第241話 ロランの兄姉
「フェニックスの肝臓……!」
耳慣れないものの名前を聞いて、国王陛下の私室はしんと静まり返る。
まず静寂を破ったのは、僕の話に耳を傾けていた家臣の1人だ。
「いい加減したまえ。ロラン殿下の前だからこそ、大人しく聞いておったが『竜の呪い』だの『奇跡で治す』などまるで夢のようなことを喋りおって。ここは子どもの遊戯場ではないのだぞ」
「大臣、そなたこそ静かにしろ。子どもの遊戯場というなら、余も子どもだ」
「そ、それは……」
大臣さんは所在なく辺りを見渡す。決して大臣さんも僕たちを叱り付けたいわけではないだろう。国王陛下の御前だからこそ、現実的な話がしたいのだ。
「聞いたことがあります」
眼鏡を上げながら、御殿医さんが口を開いた。
「どんな難病も立ち所に癒すといわれる薬の材料の1つ。それが『フェニックスの肝臓』だと」
「はい。その『フェニックスの肝臓』で間違いありません」
「しかし、あれは伝説では?」
「そもそもフェニックスそのものが、伝説上の魔獣ではないのか、ルーシェル」
「いえ。フェニックスは実在します、王子。そしてフェニックスの肝臓もまた実在する材料の1つです」
僕は訴えるけど、やはりみんなにわかに信じがたいようだ。気持ちはわからないわけじゃない。フェニックスは色んな英雄譚に出てくる魔獣だけど、実物を見た人は果たして今この世にいるかどうかわからない貴重な魔獣だ。それだけ目撃例が少ないということでもある。
でも、僕は断言する。
フェニックスは実在する。
そして、その肝臓もまた……。
「ふむ。フェニックスが実在するか否かはともかく、その肝を食べれば、余はどうなるのだ?」
アウロ陛下は病床の上で髭を撫でながら、僕に尋ねた。
「そうだ。陛下に1度死んでもらうと言っていたな。どういうことだ、ルーシェル」
「フェニックスの肝臓は1度死んだ人間を生き返らせることができるほどの力を持つ薬なんだ」
「1度死んだ人間を生き返らせる!!」
「ただし亡くなった後、まだ内臓が温かいうちに薬を飲ませる必要があるけどね」
「それは死後でなければ意味がないのか?」
「そうです、王子。『フェニックスの肝臓』は生命が死んだ瞬間、体内に宿り寄生する。そうして宿主を生き返らせるんです」
どんな呪いも、対象となっている人間が死んでしまうと、強制的に解呪されてしまう。それは『竜牙の呪い』も同じだ。
「なるほど。父上を死亡させ、呪いを解呪してから、『フェニックスの肝臓』を飲ませるということか」
ロラン王子は顎に手を当て、考える。その横で大臣が「危険だ」と喚いていた。
「ユランの力がいつ戻るかわからない以上、現時点でできる最良の方法だと思います。いや、むしろ奇跡の力よりも確実な方法です」
奇跡の総量が元に戻れば、『竜牙の呪い』を解くことはいつか可能になる。でも、あの方法はその願いの強さによって結果が変わる。ロラン王子が失敗するしない以前に、方法として実は不確か過ぎるんだ。
「確実というなら、ルーシェルは何故この方法を取らなかったのだ?」
「ブルーシードです、ロラン王子」
「ブルーシード……!」
「フェニックスの肝臓を手に入れるには、ブルーシードが必要になります。それも大量の……」
「なるほど。ルーシェルはその時、大量のブルーシードの在処を知らなかったから」
「はい。ですが、今僕は……いえ、僕たちはその場所を知っています」
以前、偶然ロラン王子と訪れた王家の墓所ともいうべき場所。あそこに行けば、『フェニックスの肝臓』を採取できるほどのブルーシードがある。
すごい偶然だ。もしかしたら、王子とあそこに訪れたのは、何かしらの運命だったのかもしれない。
「ルーシェル、早速行くぞ」
「はい」
「我は行かんぞ。外は寒くて適わぬ」
ユランは歯をカタカタ鳴らしながら、断言する。そっか。忘れてた。どうしようかな。ユランならひとっ飛びなんだけど。いや、それ以上に僕1人でフェニックスを抑え込むのは難しい。かといって、ロラン王子に任せるわけにはいかない。
フレッティさんやレティヴィア騎士団の人なら、二つ返事で手伝ってくれるだろうけど、ちょっとレベルが違うんだよな、フェニックスは。できれば、僕ぐらい強く……。
「あ。そうだ――――」
『どけ! どかぬか!!』
その時だった。
私室の扉の向こうが騒がしい。
近衛と何かトラブルになっているみたいだ。近衛の制止する声に混じって、大人の男女の声がする。随分と高圧的な物言いだった。ついには近衛の制止を振り切ると、私室の中に入ってくる。
1人は鎧を纏った20代半ばの男性だ。
逆立ったダークブラウンの髪に、大きくて目力の強い瞳。身体は大きく、鎧の上からでも、その筋量の多さがわかるほど鍛え上げられていた。
さすがに帯剣はしていなかったけど、ズカズカとこっちに近づいてくる。
「ヴィクター兄様!」
ロラン王子が叫ぶ。驚いた。まさかロラン王子の兄様なんて。どことなく似ている? いや、違うな。異母兄弟なんだろうか。
「私もいるわよ」
進み出たのは、線の細い女性であった。腰までのびた銀髪に、ヴィクター王子やロラン王子と同じ青い瞳。色白というよりは、青白く見えるほど、血色が悪い。もしかして何か病気なのかもしれない。紫色のドレスに、首に薄いストールのようなものを巻いていた。
「セレナ姉さんまで……」
「なんだ、ロラン。兄や姉に対する態度ではないな」
ロラン王子がセレネ王女を睨むと、横合いからヴィクター王子が視線を遮るように入ってくる。
「ロラン王子、この方たちは?」
「ルーシェルは初めてだったな。でも、聞いていてわかっただろう。男の方は第3王子ヴィクター・ダラード・ミルデガード。女の方は第2王女セレナ・ダラード・ミルデガード。つまり……」
余の兄姉だ。
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