幕間 ある夏の山の出来事③
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有料最新話ではルーシェルの力がついにロラン王子にバレてしまいます。
その時、王子が言った言葉は?
是非読んでくださいね。
袋の中から満を持して取り出したのは、赤身肉だった。
大きさは牛の比じゃなく、その赤身もまたルビーのように鮮やかだ。
「ルーシェル、それはもしや……」
『ジャイアントボーアの肉!!』
アルマが言う前に、ルーベルが目を輝かせながら叫んだ。小さくはみ出た牙からは、ポタポタと涎が垂れていて、興奮した尻尾は激しく揺れている。
ああ……。カワイイ。
拾った頃のアルマとそっくりだ。
そう思ったのだけど、アルマも横で尻尾を振っている。
血は繋がってなくても、アルマとルーベルはそっくりだ。
ちょっと羨ましい。
「ジャイアントボーアの肉は好きかい、ルーベル?」
『好き! パパがたまに狩ってくれるの』
『この人、たまにルーシェルさんの真似をして焼いてくれたりするんですよ』
「へ~。アルマが料理を」
意外だ。僕といた時は、手伝ってくれたことはあったけど、自分から積極的に動くことはなかった。そんなアルマが家族のために腕を振ろうとするなんてね。
「トーイ。よりにもよって、ルーシェルの前で」
「いいじゃないか。ルーベル、パパが焼いたジャイアントボーアの肉はおいしいかい?」
『おいしいよ。たまに焦がしたりするけど』
「ルーベルまで」
なんかニマニマが止まらない。
アルマは、僕の前では隙を見せないというか、完璧な自分を見せようとすることが多かった。だから、あまり余計なことはしない。僕は逆だから、よくアルマに怒られてばかりいた。
そんなアルマが料理をして、失敗したりしていると思うと……。親の気分ってこんな感じなのかな。
「ルーシェル、その顔やめろ」
「え~。だって~(ニマニマ)」
「だから、やめろって。もう」
「あはははは。ごめんごめん。その代わり、アルマが好きなヤツを作るから」
つーんと拗ねてしまったアルマの髭がピンと立つ。
「ついでにアルマでも失敗しない料理の方法を教えてあげるよ」
「ルーシェル。お前、人間の里に行って、ちょっと性格悪くなったよなあ」
そんなことはないけどなあ。
レティヴィア公爵家や、ジーマ初等学校で色々な人と出会って、人と人との距離感を学んだからかもしれない。というよりは、僕自身きっと久しぶりに会った相棒を見て、浮かれているんだろう。
僕は料理を続ける。
実はすでに下拵えは済んでいて、ブリザードホエールの袋から醤油漬けにしたジャイアントボーアの肉に取り出す。少し常温で寝かせた後、肉の表面についた醤油をよく拭き取り、鍋を使って肉の側面を丁寧に焼いていった。
やや表面がカリッとするぐらい焼き色を付けたら、鍋から肉を取り上げ、代わりにいちょう切りにした馬鈴薯と、くし切りにした玉葱を入れて、炒める。
鍋の中の野菜を平らに整えると、ジャイアントボーアの肉をのせ、蓋をした。しばらく蒸し焼きにしたら、火を止めて、長めに時間をとって蒸らした後、ジャイアントボーアの肉と野菜を取り出し、残り汁を使ってソースを作れば……。
「お水のいらないローストビーフの出来上がり!!」
『おお!!』
アルマ、ルーベル、トーイの思考が重なる。
さらに包丁で肉を切り、綺麗な断面を見て、3匹はまた唸り上げた。
僕は肉を切り、最後にソースをかけると、3人の前に皿を置く。
「なんか山で食べるのが勿体ないぐらい綺麗な料理だな」
『ええ……。このままずっと見ていたいわ』
『ぼくは食べたいよ』
ルーベルは涎を飲み込む。
「ふふふ。アルマ、それだけでいいのかい? 君が好きなのは、こっちの方だろ?」
僕はたった今炊き上がった釜の蓋を開ける。そこには色・艶ともに最高の白いご飯が輝いていた。僕は丼に盛り、1度皿に乗せた肉を次々と丼に盛っていく。
「ほわわわわ……」
『宝石だわ。肉の宝石が輝いている』
『おいしそう』
アルマの家族は今にも爆発しそうだ。ここで「よし」と合図したら、僕の腕ごと食べられるかもしれない。
でも、まだ僕は「よし」と言わない。
だって今日は折角アルマに会えたのだ。こんな時ぐらい、ドンドン奮発しないとね。
「ふふふ……。最後にこれを……」
「そ、それはまさか!!」
僕が【収納】から取り出した金の卵を見て、アルマは反応する。
「そう。君が好きな金翅鴉の卵だよ」
「おおおおおおおおおおおお!!」
アルマは横で見ていたルーベルたちが驚くぐらい、声を上げる。いよいよお父さん然としていたアルマの顔が、いつもの食いしん坊のクアールになっていた。
