第240話 奇跡の総量
☆★☆★ 1月25日0時より コミカライズ更新 ☆★☆★
週末、ヤンマガWEBにてコミカライズ最新話が更新されます。
有料では納涼祭編が終了。ほっこりとした最後になっておりますので、
是非読んでみてください。
竜牙の呪いは、僕を長年苦しめた呪いだ。
断続的に現れる疼痛が特徴で、普通の薬や魔法では快癒は不可能。僕はこれが呪いだと知らずに小さい頃苦しめられ、ヤールム父様から追放されるきっかけにもなった。
その忌まわしい呪いが今、再び僕の前に現れた。
それも国王陛下に現れるなんて……。一体どこで……。
「まさか……」
ふと思い当たったのは、秋に王宮を襲撃した女の人のことだ。すでにあの時に、王様に仕込まれていたかもしれない。
いや、今は原因よりも一刻も早くこの呪いを解かなくちゃ。僕はまだ子どもでもそれなりに体力があったから、あの痛みに耐えることができた。でも、国王陛下はもう50になるという。今は大丈夫かもだけど、10年後にあの心臓がひっくり返るような痛みを受けたら、確実に陛下は死んでしまうだろう。
「……――――ル! ……シェル! ルーシェル!!」
ロラン王子に服の袖を引っ張られて、僕は我に返った。
そのロラン王子は僕を覗き込み、訴える。
「陛下は――――。父上は治るのか?」
僕を怒鳴りつけるように質問するけど、ロラン王子の顔は今には泣きだしそうだった。こんな王子の顔を見たのは初めてだ。でも気持ちはわかる。御殿医も見抜けない呪いに、自分の父親がかかっていると聞けば、不安になって当然だ。仮にクラヴィス父上が同じように『竜牙の呪い』かかったとすれば、きっと僕も王子と同じ顔をしたはずである。
「かつてこの呪いは僕もかかっていました。しかし、今僕はこの通り元気です。どうかご安心ください」
僕はなるべくロラン王子と、そして罹患者の国王陛下に安心してもらうように、優しげな口調で答えるのだった。
◆◇◆◇◆
竜牙の呪いは読んで字のごとく竜の呪いだ。竜――すなわちドラゴンは、生物の頂点に立つ種族。死してもその怨念は強く、牙を媒介とした呪いは、どんな解呪師も解けないと言われている。
僕もこの話を聞いた時、呪いと一生付き合っていくものだと思っていた。勿論色々なことを試したし、様々な魔獣食を食べてみたけど、効果はなかった。
結果、僕が解呪できたのは、1人のドラゴンとの出会いだった。
「ヘックション! さ、寒い!!」
厚手のコートに身を包んでなおガタガタと震えながら、王様の私室に入ってきたのは、ユランだ。寒さに苦手なホワイトドラゴンの少女は、真っ青な顔をしながら僕を睨む。
「ルーシェル、こんなクソ寒い時に、我を外に連れ出すでない!」
「ご、ごめん。そのことは謝るよ。だから一端静かにしてくれるかな、ユラン」
ずっとヴェンソンさんやリチルさんに人間としての常識を教えられているのに、ユランは未だに空気を読むということを知らない。まあ、ユランはさっき言った生物の頂点の一種だ。王様の私室だと聞いても、緊張することなんてないのだろう。
「ドラゴン娘ではないか?」
「なんだ、金髪王子か。それにそなたは確かこの国の王だったか?」
カタカタと震えながら、ユランはロラン王子と、ベッドに横たわる国王陛下を睨む。本当に怖い物知らずだな。しかも、今の言動でユランのことをよく知らない御殿医や家臣の人たちにまで不興を買ったかもしれない。実際、がらりと空気が変わったような気がした。
「あの時の銀髪の娘か。確か名前は……」
やや緊迫した空気になってしまって、どうやって収めようかと考えていたら、国王陛下自らが気さくに話しかけてくれた。ユランの無礼を気にした様子もなく、むしろ寒がったり、クレームを入れたり、と賑やかな空気を受け入れてくれているようにも感じる。
「ユランだ。どうした? ベッドに横たわっているということは、病にかかったか。我を呼ぶということは、相当な大病であろう」
普段は鈍いのに、こういう時だけは鋭い。僕以上に生きている竜だけはある。こっちとしては話が早くて助かるけど。
「その通りなんだ、ユラン。君の力を貸してほしい」
「……いつも出鱈目なことをするルーシェルが、我を頼るということは相当じゃな。ということは、まさか『竜牙の呪い』か」
「そのまさかなんだよ」
「やれやれ……。まったく人間というのはどれだけ愚かなのか。我が眷属の亡骸を呪いの道具としか見ておらんのか?」
憤慨を通り越して、ユランは呆れかえる。
「ユランの怒りはわかるよ。犯人はいつか捕まえないといけない。でも、まずは一刻も早く呪いを解かなきゃ。力を貸して欲しいんだ、ユラン」
「無理だ」
「え?」
突然、ユランに断られて、僕は真っ白になった。
そのユランは僕を真っ直ぐ見て、こう続ける。
「この竜牙の呪いは解けぬ」
「ど、どうして?」
僕だけじゃない。話を聞いて、ロラン王子や周りの家臣たちの顔が真っ青になる。神妙に言葉を受け止めたのは、当事者である国王陛下ただ1人だけだった。
「もしかして願いの強さのことを言ってるの? それならきっと……」
ユランは元『試練の竜』と呼ばれたホワイトドラゴンだ。己と力を比べ、その人間を極限に追い込むことによって、純粋な願いを聞き届ける。僕もこの方法によって、2度『竜牙の呪い』を解呪することができた。
