幕間 ある夏の山の出来事⑤
「我は山の神なり」
黄金色に光るアルマは、里の人たちの頭上で、声を響かせた。
「や、山の神さま……?」
「なんで魔獣の姿なんだ?」
「おらに聞かれても……」
突然の神様宣言。里の人たちはキョトンとしていたけど、再びアルマが小さな雷を落とした瞬間、しゃんと背筋を伸ばした。
「この姿は仮の姿……。子どものクアールに身をやつしているに過ぎぬ」
「なるほど。……それで山の神様が我々に何用でございましょうか?」
アルマの前に進み出てきたのは、高齢の男性だった。おそらく里の長老で、先ほどの青年の親か祖父かに当たる人だ。
長老はアルマの前で膝を突くと、耳を傾けた。
「そなたらは我が山に無断に分け入ったな」
「そ、それは――――」
「あの山は神聖な我の領域……。人が入っていい場所ではない」
「そ、そうとは知らず、申し訳ありません。このようなことは2度ないようにいたします。どうかお慈悲を……」
長老が言うと、アルマは口角を上げた。
「良かろう。ただし1つ条件がある」
「なんでしょうか?」
「山の麓に祭壇を作れ」
「祭壇……ですか?」
「豪華なものはいらぬ。河原で見つけた石を磨き、積み上げたものでも構わぬ。そこに神聖なものが祭られていることがわかれば良い」
「かしこまりました。すぐに作らせていただきます」
長老は深く頭を下げると、里の人たちもそれに習った。
「良いな。約束を違えれば、再び魔獣の軍勢が里を襲うだろう。このことは他の里やギルドに伝えるのだ」
『ははあ!!』
里の人たち平伏する。
すると、アルマは上昇を始め、一瞬にして空の彼方へと消えていった。
◆◇◆◇◆
「うまくいったね、アルマ」
戻ってきたアルマは、僕の顔を見てホッと息を吐く。さしもの皮肉屋も「神様」なんて大それたものになったから、緊張していたのだろう。カチカチになった筋肉をルーベルにもみほぐしてもらっていた。
周りには今回の芝居に協力してくれた魔獣たちが、僕が作った料理を食べている。その様子を見て、アルマは手を上げた。
「みんなもよくやってくれた。ありがとな」
『アルマさんの頼みなら断れないッスよ』
『世話になってるしな、アルマさんには』
『アルマさん、カッコ良かったッス! よっ! 神様!』
魔獣たちはアルマのことを持ち上げていた。この辺の魔獣のノリってあんな感じだっけ? リチルさんが言ってたな。確かああいうのって「体育会系」って言うんだよね。アルマを慕う魔獣の一部だと思うけど、ああいう風に愛嬌がいいと、なんか今度目の前に出現したら倒しにくいかも……。
というか、それを食べてた僕って……。
「ルーシェル。祠とかより、生け贄とかお供えとか要求しなくていいの」
アルマはルーベルに背中を揉んでもらいながら、僕に尋ねる。
チッチッチッ……。
まだ人間をわかってないなあ、アルマ君。
「大丈夫。僕たちはじっと見ていればいいから」
2日後……。
早速、里の人たちがやってきて、祠作りを始める。
立ち合ったのは、里の人だけじゃない。
ギルドの関係者や、聖職者の姿もあった。
聖職者は祠の前で呪文のようなものを唱える。
内容的には「神様許して」「お慈悲を!」「愛をください」的なことだ。
祠の設置が終わったのを見届けた後、再びアルマは人間の前に現れる。ギルドの関係者はアルマを生け捕りにしようとしたけど、簡単に捕まるアルマじゃない。また突風を飛ばして、ギルドの関係者を気絶させてしまった。聖職者や、里の人たちが膝を突き、許しを請うた。
「我は山の神……。我に敵意を向けることは神に矢を射ることだと知れ」
「も、申し訳ありません」
「ならば、それを徹底せよ。ここは山の神がいる神聖不可侵な場所であることを、多くの人間に知らせるのだ」
「ははぁ!!」
人間たちは深々と頭を下げる。
いつの間にか、山の神様が板についてきたようだ。
さらに3日後……。
大勢の里の人たちが祠の前に集結する。その手には俵や甕を持っていて、祠に捧げた。どうやら山の神に対する貢ぎ物らしい。
ギルドの人間はおろか、冒険者もいない。今回は里の人たちだけだった。
僕たちはその様子を草葉の陰から窺う。
「本当に持ってきた」
「だろ」
人間というのは面白い。強制されると反発するけど、逆に何も言わないと勝手に自分で動いてくれる。クラヴィス父上曰く、人間は獣よりも想像力がたくましいからだという。特に畏怖の対象には効果覿面だ。人間の中で様々なシミュレーションがなされた結果、僕たちが望んでもない行動を起こすのだ。
僕たちは里の者たちが帰った後、貢ぎ物を回収する。
取れたての野菜や、豚肉、鳥肉、卵などよりどりみどりだ。
僕はこれらを手伝ってくれた魔獣に還元するようにアルマに進言する。神様は人間だけでなく、山に住む魔獣にも敬意を持たれなければならないからだ。
「お前たち、それを食べたら人間の里を襲うんじゃないぞ」
『アイアイサー!』
魔獣たちはアルマに対して最敬礼をとる。
本当に変わった魔獣たちだ。
さらに一週間後……。
そろそろ僕もクラヴィス家に帰ろうかという頃、事件は起きた。
祠の前に女の子が泣きながら蹲っていた。アルマは話を聞くと、大人に祠の前に行けと言われたらしい。
よく見ると女の子は痩せていて、満足に食事を取れていないらしい。
「ルーシェル、これって……」
「たぶん生け贄だね」
恐らくだけど、里にはもう提供するお供え物がないのだろう。代わりに寄越したのは、この女の子というわけだ。
「ちょっと脅しがすぎたかな。でも、子どもを生け贄にするなんて」
「いや、ルーシェル。別にそれはボクたちもやることだよ」
「え?」
「ルーシェルに言ってなかったけどさ」
すると、アルマは僕たちが出会った時のことを話し始めた。
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