僕はローストビーフ丼の中央にポケットを作ると、貴重な金翅鴉の卵を落とす。ぷるっとした黄身は、ポケットの中でくるっと回って鮮やかに着地した。薄らと赤みが残るローストビーフと、金翅鴉の卵、そして銀米の色調はアルマだけじゃなく、僕のお腹さえを唸らせる。
「お待たせ」
ジャイアントボーアのローストビーフ丼(金翅鴉の卵付き)だよ。
「おお!」
唸ったアルマの目から涙がこぼれていた。
僕たちの共通認識では、不老不死となった原因であるドラゴングランドで間違いないのだけど、アルマが次に好きなのはこのジャイアントボーアのお肉なのだ。
特にローストビーフ丼が好きで、ジャイアントボーアを狩った時は必ずといっていいほど、この料理をせがんでいた。
「夢にまでみたローストビーフ丼だ」
「アルマに会ったら、絶対作ろうと思っててね」
『パパが泣いてる』
『たまに寝言で言ってたものね』
涙を流すアルマを見て、ルーベルとトーイは苦笑いを浮かべる。
「ありがとう、ルーシェル」
「さ。食べてみてよ」
「うん」
アルマは早速手を合わせて、ローストビーフ丼を食べ始める。アルマの食べ方は豪快で、ちょっと特殊だ。大きく口を開けると、卵の黄身を割って肉全体に絡める前に、肉と一緒に一気にかぶりつくのだ。
「うっっっっっまあああああ!!」
アルマは咀嚼しながら食べる。
「やわらかく、旨みたっぷりのジャイアントボーアのローストビーフが溜まらないよ! そこに濃厚なコクを持つ金翅鴉の卵が、口の中に絡まって……モグモグ。さらに銀米の旨みが……モグモグ。さ、最高過ぎる……モグモグ」
アルマの涙は止まらない。
いっそ涙で塩を加えているような状態だ。
よっぽど魔獣料理に飢えていたのだろう。こんなことなら、早く戻ってきてあげれば良かった。
『おいしい。すっごくやわらかいはこのお肉』
『うまいうまい。パパが食べたがったのもわかるよ』
トーイもルーベルも夢中になって食べている。喜んでもらえて良かった。
「お肉は蒸し焼きにすると、とってもやわらかく、しかもおいしくできるんだよ」
「蒸すって……。ルーシェルは全然水を使っていなかったじゃないか」
「野菜の中の水を使ったのさ」
「野菜の? あの中にそんなに水が入ってるのか?」
僕は頷く。
ただどの野菜にも全部水分が入っているかといえば、そうではない。僕たちがよく使っていた、自然に生えてる馬鈴薯や玉葱はやはり育つ環境によって水分量が違ったりする。【知恵者】に倣いながら、作物を育てていたけど、僕たちが素人であることに代わりはない。その点クラヴィス家で使う野菜は、代々小作人や村の人たち丁寧に作り、守ってきたものだ。
いくら僕たちが300年生きているからって、やはり歴史の長さが違う。
「すごいな。ルーシェル、腕を上げたんじゃないか」
「クラヴィス家でずっと鍛えられてるからね。ソンホーさんっていう料理長が、もの凄い技術を持ってるんだ。他の料理人たちもすごくて」
「ルーシェルの動きを見てたら。なんというか、洗練されてるっていうか」
料理人って感じがした……。
アルマにそう言われると、ちょっと照れくさいな。あれ……。なんか涙が……。
「なんだ、ルーシェル泣いてるのか?」
「君だって泣いてるじゃないか?」
僕は泣いているアルマを見て笑う。
アルマは泣いている僕を見て、ぎこちなく笑っていた。
(うん。帰ってきて良かった)
クラヴィス家はもう僕の家でもあるけど、やっぱり僕の故郷はヤールム家ではなく、この山だ。
それを再確認できた里帰りだった。
◆◇◆◇◆
夜になると、山の中は真っ暗だ。
さらに肌寒く、平地でいる服のままだったら、凍えていたかもしれない。
僕は焚き火を焚いて、引き続きアルマとクラヴィス家や学校のことを話していた。
トーイとルーベルは、お腹いっぱいになって気持ち良くなったのだろう。ローストビーフ丼を食べ終えると、すっかり寝入ってしまった。ちなみに昔、僕が寝ていたベッドはルーベルが占領している。
いよいよ話も尽きようかという頃、僕はアルマに気になっていることを尋ねた。
「アルマ、最近山はどう?」
「その言い方? もう気づいているんだな」
「うん。ここに来るまでに痕跡を見つけたからね」
「ああ。その事でボクも頭を悩ませているところさ。山の王としてね」
「僕なら相談に乗るよ」
「そうだな。ルーシェルが山に戻ってきたのも、何か縁かもな」
少しアルマはもったいぶった言い方をした後、鋭い視線で話を切り出した。
「最近、この山に……」
人間が出入りしているんだ……。








