第246話 マグマの中を翔ぶもの
「うぉおおおお! すごいぞ、アルマ! お前はモフモフだけではなく、こんなに強かったとはな!!」
得意げに鼻を鳴らすアルマに、猛烈な勢いで突っ込んだのは、ロラン王子だった。ひしっと抱きしめると、もの凄い速さで頬ずりする。自慢の毛を触られて、アルマは青くなりながらロラン王子の腕から必死に逃れようとしていた。
「ちょっ! き、気安くボクの毛に触らないでくれる。あと髭も! キューティクルが!」
「良いではないか。良いではないか」
「あの……、ロラン王子。それぐらいで」
「なんだ? ルーシェルもモフモフしたいのか」
いや、そういうことじゃないです。
モフモフしたいけど……。
ロラン王子が一瞬僕の方に気をとられた隙に、アルマは脱出する。
舌で毛繕いをした後、自慢の髭を前肢で撫でた。
「……ったく。ルーシェル、君の友達は厄介なヤツばかりだな」
厄介なヤツって、誰のことかな。
そこはかとなくドラゴンに変身できる女の子の顔が浮かぶけど……。
「それってアルマ。君も入ってるのかい?」
「ボクは例外に決まってるだろ。それより……」
アルマは後ろで倒れている騎士たちを見つめた。近づく前肢で兜を蹴っ飛ばす。本来人の頭が現れるはずが、中身は空だった。鎧の中を覗き込むけど、やはり空みたいだ。
「やっぱり傀儡か……。感触からそうじゃないかって思ってんだ」
最初から僕は気づいていた。ここは火山地帯だ。ロラン王子のように【火蜥蜴の衣】を被るか、僕やアルマのように【熱耐性】のスキルを持つかじゃないと、立ってなどいられないはず。金属製の鎧など【熱耐性】のスキルが付与されていても、とても着ていられないからだ。今の環境はそれぐらい過酷なものだった。
普通の人間でないなら、悪霊系の魔獣か人間によって使役された傀儡しか考えられない。
「やはりヴィクター兄様か、セレナ姉様の仕業だな」
「ボクたちのいる場所を知っているのが、その2人というなら間違いないだろうね」
ヴィクター王子とセレナ王女が他の王子王女に告げ口でもしない限り、ロラン王子がいる場所は知る由もない。それに2人はそんな情報を懇切丁寧に教える人間にも見えなかった。
「でも、何故ボクたちを襲うんだい。話を聞く限り、その兄様と姉様じゃフェニックスから肝臓を奪うことはできないぜ」
アルマは足元にあった騎士の兜をコロコロともてあそぶ。僕もアルマの意見に賛成だ。この程度の傀儡騎士しか使役できない人間が、フェニックスに対抗できるわけがない。
「それよりもボクたちが【フェニックスの肝臓】をとった後で、奪う方がよっぽどいい」
「アルマは魔獣なのに、頭も回るんだな」
「言ったろ。これでも300年生きてるって。年の功ってヤツさ」
「その割にはルーシェルのものの考え方は純粋過ぎるように思うのだが……」
ロラン王子は視線を僕に向ける。
僕は肩を竦めた。
「相棒が、根性ねじ曲がっていると、色々とね」
「それはどういう意味だい。まるでボクが根性ねじ曲がっているとでもいいたげだね」
「僕は何も間違ったことは言ってないよ」
僕とアルマは目の前の火山のように顔を赤くして、睨み合う。すると、ロラン王子が胸を反らして笑った。
「ははははは……。お前たちは本当に仲良しだな。ちょっと妬ける。余も友と喧嘩をしたかった……」
「何か言いましたか、王子」
「何でもない。兄様と姉様に狙われているなら、急いだ方がいいな」
「はい。行きましょう」
僕たちは流れる溶岩を避けながら、フェニックスがいると思われる山上の火口へと向かうのだった。
◆◇◆◇◆ ヴィクター&セレナ ◆◇◆◇◆
「失敗したですって?」
雇った暗殺者と連絡を取り合っている側近からの報告を聞いて、セレナ王女は眉宇を動かした。側で聞いていたヴィクターも、眉根を寄せる。
セレナが雇った暗殺者は、その筋では有名な傀儡師だ。300人の野盗相手に、たった5人の傀儡騎士を動かして、5分で全滅させたこともあるという。王宮に潜入することも得意で、これまで他国も含めて50人以上の王族を殺してきたそうだ。この暗殺者の対策のために、王宮内で兜を被ることを禁止した国もあるという。
セレナが絶対の信頼を置く暗殺者だったが、ロラン王子に凌がれてしまった。しかも相手は魔獣で、一撃で倒したという。にわかに信じがたいが、失敗した言い訳としてはあまりに荒唐無稽すぎる。
