第244話 共闘
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◆◇◆◇◆ セレナ&ヴィクター ◆◇◆◇◆
相変わらず薄気味悪い部屋だ。
出された紅茶に口を付ける振りをしながら、ヴィクターは視線を部屋へと向けた。ダイヤやサファイヤといった女らしい宝石などが戸棚に飾られているかと思えば、その隣には学者しか読まないような専門的な本が並んでいる。見たこともない観葉植物があちこちに置かれ、不気味な牛の剥製の下で蝋燭の炎が揺れている。カーテンは閉め切られており、さらには濃い香の煙が妖しく揺らいでいた。
さながらその雰囲気は、女性の部屋というより、子どもの絵本に出てくる魔女の実験室のようだ。
辺りを警戒するヴィクターの前で、同じく紅茶をすすっていたのは、セレナであった。
茶会に誘ったのはセレナの方だ。
本来であれば断るのだが、ヴィクターとしては小さいながら頭の切れる弟王子について、セレナの所感を確認しておきたかった。
「とんだ隠し球を持っていたのね、ロラン」
「隠し球? あれは子どもだぜ」
「ええ。見た目はね。でも、あの子は王国の近衛たちが手も足も出なかった魔女を追い払った。それどこか王国中のブルーバットベアーも殲滅したのよ。それも一瞬で」
「本当かよ。にわかに信じられない」
「でも『フェニックスの肝臓』を知っていることといい。只者ではないことは確かよ。何より、この勝負において、1歩も2歩もリードしているのは、ルーシェル・グラン・レティヴィアを従えるロランで間違いないわ」
「随分と高く評価してるんだな」
「私はあなたのように脳筋ではないの」
「なんだと」
「ねぇ……、ヴィクター」
突然セレナは身を乗り出す。
目の前のガラスのテーブルに手をつくと、ヴィクターの顔の前まで近づいた。
「私たち、手を組まない?」
「は?」
「今のままではロランに手柄を取られてしまう。第一王子や、第二王女は密かに動き出しているはずよ。すでにここで紅茶をすすってる私とあなたは間違いなく出遅れている」
「アフタヌーンティーに誘ったのは、お前だそ」
「あなたの力と、私の頭脳ならロランだけじゃない、第一王子にも、第二王女にも対抗できる。どう? ヴィクター?」
どこから声を出したのはわからないほど、セレナ王女の声は薄気味悪い。
ヴィクター王子が思わず息を呑むほどだった。
その王子はしばし黙考した後、出された紅茶に口を付ける。
一気に飲み干すと、荒々しくカップを皿に叩きつけた。
「いいだろ。その誘い乗ってやるよ」
ヴィクター王子はマントを翻すと、まるで挑むようにセレナの前に手を差しだした。
互いに力強く握手する。
こうして2人もまた、フェニックスが棲むと言い伝えがあるヒロブモブル火山に登ることとなった。
◆◇◆◇◆
「これでよし」
僕は大量のブルーシードを【収納】の中にしまう。
ここは以前ロラン王子と一緒に来た大昔の遺跡の中だ。その正体はエルドタートルという大きな魔獣の体内。ブルーシードはその胃の中に生る。つまり僕たちは魔獣の胃の中にいるわけだけど、特に消化されることもなく生きている。
エルドタートルはあまりに大きすぎるため、その自重によって動きを停止せざる得なくなった魔獣だ。食べることはおろか、噛み砕くこともできない。結果栄養失調を起こし、数々の器官が停止を余儀なくされ、結果内臓は最小限のものしか動いていない。この胃の中も半分化石化していた。それぐらい長い年月を生きているのだ、エルドタートルは。
「フェニックスの肝臓をとるために必要な量を手に入れました。移動しましょう」
「移動するって……。またあのミラーという幻獣で移動するのか?」
ロラン王子は渋い顔を見せる。
召喚魔法【幻想鏡】で召喚できるミラーさんは、空間と空間を繋げる不思議な力を持っている。ただ少し癖のある人で、そしてミラーさんはロラン王子を気に入ってるらしい。先ほども大歓迎を受けて、すでにロラン王子の顔にはたくさんのキスマークが付いていた。
「いえ。ミラーさんは使いません。今から移動しようしている場所は、ここからかなり遠い場所なので」
「そうか」
ロラン王子はホッと胸を撫で下ろす。
余ほど苦手なんだな……。
「では、どうやって移動を?」
「こうするんですよ」
僕は一旦外に出ると、魔法を唱えた。
【竜変化】
忽ち僕の身体が膨張する。
足は巨木の切り株のように大きくなり、背中からは大きな翼が生える。手に鋭い爪が光ると、長くなった首の先には獰猛な牙が並んだ大きな口が開いた。
「これは……、ドラゴンか……」
ロラン王子の前に、ドラゴンが現れる。
この魔法は【竜変化】といって、文字通りドラゴンに変身ができる魔法だ。ワイバーンの翼を揚げたものをたくさん食べたら、覚えることができてしまった。
同じ魔獣食を何度も食べるうちに覚える魔法は初めてだったので、当時は驚いたものだ。
ユランほど立派ではないけど、大人5人が乗って余裕で飛ぶことができる。
「ロラン王子、乗ってください」
「よもや竜に変身することができるとはな。もうルーシェルがやることなら、余ほどのことでない限り驚かないだろうと思っていたが……」
ロラン王子はちょっと呆れながら、僕の背に乗る。
「ユランほどうまく飛べる自信がないので、しっかり捕まっててください」
「あのドラゴン娘も結構暴れ馬、もとい暴れ竜だったと記憶しているが……。わかった。せめてフェニックスのところまで連れていってくれよ。宿敵の顔も見ずに死んだら、余の覚悟が笑い話になってしまう」
「そ、それは大丈夫だと思います。……じゃあ、行きますね」
僕は大きく翼を動かす。
ゆっくりと身体を浮かせると、エルドタートルの上から飛び出した。すぐに風を捕まえ、宙へと飛び出す。
鋭い音を立てて、僕は東へと向かった。
「ふう。なんとか安定したな。それよりフェニックスがいる火山とやらは、北の方だったと思うが……」
「少し寄り道をします。援軍を呼ぼうかと」
「援軍?」
「この世で僕が1番頼りにしている相棒です。ちょっと皮肉屋ですけどね」
僕は苦笑いを浮かべた。
◆◇◆◇◆
「やれやれ……。人間のゴタゴタなのに、山の王のボクに頼むのかい、君は」
僕が事情を話すと、その小さなクアールは嬉しそうにこちらに振り返るのだった。