幕間 ある夏の山の出来事⑥
新年あけましておめでとうございます。
本年も『公爵家の料理番様』をよろしくお願いします。
そして1月中旬より新作の料理ものが連載開始されます。
『公爵家の料理番様』が好きな読者には気に入ってもらえると思います。
開始されましたら、こちらでも告知いたしますので是非読んでくださいね。
アルマと出会ったのは、僕が山に捨てられて10年ぐらい立ってからだと思う。その頃の僕は山での生活も慣れ、魔獣食によって力も付いてきた頃だ。いよいよ当時の山の王トロルと対決しようという時、そのトロルに襲われているアルマを見つけた。
突発的な戦闘になっちゃったけど、僕はトロルを激戦の末に倒し、襲われていたアルマを助けたんだ。
「懐かしいなあ。あの頃のアルマは、ルーベルとそっくりだったなあ」
懐かしい記憶を思い出す。
最初は引っかかれていたばかりで、その古傷はまだ指先に微かに残っている。
「実はルーシェルに言ってなかったってことは、その時のことなんだ」
よく考えたら、その時何故アルマがトロルに捕まったか、僕は知らなかった。当時アルマはまだ言葉を話すどころか、魔獣を食べたことがなかった幼体だった。
言葉を話せるのはずっと先だったし、あの時の状況を聞く頃にはもう僕たちは相棒になっていた。
「僕はてっきり君がトロルに攫われて、親が取り返そうとしたと思っていたけど、もしかして違うの?」
僕がトロルと激戦を繰り広げた場所からほど近いところに、アルマの母親は死んでいた。僕はお墓を作り、弔ったことを昨日のことように覚えている。自分の立場だったらと思うと、涙が止まらなかったからだ。
「あの時、ボクはね。母親に見捨てられたのさ」
アルマは母親と一緒に歩いているところに、突然トロルに遭遇した。その時、アルマの母親は自分の子どもをトロルに投げて、その場から逃げたという。しかし、トロルが投げた棍棒が、逃げるアルマの母親の後頭部に当たって、気絶した。その後、アルマの前で滅多打ちにされたそうだ。
「強者が残り、弱者が死ぬ。自然の中では当たり前のことなんだ。あの時、どっちが生き残る確率が高いか考えた時に、ボクの母親は自分を選んだ。たとえ母親が代わりになって、ボクが逃げたとしても、子どものボクじゃ。その後、生きていけなかっただろうからね」
「この娘も、君と同じだって思ってる?」
「多分ね。……でも、ボクはもう子どもじゃないし、この山の王……いや、神だ」
「うん。君ならそういうと思ったよ」
「ルーシェル、力を貸してくれるかい」
「勿論。君を山の神にしようとしたのは、僕だからね」
それに僕の計画の甘さがこういう結果になったなら、また償う必要がある。
アルマの前では色々学んだと胸を張ったけど、僕はまだまだだ。生きることの基礎すら知らなかった。いや、山を下りて、僕は少し忘れていたのかもしれない。
自然の厳しさという奴を……。
◆◇◆◇◆
僕たちは生け贄になった女の子を連れて、里にやってきた。再びアルマは黄金色の光を放ちながら、里の人の前に降臨する。まず生け贄になっていた女の子を、里の人たちに返した。
突然、生け贄を返されて、里人たちは狼狽していた。生け贄の女の子が粗相をしたのではと疑う人もいたけど、アルマはきっぱりと否定する。
「山の神様……。生け贄が気に入らなかったのでしょうか?」
「我に生け贄は不要だ。それに――――」
アルマは言葉を詰まらせた。
里人たちの姿を見ると、前に来た時よりもやせ細っている。
やはり僕たちにお供えを出したのが影響しているのだろう。
聞けば日照り続きで、川の水が涸れ、作物が育たないのだという。そんな時に、山の神が現れ、祠を作れと言ってきた。想像力を働かせた村人は、自分たちの生活が苦しくともお供えものを出してきたというわけだ。
よっぽど魔獣の脅しが利いたのだろう。
「お供えは有り難いが、我には不要だ。それにお供えがないからと怒るようなケチ臭い神ではない」
アルマは手を上げる。
合図だ。里の畑に隠れていた僕は、一気に魔法を開放する。
