幕間 ある夏の山の出来事②
僕は早速料理を開始した。
山の中の炊事場で料理を作るのも1年ぶりだ。レティヴィア家の炊事場みたいに調理道具が揃っているわけじゃないけど、僕はここで200年近く過ごしてきた。
勝手知ったるなんとやらで、身体が自然と動いてしまう。
『何をしているの?』
僕が小麦粉で作った生地を伸ばしていると、アルマの息子のルーベルがひょこっと僕の脇から顔を出した。最初出会った時は、すごく警戒していたけど、今はすっかり友達だ。脇に当たるルーベルの毛はとてもフワフワで、気持ち良かった。
ダメだ。調理に集中しなければ……。
「マカロニを作っているんだよ」
『マカロニ?』
「この後の料理に入れようと思ってるんだ。ルーベル、手伝ってみる」
『いいの?』
「きっと楽しいよ」
僕はひとまとまりにした生地を20分ほど寝かせた後、打ち粉をして薄く伸ばしていく。
「これを適当な大きさにしてほしいんだ。そうだね」
何か物差しになるようなものはないかと考えた時、ルーベルの小さな足に目がいった。その足をそっと持ち上げ、カワイイ肉球を見つめる。
「うん。ルーベルの肉球ぐらいが理想かな」
『ぼくの肉球?』
ルーベルは恐る恐る生地に足を置く。すると、その肉球の形通りの生マカロニができあがった。
「おお。いいじゃねぇか」
『面白いわね、わたしもやってみようかしら』
トーイも参戦して、クアールの肉球の形をした生マカロニを作り始める。2匹はペタンと判子みたいに足を置いて、次々と肉球型の生地を作っていった。
『楽しいね、ママ』
『ええ。とっても』
2人は楽しそうだ。
家族の嬉しそうな姿を見て、アルマも頬を緩めていた。
「あんな、嬉しそうな2匹を見るのは久しぶりだな」
「久しぶり? アルマ――――」
「ボクもやらせてもらうよ」
アルマも2匹に混じる。
一瞬だけど、アルマの顔が少し寂しそうに見えた。
『ルーシェル、どうしたの?』
ふとルーベルのクリクリのお目々と視線が合う。
ただそれだけなのに、なんか癒されてしまった。
「なんでもないよ」
僕は料理を再開する。
茸を食べやすいように切って、さらに馬鈴薯を一口大に切る。玉葱は薄切りにしていった。
「そして今回の注目食材はこれだ」
取り出したのは海老だ。
一般的によく出てくる海老だけど、ルーベルもトーイも目を輝かせる。アルマも驚いていて、マカロニ作りを止めて、ボウルに入った海老に目を落とした。
『これが海老なのですね』
『川海老より大きいね、パパ』
「お、おう」
アルマたちが珍しがるのも当然だ。ここは山の中なので、基本的に海の幸を目にする機会は少ない。昔は山を離れて、アルマと一緒に海を見に行ったりもしていたけど、恐らく山の主になったアルマには、子どもを連れて遠出するほどの時間はないだろう。
「たまには海の幸もいいと思ってね」
『お肉もいいけど、海老も食べてみたい』
『いいわね。お肉と比べて、ヘルシーだし』
ルーベルとトーイは興味津々だ。
アルマもボウルに入った海老から目を離せないらしく、じっと見つめていた。
僕はその海老の殻をむき、背わたを取っていく。
下拵えが終わったら、竈に移動していよいよ調理を開始だ。
鍋に羊脂を入れて、玉葱、茸を入れる。マカロニを入れながら、羊脂の芳醇な匂いにルーベルが癒されていた。そこに小麦粉を加えて、粉っぽさがなくなるまで炒めたら、牛乳を少しずつ加え、とろみがつくまでかき混ぜていく。
先ほどの剥きエビ、一口大に切った馬鈴薯、そしてルーベルたちに手伝ってもらったマカロニを加えて、肉と野菜から取っただし汁と、塩胡椒を加えて混ぜていく。
海老とマカロニに火が通ったら、火蜥蜴の鱗で作った容器に具材を盛り、チーズ、パン粉を乗せて、ピザ窯に入れた。
そして炊事場から持ってきた砂時計をひっくり返す。
「砂時計を2回ひっくり返したら」
海老のマカロニグラタンの出来上がりだ!
