う。
ブルーシードによって、その力を覚醒しようとしているフェニックスと相対できるのは、対応する精霊しかないと考え、アルマと組ませてフェニックスの力を抑え込んでいた。
『しかし、相手の力を抑え込みつつ、その成長も止めてはならぬとは、やりにくいな』
「ほらほら。愚痴は後で聞くからさ。なんとか足止めしてよ」
『獣の子よ。お前と主は一心同体であることは知っておるが、妾の契約主はルーシェル様だぞ。努々忘れるな』
そう言って、シヴァは手を上げる。
瞬間、風が渦を巻き、灼熱の空気が一気に氷点下まで落ち込んでいく。ついには氷の飛礫を含んだ暴雪を生み出し、フェニックスに叩きつけた。
「やるじゃん!」
『当たり前じゃ!』
シヴァはフェニックスではなく、仲間であるアルマに気勢を吐く。
そのアルマは背後で目を瞑るルーシェルを見つめた。
◆◇◆◇◆
目を瞑りながら、僕が見ていたのは未来の出来事だった。
フェニックスの炎をかいくぐり、耐え、その懐に潜り込み、皮を剥ぎ、腹を割き、肝臓を奪取する……。
一体、何千、何百と【予知】たのかわからない。だけど、僕は確実にその中で対策を練り、1つ1つの問題を潰していく。そして確実にフェニックスから肝臓を抜き取る方法を模索していった。
『なんと!』
シヴァさんの悲鳴が聞こえる。
フェニックスに向けていた嵐を5秒とかからずに、弾いてしまったからだ。渾身の魔法を解除されて、さしもの氷の女王も目を丸くしていた。
それは僕の相棒も一緒だ。
「こいつ、周囲の魔素を消費する量が半端ないぞ。一瞬にして魔素を食い散らかすから、魔法はすぐに解除されちゃう」
『ええい! ややこしいケダモノだ。食あたりでも起こせば良いのに。毒でも食らわせてやろうか』
「それはダメだって。ボクたちがほしい肝臓に影響があるかもしれないし」
『くっ! 主の命令でなければ、こんなヤツ! すぐ氷漬けにしてやるのに!!』
「シヴァさん、それをお願い!」
突然、僕が叫ぶと、思わず前線で戦っている2人は目を剥く。
「シヴァさん、フェニックスを氷漬けにして」
「何を言ってるんだい、ルーシェル。シヴァが本気になったら、ボクたちだってタダじゃすまないよ」
『主……』
その言葉を待っていた!!
シヴァさんが手を掲げた瞬間、そこには小さな雪山のような氷が生まれようとしていた。さらに周りには風が渦巻き、巨大な氷塊は膨らんでいく。それまで火の粉が待っていた火山地帯に雪が舞い始める。
『フハハハハ!! 遠慮なく行くぞ!』
「ダメだ。完全にぶち切れてる……。ルーシェル、いいのかよ。フェニックスが氷漬けになっちゃうよ」
「それでいい。アルマはロラン王子と一旦逃げて、なるべく遠くに」
僕はアルマに警告する。
それだけシヴァさんの力はすごいということだ。フェニックスの力は確かに神獣と呼ばれる者に近い。でも、精霊の全力はそれを凌駕することを僕は知っている。
『フェニックス! これまで小皿ばかりですまなかった。たーんと食え。これが妾のスペシャリテじゃ!!』
ドンッ! と、解き放ったのは隕石と見間違う程の巨大な氷塊だった。暴雪をまき散らしながら、フェニックスに落ちていく。さらに不死鳥と呼ばれる魔獣に絡み付いたのは、地面から伸びた氷柱だ。すでに火口一帯は真っ白になり、3つの火山は雪に覆われていた。
フェニックスに氷の隕石が落とされると、さらに氷と雪の牢獄へと囚われる。次の瞬間、空中に現れたのは、巨大な鳥の氷像だった。
時が停まったような光景の中で、聞こえてきたのは、シヴァさんの笑い声だ。火の鳥の炎を完封し、ご満悦らしい。
「ちょっ……。やりすぎじゃない?」
「火山を凍らせるって……。ルーシェルのヤツ、無茶苦茶だな」
【竜変化】したアルマは、ロラン王子を安全圏へと逃がしながら呟く。
「いや、大丈夫だよ」
僕は走る。一瞬にして氷漬けにされたフェニックスに近づく。やっとだ。やっとフェニックスに近づけた。色々考えたけど、こういう方法でしか君を大人しくさせることができなかった。
「さあ、おいで。まだ君は生きている」
だって、君は不死鳥だろ……。
ポッと彫像の中で赤い光が走る。
完璧に固まっていたと思われていた氷像から湯気が上がり、そして氷そのものが崩れていく。
『馬鹿な!』
これにはシヴァさんも驚いていた。
そう。これは驚くべきことだ。氷の精霊が全力を以てしても、フェニックスの炎を破ることができなかった。
その生命力に勝てなかったのだ。
「さあ、ここからが勝負だ」
フェニックスと料理人の……!