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第237話 こどもたちの褒賞式

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 時は流れ……。


 ジーマ初等学校に冬の気配を感じ始めた頃、僕たちは突如講堂に集められた。

 今では王宮も王都も復興が進み、平穏を取り戻しつつある。王都に張られた【結界】も強化されたらしく、例の魔導具についても解析され、対策されたらしい。

 その魔導具を設置した反獣人派は捕まったものの、国王陛下を狙った女の人は捕まっていない。


 とはいえ、あれから騒動という騒動は起きておらず、僕たちはこうして冬の寒さに縮こまりながら、今日を迎えていた。


「講堂で何が始まるんだろう? リーリス、何か聞いてる?」


「いえ。わたしは何も……」


 リーリスは首を振る。

 その横でガタガタと震えている女の子がいた。

 ユランだ。うつらうつらとして眠そうだ。


「うう……。寒い。眠い」


「ユラン、しっかり!」


「僕のマグマ石をあげるから」


 ユランはホワイトドラゴンだけど、寒くなると冬眠してしまう。

 今日は特に寒いし、講堂の中は冷え切っていて、ユランには少し酷かもしれない。

 周りも似たような状況の中、寒さが吹き飛ぶような出来事が起こった。


「今日はみなさんのために、素敵なゲストに来ていただきました」


 学校司祭長のアルテンさん自ら、ゲストを紹介する。

 突然講堂にカーテンが引かれ、暗くなると、周りの教職員たちが一斉に膝を突いた。

 舞台に魔法灯が当たる。登壇した人間の姿を見て、悲鳴に近い驚きの声が響いた。

 僕もリーリスも思わず絶句する。驚いていないのはユランぐらいだ。


「あれって……、国王陛下?」


 間違いない。僕が王宮で見た国王陛下だ。

 普段は王宮の奥の間にいる陛下が、お膝元とはいえ、ジーマ初等学校にいる。

 どれだけ栄誉なことなのか。子どもの僕でもわかる。


「みなさん、国王陛下に拝跪を……」


「よい」


 アルテンさんの言葉を、国王陛下は手で制す。


「今日の主役は子どもたちだ。堅苦しいのは良かろう、アルテンよ」


「かしこまりました」


 アルテンさんは柔らかく陛下に笑いかけると、会釈して舞台袖に下がる。

 1人になった舞台で国王陛下はにこやかな笑みを浮かべながら、キラキラと目を輝かせる子どもたちを見つめた。


「改めて余こそミルデガード王国国王アウロ・ダラード・ミルデガードである」


 その言葉を聞いた時、ずっと鎮まっていた生徒たちは熱狂的な声を上げた。

 歓声が講堂の天井を突き破らんばかりに轟き、無数の拍手が叩かれる。

 中には国王陛下に会えて、泣き出す生徒もいた。ナーエルもその1人だ。横のレーネルに肩を叩かれていた。貴族でも国王陛下に滅多に会うことができないのだ。平民ならなおのことかもしれない。


「余がここに来たのはジーマ子ども祭について、そなたらを労うためだ。遅くなってしまったが、約束通り頑張った者に褒賞を与えに来た。即ち余に謁見し、頭を撫でられるという栄誉だ。ただ余に謁見するのは、すでに叶っておる。しかし片方において、そなたらはまだ叶っておらん。褒賞がなんであるか、賢きそなたなら何かわかるであろう」


 陛下の言葉に、ざわついていた講堂にピンと緊張の糸が張られた。

 多くの生徒が、ゴクリと息を呑み、自然と胸の前で指を組む。


「残念ながら余は会場に赴けなかったが、多くの家臣から子ども祭の活況ぶりを聞いておる。そこで起こったこと、無論催しの点数についても査定させてもらった。総合的に判断し、余は決断した」


 少し間を置いた後、陛下は生徒の名前を上げた。


「カナリア・ギル・カンサイベーン」


 瞬間、わっとみんなの視線がカナリアに向けられる。

 本人も信じられないらしい。いつもなら糸を引いている目も、大きく見開らかれていた。驚いていたのは、僕も同じだ。まさかカナリアが褒賞の対象者なんて。

 国王陛下に促されると、カナリアは恐る恐る壇上へと近づいていく。得意の話術でどんな人間とも喋ることができるカナリアでも、さすがに国王陛下の前に出ることは緊張するものらしい。


「カナリア・ギル・カンサイベーン。そなたが作ったたこ焼きは、多くの生徒や父兄を魅了した。また卓越した話術は見事である。よって褒賞にふさわしいと考え、下賜するものとする」


