幕間 ある夏の山の出来事④
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有料最新話では、いよいよ「公爵家の料理番様」の中でもっとも大きな料理が出てきます(そう。あれです!) 是非読んでくださいね。
ある日のことだった。
アルマはルーベルを連れて、狩りの訓練を行っていた。
ルーベルはまだ子どもだ。けれど、クアールの幼体は1年もせずに親の行動を見て、狩りの訓練を始めるという。
訓練というと大それて聞こえるけど、要はアルマとルーベルの鬼ごっこだった。
当然、ルーベルは普通のクアールだから300年生きるアルマには勝てない。でも足腰を鍛えるには、森の中を走り回るのが一番だ。その日もアルマはルーベルを連れて、山を駆け回っていた。
「はあ……、はあ……。パパ、速いよ」
「まだまだ。根を上げるのは速いぞ、ルーベル」
ルーベルはヘトヘトな一方、アルマは髭を撫でながら余裕を見せる。夢中になって訓練をしていたら、気が付けばアルマたちは人里の近くまで来ていたことに気づいた。
「調子に乗って、人里まで来ちゃったか。そろそろ引き返そう」
アルマが踵を返した時、足を乗せていた枝が折れる。一瞬油断したとはいえ、そこはアルマだ。華麗に空中でくるりと回ると、うまく着地する。そこまで良かったのだけど……。
「なんだ?」
不意に人の声が聞こえた。
アルマは咄嗟に振り返ると、そこに人間の青年が立っていた。ルーベルの訓練に夢中になって、人間の探知を怠っていたのが原因だった。普段のアルマならすぐに気づいたはずだ。
この日空気が湿っていて、沼地から来る風が濁っていたせいもあるかもしれない。
青年はアルマを見なり、ギョッと目を剥く。そして――――。
「ば、バケモノ!!」
今にも失禁せん勢いで叫んだという。
対するアルマはというと……。
「だ、誰がバケモノだよ!! むしろ可愛いだろ!」
無意識にツッコミを入れた。
自他ともに認める、その愛らしい姿を見て、「バケモノ」と言われたことがよほどショックだったのだろう。さりとて問題だったのは、アルマが咄嗟に人間の言葉で喋ってしまったことだった。
「しゃ、喋ったぁぁぁああああ!!」
人間は持っていた剣を落として、一目散に山を下りていく。
危機は回避されたのだが、その後がよろしくなかった。
「その青年ってのが、里の有力者の息子だったんだ。たぶん人間がよくやる度胸試しって奴で、1人山に踏み込んできたんだと思う」
単なる平民なら戯言と誰も取り合わないだろう。聖職者なら、それを聞いて神の教えに背くといって、黙ったかもしれない。でも有力者の息子となれば、身元がしっかりしているぶん、安易に否定できなくなる。
「しかも、その息子……。どうやらギルドにまで退治を呼びかけたらしいぜ。よっぽどボクの姿が醜く見えたらしい。こんなに可愛いのにさ」
アルマは唇をとがらせ、モフモフの尻尾をしっしと振った。
「それで……」
「ギルドも加わって、山狩りさ。仕方ないのでボクが呼びかけて、魔獣には山奥の方に逃げてもらったけどね」
「え? なんでそんなことを?」
「決まってるだろ。魔獣に人を殺させないためさ」
「アルマ……。それって……」
「勘違いするなよ、ルーシェル。君が人間だからとか、元相棒だとか関係ない。むしろボクはよく人間を知っているからこうしているんだ」
仮にアルマが魔獣を移動させなかったら、多くの人間が魔獣に殺されていただろう。そうすれば、人間はもっと人を連れて、山狩りを行う。喋る魔獣がいると聞けば、きっとどこかの貴族が大量にお金を出してくれるだろうから、人も集めやすい。アルマは自分がきっかけとなったことだから、責任を以て、双方に迷惑にならないように立ち回っているのだ。
だけど、この件は喋る魔獣が見つからない限り騒動は終わらないと思う。
「いっそどこかの里でも焼き払ったら、怖くて手を出さなくなるかなあ」
アルマは眠たいのか、少しウトウトしながらとんでもないことを言い始める。根が魔獣だからか、アルマは悩んだり、考えたりするのが苦手だ。頭を使ったら、疲れて眠たくなってきたのかもしれない。
「それもいいかもしれないね」
「おいおい、ルーシェル。ボクは君が否定すると思って口にしているんだぞ。いつからジョークが通じなくなったんだい」
「脅すのも、殺すのも難しいなら、怖がらせるしかないかなって思ったのさ」