【成長促進】【技術全体化】【天使の祈り】【大蘇生】【状態異常無効】【俊敏性強化】【薬草の支配者】【眷属支配】【熱耐性】【冷気耐性】【水弾】【水属性吸収】【回復倍増】【光弾】【光属性吸収】【魔法強化】
得意の多重魔法を畑に付与する。
すると、枯れ果てた作物が【大蘇生】で蘇り、水と光を受け、さらに【成長促進】によって、ぐんぐんと成長していく。玉蜀黍は天を覆うほど伸び上がり、馬鈴薯畑は一面緑に覆われ、大きなジャガイモが畝からはみ出ていた。玉葱も、芋も丸々と実り、畑は完全に復活していた。
「おお!」
「すごい!」
「畑が蘇った!」
里人から歓声が上がる。泣いて喜ぶ人がいれば、早速馬鈴薯にがっつく子どももいた。
アルマはさらに豚と鶏を里人たちに返す。
「ありがとうございます、山の神。本当にいただいてよろしいのでしょうか?」
「我が望むことは、あの山に人が近づかぬことだ。それさえ守ってくれればいい。子々孫々、できれば永劫に……。人と魔獣がわかり合える時まで」
「かしこまりました」
長老が頭を下げると、里人たちも深々と頭を下げて、アルマにお礼を言う。
「もし飢えに困ってる時があるなら、我が祠を訪ねよ」
アルマはそう言い残して、再び里を後にする。
その後、生け贄もお供えもすることもなくなったという。ただ祠に毎日、里人が訪れては大人たちは祈りを、子どもたちは野花を供えて、山の神を讃えたそうだ。
それから後に、山はとある貴族の領地となるのだが、それはまた別のお話である。
◆◇◆◇◆
山の生活は時に過酷だけど、僕にとっては居心地のいいものだった。クラヴィス家が居心地良くないという意味ではないけど、やはり200年も住んでいると、自然の厳しさすら僕にとって住みやすいものに感じてしまう。
でも、さすがにずっといるわけにはいかない。僕はもう山の主でも王様でもない。クラヴィス家のルーシェルなのだから。
「すっかり長居しちゃった」
「全くだよ。これじゃ、あのお嬢ちゃんにこの夏、彼氏ができたってボク知らないよ」
「お嬢ちゃん? 彼氏? 何のこと?」
え? 本当に誰のことだろうか?
「これだからお子様は?」
『お世話になってしまった手前、否定してあげたいのですが、ルーシェルさんはもう少し女心というのを勉強された方がよろしいですね』
僕が首を傾げると、アルマだけじゃなく、後ろで聞いていたトーイも息を吐いた。わからないのは、僕とルーベルだけだ。
「ちょ! トーイさんまで」
「まだルーシェルには早いか。あと10年したら、ボクのところに来なよ。その時は、女心というのをみっちり教えてあげるよ」
『あなたがわかるの?』
「トーイ、その目はなんだよ」
ジト目で睨むトーイに、アルマはタジタジだ。女心はさっぱりだけど、2人が仲いいのはよくわかる。阿吽の呼吸? 僕もいつか誰かと結婚して、こんな風に屈託なく喋れる時があるんだろうか。
「世話になったな、ルーシェル。一応礼を言っておく」
「礼を言うのはこっちもだよ、アルマ。トーイさんも、ルーベルもありがとう。とても楽しかったよ」
『またアルマの話相手になってくださいね』
『ルーシェル兄ちゃん、また追いかけっこしよ』
トーイにはにこやかに送り出してもらい、ルーベルとは硬く握手をして、約束する。
僕は山を下りると、麓までアルマが着いてきてくれた。
「アルマ、嬉しかったよ」
「何が?」
「里の人たちに言ってたろ。『人と魔獣がわかり合える時まで』って……。アルマはそういう時がやってくると思ってるんだね」
「人生何が起こるかわからないからな。魔獣の肉を食べて、不老不死になったりするし、ひょんな事から人間と行動をともにしたりすることもあるし」
「魔獣を食べたりね」
「だからさ。ボクたちができたんだから、いつかそういう日がくるんじゃないかって、ボクは思ってる。そうすれば、大手を振ってボクもクラヴィス家に行けるし」
「僕はいつでも大歓迎だけどね」
「うん。でも、ダメだ。ボクはまだ魔獣の王様だから」
「だけど、いつか」
「ああ。いつかボクたちは……」
僕とアルマは再び別々の道を歩き始める。
でも、きっと僕たちの道はそう遠くない場所で繋がっているはずなんだ。
魔獣と人間の共生……。
その瞬間、僕の目標が決まった。