第235話 不審な女の人
【天羽の衣】
僕は魔法を使う。
直後、大きな爆発音が王の間に響いた。
続いて「陛下!」とアルヴィンさんが叫ぶ声が聞こえる。
他の兵士や近衛たちも固唾を呑み、爆発の中心地にいる国王陛下を見つめていた。
わずかな余韻が残る中、煙が晴れる。
国王陛下と侵入者の間に、魔法で強化された僕が立っていた。
勿論、陛下は無事だ。
「陛下!!」
「案ずるな、アルヴィン。無事だ。この子が……、ルーシェルが守ってくれた」
ふー。間一髪だった。
魔法ではなく、矢や投げ槍だったら間に合わなかったかもしれない。
いや、反省は後だ。今は突然現れた侵入者の方が問題だろう。
身体にフィットした黒装束。
顔には骸骨のような仮面をしているけど、体格からして女の人であることは間違いない。
「チッ!」
女の人は仮面の下で舌打ちする。
そのまま踵を返して、破ったステンドグラスから外に出て行こうとした。
「待て!!」
僕は【天羽の衣】に魔力を込める。以前倒したフォーリンエンジェルという悪魔を倒したことによって得た魔法には、身体を強化することと他にも1つの機能がある。それが――――。
「翼?」
背後の国王陛下が、僕の背中からはえた銀翼を見て、息を飲んだ。真っ新な銀羽根が舞い落ちるのを、アルヴィンさんや兵士の皆さんも見ている。僕は大きく銀翼を羽ばたかせると、一気に飛び上がった。
「待て! ルーシェルくん。これは罠かもしれないぞ」
「わかってます。だから、深追いはしません」
僕は王の間から出て行った。
アルヴィンさんの言う通り、侵入者は放っておいた方がいい。あの女の人は陽動で、他にも侵入者がいて、その人間が国王陛下を弑逆するという可能性もある。それでも、僕が追いかけたのは、あの女の人が只者ではないということだ。
子ども祭の会場だけではなく、王都や王宮に協力な魔獣を召喚する魔導具を設置した。そもそもAランクの魔獣を湯水のように召喚するシステム自体、僕は知らないし、原理すら皆目見当も付かない。
明らかに今の技術にそぐわない。
でも、僕はそんなことができる者の存在を知っている。すなわち――――。
ヒュッ!
僕が【天羽の衣】を展開して、侵入者を追いかけていると突如目の前が光った。禍々しい音を立てて、黒い槍が高速で近づいてくる。僕はギリギリで回避したが、片翼の一部が被弾する。魔力出力のバランスを失った僕は呆気なく落下した。
「誰?」
侵入者の魔法じゃない。多分新手だ。
地面に激突する前に僕は体勢を整える。3階建ての建物に降り立ち、空を見上げた。予想した通り、先ほどの侵入者に加えて、もう1人――こっちはローブをすっぽりと頭から被っていた。フードを目深に被っていて、顔を確認できないけど、かろうじて見える口元からして、侵入者と同性だろう。
その口元は笑っていた。
間違いない。僕を見て笑っていたのだ。
僕に声をかけることはなかったが、その口元は「バイバイ」と動いていたように思う。2人は【浮遊】の魔法を使うと、そのまま東の方へと消えて行った。
◆◇◆◇◆
「ルーシェルくん」
王の間に戻ってきた僕を、アルヴィン閣下は出迎える。僕の身体のことを心配してくれたけど、特に怪我はない。けれど、あのまま交戦になっていたらどうなっていただろう。勝利する自信はあるけど、侵入者もあとで合流した人もまだ力を隠している可能性が高い。まともにやり合えば、無傷ではすまなかったかもしれない。
「すみません。逃げられました」
「いい。君が無事ならな。……まったく。君が只者ではないことは頭でわかっているが、レティヴィア家の息子であることを自覚してほしいものだな」
「ごめんなさい」
「いや。でも、おかげで助かった。勲章ものだぞ」
「勲章なんてそんな……。それよりも国王陛下は?」
「避難された。王宮にはいくつか秘密の隠し部屋があるからな……。心配しておられたぞ、ルーシェルくんのこと」
「そうですか。恐縮です」
「さて、後のことは大人に任せてくれ。君には君の仕事があるだろ」
「あ。そうか。子ども祭!」
「さすがに中止にせざるを得ないだろうな」
「そう。ですよね……」
僕は下を向いた。
子ども祭だけの被害だけではない。
王都全体に大変なことになっているのだ。
もはや祭りをやっている場合じゃないだろう。
「気落ちするな。初等学校の生活は長い。また来年もやればいい。俺ももう少し長く、娘といたかったがな」
「必ず……、必ず来年も子ども祭を開催できるように頑張ります」
「うむ。期待してるぞ」
アルヴィン閣下は僕の背中をちょっと強めに叩くのだった。
◆◇◆◇◆
王宮が安全になったことを改めて【竜眼】で確認した後、僕は1度ジーマ初等学校に戻った。
校舎の灯りは落とされ、しんと静まり返っている。きっとみんな帰ってしまったのだろうと思ったけど、僕の強化された耳は人の話し声を捉えた。しかも、子どもの声だ。
気になって、校舎の裏に回る。徐々に見えてきたのは、煌々とした明かりだった。
「え?」
広がっていた光景を見て、僕は思わず立ち尽くしてしまった。