第243話 ロランの告白
「私と組まない、ルーシェルくん」
セレナ王女は僕をじっと見つめた後、ウィンクをする。
……?? 今のは、なんの合図だろうか。そもそも組むって、どういうこと?
「やめろ、セレナ姉様」
ロラン王子が声を荒らげながら、僕とセレナ王女の間を遮るように立つ。
「ルーシェルはあんたたちの争いの道具にしたりしない」
争いの道具?
「あら。随分な言い草ね。ロラン……、あなただってその子を利用してるじゃない。私はわかっているのよ。あなたも次期国王の座を狙っているのでしょ?」
「ほう。……そいつは初耳だな」
ヴィクター王子は太い腕を組む。
感心するというよりは、どこかロラン王子を蔑むように見下ろした。
対するロラン王子は沈黙する。
しかし、その眼光は強く自分よりも2回り近く離れた大人の王子王女に向けられていた。
「何か言ったらどう? ロラン」
「余は次期国王になることしか頭にない兄上や姉上とは違う」
「まあ、なんて言い草……」
「心外だな。いや、もやは不敬だ」
「黙れよ。どうせ今回の事件も次期国王になるためのチャンスとしか思っていないんだろ? ……そもそも国王陛下に、父上に呪いを打ち込んだのって、あんた――――」
「お黙りなさい」
セレナ王女はピシャリと言い放つ。
「それ以上言ったら、本当に不敬罪としてあなたを訴えるわよ」
「ロランよ。お前は我々を誤解している。確かに我ら兄姉は次期国王になるために日々権力争いを続けている。しかし、そのために国王陛下自らを傷付けようとは思わぬ。……少なくとも私はな」
「その目は何よ、ヴィクター……」
「まだ何も言っていないぞ、セレナよ」
「ふん。……まあいいわ。私は私の方法で父上の呪いを解いてみせるから」
セレナ王女は踵を返すと、廊下の奥へと消えて行く。その不気味な空気が消えないうちに、ヴィクター王子も僕たちから離れていった。
しんと静まり返った廊下に、僕とロラン王子だけが残る。年上の兄姉たちがいなくなっても、ロラン王子の気は鎮まらない。むしろ昂ぶっているように見えた。
「ロラン王子……」
「ルーシェル、すまない」
「いえ。僕は気にしていませんから」
「そういうことじゃない」
「え?」
「今から言うことは、余以外に側近のクライスと、そなたの父クラヴィスしか知らぬ。だから誰にも口外せず、その言葉を胸に秘めておいてほしい」
「……わかりました」
「余は王になる」
ロラン王子はきっぱりと言った。
さして衝撃はない。なんとなく察するところがあった。ロラン王子の行動力、人に対する関わり方、物腰、そして同い年とは思えない覚悟の強さ――僕は自然と王子が国の君主になることを目指していることを知っていた。
それでも、こうしてはっきりとロラン王子の口から聞いたのは、初めてだった。
「姉上が言ったことは本当だ。そのために余はルーシェル――そなたの力を利用しようとしている。今回のことだけじゃない。学校祭の時も、余はそなたを利用した。……ルーシェル、余を軽蔑するか?」
「質問を質問で返すようで申し訳ないのですが、ロラン王子」
「なんだ?」
「王子は言われました。僕たちは友達だと。あれも僕を利用するための方便だったのですか?」
「そんなことはない! そもそもあの時は、そなたの力も知らなくて……。余は、いや余を真っ直ぐ見てくれるお前に惚れ込んだのだ」
「惚れ……?」
「あ! ち、ちちち違うぞ。惚れというのは、好き……いや、た、確かにルーシェルのことは好きだが、これは恋人とか、父上と母上がする、その……」
「ぷっ!」
「わ、笑うな、ルーシェル。余はこれでも本気なのだ」
「仕方ないじゃないですか。ロラン王子の顔がもの凄く真っ赤なんですから」
「る、ルーシェル! よ、余をからかっておるのか、お前は」
ついにロラン王子は怒り出す。
もう耳たぶまで真っ赤だ。
「恋人とか、夫婦とかともかく僕たちは友達です。――だったら、利用するとかそういうことではないと思います。まして軽蔑なんてしません。友達だから協力する。当たり前じゃないですか」
「ルーシェル……」
「それに国王陛下の命は、僕たち国民にとっても大事な命です。イヤと言われても、協力しますよ」
「……ありがとう、ルーシェル」
ロラン王子は目を手でごしごしと拭った。
それでも目の端には光るものが残っていた。王子は泣いていたのだ。
「正直に言うと、余はルーシェルに軽蔑されると思っていた。だから、心に秘めたことをずっと黙っていた。王になりたいなどといえば、それは利害関係になると思っていたからだ。だが、余とルーシェルは違う。少なくとも兄上や姉上とは……」
「はい。勿論です」
「ルーシェル、我もフェニックス討伐に連れて行ってはくれまいか」
「え? 危険ですよ、王子!」
「わかっている。でも、余は行く。行かねばならぬ。ルーシェル1人で行かせれば、それは結局人を駒としてしか見ていない姉上や兄上と同じになる。友達が危険という場所に行かせて、余だけ王宮でふんぞり返っているなどできぬ。足手まといは承知の上だ。何だったら、余を切り捨てても構わぬ。だから頼む、ルーシェル」
なんて高潔な瞳なんだ。
真っ直ぐ僕を射貫くロラン王子の目を見た時、少し懐かしく思ってしまった。その目は僕の生みの親ヤールム・ハウ・トリスタンと似ていたからだ。
ヤールム父様は僕に容赦なかった。極端に苛烈な性格は、僕だけじゃなくて、多くの人たちは震えさせた。でも、その芯部分では高潔でいて、【剣聖】としての責務を全うする覚悟があった。その重責を、僕は味わうまでもなく、山に追放された。
ロラン王子と、ヤールム父様は年齢も立場も違う。どちらも背負っているものの大切さと、背負う覚悟には似た部分があるように気がする。
「わかりました」
「ありがとう、ルーシェル」
「僕も誓わせていただきます。ロラン王子を無事王宮に帰還させること。そして元気になった国王陛下に対面させること……。そして王子を次期国王になってもらうようにお支えるすること」
「ルーシェル……。お前」
「ロラン王子ならなれます。きっといい国王に」
「ありがとう、ルーシェル。改めてよろしく頼む」
「こちらこそ」
ガッシリと僕たちは握手を交わす。
いつか握った手よりも、ロラン王子の手は温かく、かつ大きくなっているのを感じた。
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気が付けば、6巻。連載も3年目を迎えようとしております。
ここまでこれたのも読者の皆様のおかげです。
引き続きご愛顧をいただければ幸いです。