牛乳を入れて、シルクのように美しかったマカロニグラタンは、ピザ窯で焼いたことによって、香ばしく狐色になっていた。海老の赤は宝石みたいに映え、時々火山の噴火みたいにグツグツと湯気を吐いている。焼けたチーズの香りは芳醇で、作った僕でさえお腹がキュッと締め付けられた。
ルーベルもトーイも鼻をヒクヒクさせながら、その完成を喜ぶ。
『食べていい?』
言いながらルーベルの口がグラタンに伸びてく。
「熱いから気を付けろよ、ルーベル」
『あちっ!』
「ほら。言わんこっちゃない」
アルマはルーベルの鼻についたグラタンを舐めてやる。ふーん。なんか新鮮な光景だな。アルマが誰かの世話を積極的に焼いてあげるところ、初めて見たかも。僕といた時は、どっちかというと「しょうがないなあ」って感じで渋々だったのに。
お父さんになったってことかな?
なんか微笑ましい。
「何をニマニマしてるんだよ、ルーシェル。気持ち悪い」
「いや~。アルマってお父さんなんだなって――――って、気持ち悪いはひどくない?」
「本当の事を言っただけさ」
相変わらず口が悪いなあ。僕の相棒は。
一方、ルーベルはトーイにグラタンを冷ましてもらうと、口を開けてがっつき始めた。アルマがそうだったのだけど、クアールは基本的に雑食だ。何でも食べるし、基本的にNGはない。
料理をする人間としては、アルマほど作りがいのある魔獣はいなかった。
『おいしい。おいしいよ、これ』
「グラタンっていうだよ」
『グラタン好き! それにこれ……』
グラタンを食べる口を止めて、ルーベルが示したのは、肉球の形をしたマカロニだ。ふっくらしてモチモチしている上に、とろみがついたホワイトソースと、酸味の利いたチーズとの相性は抜群だ。
海老も豪快に食べると、海の幸から染み渡る塩気に舌鼓を打っていた。
『おいしいよ、ママ』
『そうね。でも、ママはこっちも好きかも』
トーイが食べていたのは、2品目の魚料理だ。橄欖油を引いた鍋でみじん切りにしたニンニク、あらかじめ塩を振って寝かせていたタラの切り身を焼いていく。ここでポイントはニンニクの香りをタラに移すことだ。こうすることによって、タラの臭みを抑制していく。
両面に焼き目を入れたら、砂抜きしたアサリ、水、白ワイン、塩を混ぜて、ひと煮立ち。アサリの殻が開き、タラに火が通ったら、器に盛る。
最後に刻んだハーブを入れたら……。
「タラの切り身で作るアクアパッツァの完成だ」
淡い桃色の切り身に、一際目立つ輪切りにされたトマト。今でも熱々で、底の汁からはまだ気泡が上がっていた。
トーイは鼻先をつけ、慎重に咀嚼する。
『おいしい! アクアパッツァって初めて食べたけど、こんなにおいしいなんて』
感動するトーイを見て、ルーベルも気になって、皿に顔を近づけた。
「うまい! これもうまいよ」
皿の上で、花火が開いたような輪切りにされたトマトは美しく、淡い桃色のタラもどこか雅だ。その周りをアサリがくっついていて、華やかな料理だった。
アクアパッツァは見た目だけじゃない。
橄欖油に塩とワインというシンプルな調理方法の料理は、それだけに奥が深く、舌に馴染む。
特に魚介系の食材はアクアパッツァとの相性は最高で、海を経験した僕にとって、その皿は1つの小さな海に近い。
アサリの塩気と、タラの淡白でいながらボリューミーな食感は素晴らしいの一言だ。そこにまさしく花を添えるトマトは、酸味をもたらすとともに、料理をお洒落に演出していた。
『おいしかった……』
満足そうにルーベルはお腹をさする。
トーイも同様らしく、母子揃って、膨らんだお腹に鼓を打っていた。
そんな2匹を見て、僕は不敵に笑う。
「そんなんで満足なのかい?
ここからが僕の本領発揮なのに……。