ユランの試練には、僕はロラン王子に挑んでもらおうと考えていた。王子が持つ実の父親に元気になってもらいたいという願いは、きっと本物だ。必ずユランの試練に打ち勝ち、国王陛下にかかった呪いを解いてくれるはず――――僕はそう考えていた。しかし、ユランはまだ試練すら受けさせる前に、「無理」と断じたのだ。
「願いの強さを言っておるのではない。ルーシェルが考えているように、そこの金髪王子なら我が試練をくぐり抜けたかもしれん。だが、今は無理だ」
「どういうこと?」
「願いを叶えるとは、奇跡を達成することでもある」
ユラン曰く、奇跡には総量というものがあるらしい。その力が大きければ大きいほど、その総量は食われ、再び大きな奇跡を生むには何年も時間がかかるという。
竜牙の呪いを願いの力で解くのは、かなりの奇跡を使う。今奇跡を起こすことが難しい状態なのにもかかわらず、さらに難易度の高い奇跡を僕たちは達成しようとしている。
まさに奇跡中の奇跡を起こさなければならないというわけだ。
「そう何度も奇跡を起こされては、神からすればたまったものではないからな。我もそれ相応の試練を与えねばならぬことになる」
「具体的には……」
「世界にあるすべての戦力と、金髪王子――そなた1人で戦うと考えよ」
そんなの、流石に無理だ。人の意志とか、潜在能力を軽く超えている。
「ルーシェル……」
「申し訳ありません。おそらくユランの力を使って、『竜牙の呪い』を解くことは難しいかと……」
「そうか」
ロラン王子は肩を落とす。
俯いた顔は、まるで何十年と歳をとったように色あせて見えた。でも、これは仕方ない。ロラン王子にとっても、国王陛下にとっても、僕やユランは最終手段だったことは、想像に難くない。
何とか期待に応えてあげたいけど、今のところ良策は思い付かなかった。
僕が次の方策を練っていると、突然ロラン王子が僕に耳打ちした。
「ルーシェル、余から1つ提案があるのだが……」
「なんでしょうか?」
「いつかお前と一緒に取りに行ったブルーシードで、呪いは解けないだろうか」
ブルーシードは伝説の実と呼ばれる貴重な魔果実の一種だ。食べると、あらゆる身体の欠損部分が修復するといわれている。そして、何故この実が『伝説』と呼ばれているのか。それはブルーシードが、かの伝説的霊薬エリクサーの材料になるからだ。
さらに言うと、ブルーシードとミルデガードの王族は決して無関係ではない。エルドタートルの胃の粘膜に寄生し、成長するのだけど、そこは王族が禁足地として定められていた。おそらくブルーシードを巡って争いになることを回避したかったのだろう。
僕たちはたまたまかつての禁足地を見つけ、ロラン王子にかかった毒を快癒したのだ。
そのロラン王子の質問に、僕は首を振って答えた。
「難しいかと。ブルーシードも、そしてエリクサーも身体を元に戻す役目を担った霊薬です。呪いを一時的に解除することはできるでしょうが、その元を絶たなければ、また呪いにかかる可能性があります」
「身体にかかった呪いを解いても、呪いのもとを断たなければ、父上は治らないのか?」
それが呪いの恐ろしいところだ。毒ならば、解毒作用のある薬を飲んで、体内のに毒を除去すればいいだけだけど、呪いの元は体内ではなく、体外にある。それも遠隔で行われていることが多い。故に厄介なのだ。
「そうか。良い方法だと思ったのだが」
「はい。確かに良い方法だと思います、王子。ありがとうございます。おかげで1つ案を考えることができました」
「何か良い方策が見つかったのか? どんな方法だ? 金に糸目はつけぬ。いや、この命すら余は惜しくない。だから頼む。ルーシェル」
ロラン王子はまさに藁にも縋る思いで、僕の腕を掴んだ。やや興奮気味に、僕に質問する。
「ロラン、落ち着きなさい」
国王陛下の声に、ロラン王子はやっと我に返る。
「すまん。ルーシェル」
「いえ。気持ちはわかりますから」
本当にロラン王子は心から国王陛下に元気になってほしいのだろう。じゃなければ、「命すら惜しくない」なんて言葉は出てこないはず。
「それでルーシェルくん。余を治す良策とは何かね?」
「国王陛下には1度死んでもらい、そして生き返ってもらいます」
「は? ルーシェル、お前は何を言ってる。陛下を殺し、生き返ってもらう?」
「はい。実は1つだけ、人が生まれ変わる方法があるのです。それもとても安全な方法で」
そう1つだけある。
陛下に生まれ変わってもらう方法。
この方法なら呪いを解けるはず。
そしてなし崩しだけど、僕が作る魔獣料理は決まった。
「不死鳥フェニックス……」
その肝臓を陛下に召し上がっていただきます。
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久しぶりに『 役立たずと言われた王子、最強のもふもふ国家を再建する~ハズレスキル【料理】のレシピは実は万能でした~』という作品を投稿しております。
国をおわれた王子が、隣国の獣人の国で料理をしながら幸せに暮らすお話です。
宮廷料理がメインとなりますが、『公爵家の料理番様』の読者の方には是非読んでいただきたいです。
下部にリンクがございますので、そちらからどうぞ!