第236話 2人の魔女
校舎の裏に煌々と明かりが付いていた。
僕はゆっくりと近づいていく。
広がっていた光景を見て、僕は思わず立ち尽くしてしまった。
校庭に立ち上る大きな火柱。
その周りではジーマ初等学校の生徒たちが集まっていた。
「あ。ルーシェル先生だ」
「え? ルーシェル?」
「ルーシェルだ!」
「遅い! 早く来い!」
僕の教え子たちや、同級生たちが手を振る。
「みんな、帰ったんじゃ……」
「そんなわけないだろ!」
僕の肩を叩いたのは、ロラン王子だった。
びっくりしたか、とばかりに王子は悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「子ども祭の主催は子どもで、そして子ども祭実行委員は余たちだ。続行か否かを決めるのは、余たちだ」
「でも、王都が大変なのに」
「大変な時だからだこそ、みんな一緒にいた方がいい。それにな。子どもってのは、我がままなもんだろう」
ロラン王子は目で合図する。
王子はやる気満々らしい。
いや、ロラン王子だけじゃないのだろう。
ここにいる生徒全員が、まだベッドに潜らず、大人のいうことを聞かずに留まっている我がままな子どもなのだ。
「ルーシェル」
僕に声をかけたのは、リーリスだった。
その後ろにはレーネル、ナーエル、カルゴ先輩、カナリアまでいる。いつの間にか戻ってきていたユランは、餌付けされたらしく屋台で余った食材をガシガシと食べながら、こっちを見ていた。
リーリスは1歩、僕の方に歩み寄る。
まだ演劇で使った吟遊詩人の恰好をしていた。演劇での王女様の恰好もデザインがこっていて、それを着るリーリスの姿も見たかったけど、やはりこっちの方がリーリスには合っていた。まるで森の中から出てきた、精霊のようにリーリスはいつもより一層美しく思えた。
「……」
僕は息を呑んでしまう。
リーリスはスカートの裾を摘まみ、優雅な所作で僕の方に頭を下げた。
「ようこそジーマ初等学校の後夜祭にお越しくださいました。ルーシェル先生、どうぞ楽しんでいってください」
リーリスがそう言うと、ロラン王子は突如手を上げる。いつの間にか手には指揮棒が握られていた。それを軽く振った瞬間、緩やかな音が流れ始める。半年間、ロラン王子が鍛え上げた子ども管弦楽団だ。トワイライトコンサートが潰されたこともあるのだろう。気合いの入った音を、校庭に響かせる。
その音を聞いて、子どもたちは想いの相手とダンスを踊り始める。音楽も踊りの繊細さも、大人が開く社交界には負けるかもしれないけど、みんなが楽しんでいた。
レーネルがナーエルの手をとって、リードすれば、カルゴさんがカナリアに翻弄されながら火柱の前でくるくると踊っている。ロラン王子は月に向かって、バイオリンの音を捧げていた。ユランは変わらず屋台の林檎飴を頬張っている。
楽しそうなみんなの姿を見た後、僕はリーリスの前に膝をついた。
「リーリス」
「はい」
手を差し出す。
「僕と踊ってくれませんか?」
「……! 喜んで!」
リーリスは僕の手を取る。
ゆったりとした動きで、僕たちは音に合わせ始めた。
「よかった」
「ん? 何か言った、リーリス?」
「何も……。ルーシェル、来年もやりましょうね、子ども祭」
「もちろん!」
色々あったけど、ジーマ子ども祭は終幕した。大成功といっていいかわからないし、胸を張って学内差別が払拭できたとはいえないけど……。1人で2人でもいいから、この今の楽しさが、みんなが団結して出来上がったものだと気づいてくれればいいと、僕は思った。
「それにしても……」
僕はふと夜空を見上げる。
2人の謎の女性が消えていったあの空をだ。
「どうしました、ルーシェル?」
「ううん。なんでもない」
僕は首を振る。
でも、一抹の不安が胸の中から払われることはない。
脳裏によぎるのは、2人目の女性の口元だ。
(あの口もと……)
どこかで見たような気がする……。
◆◇◆◇◆
仮面の女と、ローブの女はミルデガード王国王都東にある森へと逃げ込んでいた。誰も追ってこないことを確認した後、警戒を解く。
膝を突き、先に頭を垂れたのは仮面の女だった。
「申し訳ありません。国王暗殺に失敗しました。私の責任です。ここは死して……」
そこまで言いかけて、仮面の女は顔を上げた。今まさに死して責任をとろうとしている女の前で、ローブの女は西の空を見つめている。まったく聞いていない所作に、仮面の女はどこか慌てた様子で質問した。
「あの……」
「ごめんなさい。まったく聞いてなかったわ。なんと言ったかしら」
「死んで……」
「お止めなさい。魔女のあなたにとって、死はなんの罰にもならない。それはあなたもわかっているのではなくて?」
指摘されると『魔女』と呼ばれた女は項垂れた。仮面越しでも、唇に力を入れているのがわかる。
「あなた自身にあなたの命の生殺与奪の権利はないの。それを理解できているなら、次の仕事で挽回しなさい」
「はっ……」
仮面の女は浮かない様子で、小さく返事する。あからさまに態度に出たことに、フードの女はまた叱るのかと思ったが、西の方を呆然と見つめていた。
「先ほどからどうされたのですか、リスティーナ様?」
「さっきの……。子どもだったわね」
「あ……。はい。子ども相手に」
「責めてるわけではないの。その割りには随分な魔力量だったわ」
「側に【剣王】がおるのを見ましたが、比較しても子どもの方が上かと。気になるなら、調べますが……」
「放っておきましょう。所詮子どもだし。でも……。あの子、どこかで見たことあるのよね」
フードの女は顎に手を当て考える。
ふとよぎった記憶に、何か痛みにでも堪えるように眉宇を動かした後、再び空を見上げた。
「まさかね……」