 国王陛下はカナリアの頭を撫でる。

 珍しくカナリアは頬を染めて、照れていた。


「おおきに、国王陛下。むっちゃ嬉しいです」


「そなたのたこ焼き、是非1度食べてみたいものだな」


「是非。何なら御用商人を向かわせますので。ほっぺた落ちてしまうぐらいおいしいですよ」


「ぬはははは! それは楽しみじゃ」


「それはお許しいただいたということでよろしいですか? よっしゃ。任せてください。100個でも、1000個でも作りまっせ。なんやったら、うちがその場で焼きましょ」


 あはは……。やっぱりカナリアはカナリアだな。

 最初は緊張していたけど、商売の話になると目の色が変わる。

 さすがの国王陛下もちょっと引いてるような気がするけど……。


 これにてカナリアの褒賞式が終わる――かに見えた。

 褒賞を貰えなかった生徒たちが落胆する中、陛下の声が響き渡る。

 国王陛下は次の生徒の名前を呼んだのだ。壇上に呼ばれ、国王陛下から褒賞を受ける。


「あの子……」


「ルーシェル、知ってるんですか?」


「鍛冶場の見学に来た生徒だよ。熱心に鍛冶場の仕事について聞いてた」


 さすがに全部というわけじゃないけど、子ども祭で使われている食器や調理道具は鍛冶場を見学した生徒たちが作ったものだ。あれから鍛冶場に通って、作り上げたらしい。

 実際、国王陛下が彼を選んだのも、そんな理由だった。


 褒賞者は2人もいたのかと思ったのは、もうそれだけではなかった。

 国王陛下は次々と壇上に生徒を呼び、それぞれの功績を話し、「よくやった」と頭を撫でる。それが10人を越え、50人を越えるぐらいになって、僕も他の生徒たちも気付き始める。おそらく国王陛下は生徒全員の労うつもりなのだ。


 僕たちの周りで最初に声をかけられたのは、ナーエルだった。


「ナーエル・オリス」


「は、はひぃ!」


 国王陛下に名前を呼ばれただけで、ナーエルはガチガチだ。

 表情は青ざめ、全身が震えている。今にも卒倒しそうだった。


 他の生徒と同様に功績を称え、頭を撫でるだけかと思ったけど、ナーエルは少し違った。


「我が臣下の息子クモワース・フル・ミードの窮地を助けたのは誠か?」


「そ、それは……」


 クモワースがブルーバットベアーに襲われているのを、ナーエルとレーネルが助けたことは事実だ。ナーエルがその窮地を知らせなかったら、クモワースはこの世にいなかったかもしれない。


 でも、それを公で認めてしまうと、ミード伯爵の格を下げてしまう。

 本来は貴族は領民を守るものだ。正確に言えばナーエルは領民ではないのだけど、守られるべき平民である。逆に貴族が平民に守られたと噂されれ、口さがない人たちが伯爵を笑うのは必定。ナーエルもそれを知っているから、答えられなかった。


「本当です」


 壇上でナーエルがマゴマゴしているのを見て、クモワース本人だ。

 取り巻きたちが止めていたけど、クモワースは正直に答えた。


「ぼくはその平民に命を助けてもらいました」


 その発言に、当のナーエルは驚いていた。

 他の貴族の子息や令嬢も同様だ。

 これまでのクモワースの行いを見ていた僕たちも、驚きを隠せない。

 確かに子ども祭以降のクモワースは得意の悪戯をすることもなく、むしろ真面目に勉学に励んでいるようには見えたけど……。


「おい、へい……。ナーエル、本当のことを言えよ」


 クモワースに促されたナーエルは、1度息を呑む。

 国王陛下の方を向いて、頷いた。


「はい。その通りです、陛下」


 素直に答える。

 一体何が始まるのだろう。

 妙な空気が降りてきて、講堂は一時鎮まる。


 その空気を破ったのは、国王陛下だった。

 褒賞式が始まって、一番の笑顔を見せた陛下はナーエルの頭をゆっくりと撫でる。


「よくやってくれた。我が国民を守ったそなたこそ褒められるべきだ」


「ありがとうございます」


 国王陛下の恩寵にナーエルは戸惑いながら、感謝の言葉を返す。

 さらに陛下は壇上に登ったクモワースの方を向いた。


「クモワース・フル・ミードよ」


「は、はい」


「そなたもよくぞ正直に申した」


 そう言って、クモワースの頭も撫でる。


「よ、良いのでしょうか? お、おれは王国貴族として、正しい振る舞いをできませんでした。それどころか、平民の前で恥を」


「良い良い。そなたはまだ子どもだ。だからこそ、挽回できる未来はいくらでもある。引き続き勉強に、稽古に励むが良い。そして今度こそ愛すべき領民を、逆にナーエルを守れる貴族となるがよい」


「はい! このクモワース! 陛下のため、国のため、そして国民のために頑張ります!」


 クモワースは国王の前で宣誓する。

 まるで英雄譚みたいに出てくる騎士みたいだ。

 自然と拍手が沸き上がる。


「素敵な光景ですわ」


「うん。まさしく僕やロラン王子が望んでいたことだからね」


 子ども祭を実行する意義は、貴族と平民を近づけること。

 お互いを知り、お互いの役目を知ってもらうことだった。

 今、壇上で起こっていることは、まさしく僕たちが望んだ光景なのだと思う。


 ロラン王子はとても賢い。その父である国王陛下もまた頭の切れるお方なのだろう。

 もしかしたら、王子の意図を汲み、今回のような演出を狙ったのかもしれない。

 それでも国王陛下の差配に、僕は感謝しかなかった。





 そんな一幕もありつつ、褒賞式はつつがなく進んでいく。

 壇上に呼ばれていないのは、僕、リーリス、ロラン王子、ユランだけだ。

 実行委員会の初期メンバーである。


 すると、4人1度に名前を呼ばれ、僕たちはついに登壇した。


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