「もしかして、何か思い付いたのか?」
「聞いてみる? ボクのアイディア?」
「なんだか、嫌な予感がするんだけど」
「大丈夫。人間にも、魔獣にもメリットがある話だから」
ボクはニヤッと笑った。
◆◇◆◇◆
それはアルマたちが住む山の近くの里で、突然始まった。
「魔獣だ! 魔獣の群れが来たぞ!!」
どこからともなく子どもの悲鳴が聞こえてくる。家の中で仕事をしていた女たちは、雨戸から顔を出し、農作業していた男たちは鍬を振るう手を止めて、顔を上げる。すると村の外から砂煙が立ち上っているのが見えた。
それが何を意味しているのか、まだこの時村人たちは気づいていない。しかし、地面を揺るがす地鳴りを聞いて、正気じゃないことが起こっていることを察する。
本格的に事態を理解できたのは、里に設置された小さな鐘が鳴らされた時だった。
里にやってきたのは、たくさんの魔獣の軍勢だ。馬や豚、あるいはゴブリン系の獣人タイプの魔獣が列をなし、里に向かってきていた。その様子を見て、魔獣たちの逆襲だ、と叫ぶ。正常な判断ができる人間はほとんどいない。子ども連れて、みんな逃げるのが精一杯だった。
しかし、すでに里は魔獣に包囲されていた。1度は里を出た人々も、里の中央に戻って来る。一方魔獣たちは里の小さな柵を難なく越えて、里に侵入した。嘶き、あるいは遠吠えを上げながら、里の者たちを威嚇する。
万事休す。もはや里人たちにできることは、指を組んで神に祈る以外に方法はなかった。
「魔獣がなんで急に?」
「祟りじゃ! 祟りが起きたのじゃ」
「うわーん。ママぁ!」
人間の方も大変だ。狼狽える人もいれば、これが山の中に人間が入った報いだと声高に叫ぶ人もいる。あちこちから子どもたちが咽び泣く声が響いていた。ちょっとかわいそうだけど、人間と魔獣が共存するには、今の所この方法しか考えられない。
僕は【竜眼】で様子を窺う。同じく【竜眼】で里の人間たちを見ていたアルマは、少々複雑な表情をしていた。
「ルーシェル、大丈夫なのか?」
「今のところはね。あとは君次第だ。頑張って、神様」
カメレオンジュエルの皮を被った僕は、アルマの背中を叩く。そのアルマは渋々といった様子で【透明化】を解いた。
「ええい! こうなったらとことんやってやるよ!!」
アルマにやる気スイッチが入る。
僕と組んでいた時は怠惰で、めんどくさがったものだけど、父親になって性格に変化が出たのかもしれない。昔なら、きっとそっぽを向いていただろう。
アルマは【浮遊】を使って、空へと舞い上がる。さらに光属性の魔術を使って、身体を輝かせると、人間たちが集結していた中心に踊り出た。
「鳥か?」
「魔女か?」
「いや、違う」
『クアールだ!!』
突然、里の中心に降り立った光る謎のクアールを見て、魔獣が現れた時以上に慌てふためく。大人たちは悲鳴を上げ、魔獣をあまり見たことない子どもたちは、子犬サイズぐらいのクアールの幼体を見て、「かわいい」「お人形みたい」文字通り目を輝かせた。
人間の皆さんがどうしようか迷ってる様子を、こっそり目を開けて見たアルマは次なる段階に入る。
人間たちを中心に風を起こすと、近寄ってくる魔獣に対して解き放ったのだ。風は魔獣たちを吹き飛ばしていく。残った魔獣は慌てふためき、山へと戻っていった。
「すごい! 魔獣が逃げていった」
「どういうことだ? 魔獣が魔獣を……」
「助かった……」
九死に一生を得た里の人間たちは、ホッと胸を撫で下ろすと、その場に座り込む。しかし、問題なのはそこに残ったアルマだ。依然として神々しく光り輝き、里の者たちを見下ろすアルマは、ついに口を開いた。
「人間たちよ」
喋った! 魔獣が? と里の皆さんはどよめく。一際騒いでいたのは、例の青年だ。アルマの前に出てくると、「こいつだ」とばかりに指差す。
「ほら! いただろ! こいつが喋る魔獣だ! 俺が言ったことは――――」
「黙れ!」
アルマは雷の槍を青年に落とす。見事射貫かれた青年は命を落とすことはなかったものの、その場で気絶し倒れてしまった。青年を一瞬にして倒してしまった小さなクアールを見て、再び里の者たちは恐れおののき、ついには平伏する。
「聞け、人間たちよ」
「ははあ!」
「ぼ……じゃなかった、我は山の神なり」
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