おそらく事実だと、セレナは判断した。
「ロランはよっぽど頼りになる相棒を手に入れたようね」
セレナはゆったりとした姿勢でソファに座っていたが、肘掛けにおいた手を自然と握り込んでいた。
静かに怒りに燃える妹王女を見ながら、ヴィクターはさらに深く眉間に皺を刻んだ。
「感心してる場合ではないぞ、セレナ」
「わかっているわ。でも、私たちのプランは変わらない。我らが弟にとってきてもらいましょう、火の鳥の肝を」
セレナの青い瞳は、氷のように寒々しく光るのだった。
◆◇◆◇◆
「すごい熱だな」
ロラン王子は汗を拭った。火口はもうすぐ側だ。本来人がなんの装備もなしに近づけるような場所ではない。こうなると【火蜥蜴の衣】の耐熱限界を超えていて、炎天下の真夏ぐらいの暑さは肌に感じるようになってきていた。
「さすがルーシェル。涼しげだな」
王子は汗1つかいてない僕に声をかける。
僕とアルマの熱耐性は、様々な魔獣から【熱耐性】を得た結果だ。熱を魔力に変換して、失った魔力を回復することもできる。
でも、ここからが本番だ。
僕たちは今から熱気というよりは、目の前の火山そのものと相手しなければならない。それを前にして、弱気な言葉を吐くわけにはいかなかった。
「ロラン王子はここで待機してください」
「……どうやらその方が良さそうだな。ルーシェル、アルマ。頼んだぞ」
「おう!」
「国王陛下のために、必ず【フェニックスの肝臓】を手に入れます」
僕はロラン王子を置いて、アルマと一緒にさらに火口へと近づく。火口の縁から下を覗き込むと、マグマが淡黄色に光っていた。火山は活発に活動していて、時々マグマが爆ぜ、火柱のように立ち上がる。
「中に入ったら丸焼けだね」
「丸焼けですまないよ。骨まで残らないと思う」
「こんなところにフェニックスはいるのかな。丸焼けになってたりしない」
「それはそれで食べてみたいけどね」
ここまで来て、フェニックスの実在を疑っていられない。今は、それを信じて、行動するだけだ。
僕は【収納】から例のブルーシードを取り出すと、続けて【知恵者】の魔法を唱えた。そもそもフェニックスの実在と、その肝臓の効能を教えてくれたのは、何を隠そう【知恵者】さんだった。
なので、僕もアルマもフェニックスを見たことがない。
その捕獲も今回が初めてだ。
「確かブルーシードを餌にして、フェニックスを誘い出す――だよね?」
僕は【知恵者】に質問する。
『正解です。熱に強い素材で作った竿の先にブルーシードを括り付け、火口付近に垂らししてください』
「なんか釣りみたいだな」
僕は言われた通りに、ミスリル製の竿にミスリルを細かくちりばめた糸をつけ、その先にブルーシードを括り付ける。
糸の先を見ながら、アルマは首を傾げた。
「釣り竿はともかくブルーシード、大丈夫? 燃えちゃうんじゃ」
『ブルーシードの皮は高い熱耐性があり、燃えることはありません』
「初めて聞いた」
「僕も……。なるほど。フェニックスを誘い出すのに打って付けというわけか」
といっても、ブルーシードを垂らしたところで簡単に釣れるというわけじゃない。僕たちは火口の縁で、1時間以上待たされることになった。
さっきも言ったけど、【熱耐性】があってもかなり暑い。少し熱めのお風呂に浸かっているような感じだ。早く国王陛下を助けたいという気持ちが、僕を焦らせる。暑さも相まって、精神的な負荷がきつい。
「落ち着きなよ。君が言ったんだぜ。釣りは待つことが醍醐味だって」
「よくそんな昔のことを覚えてるね」
「そりゃそうさ。待つことが苦手な者からすれば、苦痛以外の何者でもないからね」
「悪かったよ。付き合わせて」
「しっかり反――――。ルーシェル!」
アルマが前肢を上げて、火口を指差す。
その表面が大きく揺らいでいた。火山性のガスがポコポコと激しく浮き上がっているのが見える。僕もアルマも【毒耐性】があるから、何も問題ない。ロラン王子にもその対策となる魔導具を渡してきた。
僕たちはじっと火口をうかがう。
すると、淡黄色に光るマグマの下で何かが泳いでいるように見えた。
「いや、違う……」
「あれは翔んでいるだ」
マグマの中で翔ぶ謎の生物。
心当たりがあるとすれば、僕は1つしか知らない。
「フェニックス……」
僕は無意識にそう呟いていた。








