第234話 国王アウロ2世
ユランに外壁の守備を任せて、僕とアルヴィンさんは王宮の中へと入っていく。
案の定、ブルーバットベアーが王宮の中にまで入り込んでいた。
その光景にアルヴィンさんは息を飲む。
ミルデガード王国は世界でも珍しい、魔族の侵攻がなかった国だ。
だから、王国の歴史上これほどの魔獣が王宮に入ったのは初めてのはず。
いや、組織だって攻められたことすらないはずだ。
「アルヴィンさん」
「わかっておる」
アルヴィンさんはタンッと地を蹴った。
衛兵に群がるブルーバットベアーを膾斬りにする。
そこまでしなくてもブルーバットベアーは倒せたと思うけど、アルヴィンさんの怒りが手心を拒否したのだろう。実際、【剣王】の顔には怒れる獅子のように皺が寄っていた。【剣王】というよりは、【獣王】だ。どっちも合ってるけどね。
あっという間に、視界にいるブルーバットベアーを倒してしまう。
「すごい」
でも、ちょっとやり過ぎな感じがする。
これでは八つ当たりだ。
僕は【収納】の中から小さく黒い実を取り出す。
「アルヴィンさん、これを飲んでください?」
「ん? 今はそんな気分では……」
「失礼」
僕は黒い実を弾き、アルヴィンさんの口の中に入れる。
アルヴィンさんは反射的に飲み込んだ瞬間、「ぐぇ!」と悲鳴を上げた。
「に、にがっ! なんだね、これは!? 目が回りそうだ!」
「コヒの実を焙煎したものです。目覚ましにはちょうどいいんですよ。気分もスッキリしたでしょ?」
「俺は目が覚めているのだが……。確かに少し気分が落ち着いてきたように感じます」
「一旦落ち着きましょう。閣下が怒るのもわかるのですが、この事態を引き起こした人間はかなり賢いです。アルヴィン閣下の精神に付け入る可能性もあります」
「確かにな。すまん、ルーシェルくん。まだまだ修行が足りぬようだ」
先ほど火柱のように猛っていたアルヴィンさんはようやく落ち着きを取り戻す。
僕は少しホッとした。
「冷静でいられないのは仕方ないと思います。王宮に魔獣の侵入を許したのですから」
「いや、それだけではない。ここに召喚用の魔導具があるとしたら、外敵が王宮に忍び込んだということだ。本来、そうできないようにするのが、我らの務めのはず」
魔獣に入られたこと以上に、そっちが気がかりだったのか。
言われてみれば確かにそうだ。
でも、それほどの大事を起こせる人間が、王宮に入ってただ魔導具を仕掛けて帰ったのだろうか。いや、そもそも相手の目的がわからないのだから、考えても仕方ないかもしれないけど。
僕が考えていると、アルヴィンさんは自身の頬を両手でパチリと叩いた。
「俺はこのまま国王陛下がおわす、玉座の間に進む。君は召喚の魔導具を見つけてくれないか。たぶん今の俺よりも君の方が適任だ」
「わかりました」
僕が頷くと、アルヴィンさんは走り出す。
そのスピードは暴風に等しい。廊下に溢れるブルーバットベアーを蹴散らすと、血の霧が舞った。
【竜眼】
僕は僕のやるべきことをやる。
スキルを使って、王宮をくまなく探した。
さほど難しいことじゃない。
召喚されるブルーバットベアーから流れる魔力の元を辿っていけば済む話だ。
普通の【鑑定】ならダメだけど、僕の【竜眼】なら調べることができる。
「あった」
僕は【転送】の魔法を使う。
長距離は難しいけど、短距離なら一瞬で移動できる魔法だ。
僕は王宮の廊下に突如現れる。
一瞬、身を竦めたのは廊下にワラワラと群がっていたブルーバットベアーだ。
「君たちは邪魔だよ」
【水弾】
水の弾が目の前に現れる。
指で弾いた瞬間、ブルーバットベアーの急所を射貫いた。
一瞬にして魔晶化してしまい、黒い石だけになる。
一連の流れを見て、ブルーバットベアーは大きく吠え、僕を威嚇する。
直後、僕に襲いかかってきた。
僕は手を地面に置く。
【土槍】
地面から槍が飛び出し、向かってくるブルーバットベアーの急所を射貫く。
槍は1本だけじゃない。石畳の地面から無数に生えると、大きな隈の魔獣は串刺しとなった。それまで吠えていたブルーバットベアーは途端に静かになる。パリパリパリパリと次々と魔晶化していった。
「ふう」
息を吐き、僕は手を側にあった魔導具に向ける。
そこにも【土槍】を打ち込むと、魔導具は完全に停止した。
トラップはないことは、すでに【竜眼】で確認済みだ。
これで王都にある召喚魔導具は、全基壊したはず。
「アルヴィンさんと合流しよう」
僕は王の間へと向かった。
◆◇◆◇◆
王の間へと移動する。
廊下には魔晶化したブルーバットベアーの石が、無数に転がっていた。
アルヴィンさんがやったのだろうか。そう考えると戦慄する。純粋な剣だけなら、アルヴィンさんは父上以上かもしれない。そんなことを考えつつ、僕は王の間へと辿り着く。多くの兵士が1人の男性の前で傅いていた。その中の1人がアルヴィンさんだ。
アルヴィンさんが頭を垂れる向こうに立っている男の人を見て、僕はすぐに気づく。
猛々しく揺れる黄金色の髪。年の頃は50歳前後だと思うけど、ピンと伸びた背筋にガッシリとした肩幅。胸板も硬そうだ。燃えるような金色の眉毛。その下にある深い青色の瞳は鋭く、今僕に向けられていた。
思わず身が竦む。
身体中から漂ってくる威厳に比べれば、ブルーバットベアーなど目ではないだろう。
間違いない。この人こそミルデガード王国の国王アウロ2世だ。
「アルヴィンよ。あの者のことか?」
どうやら僕のことを話していたらしい。
アルヴィンさんは慌てて振り返った。
「ルーシェルくん!」
ええっと……。こういう時、どうしたらいいのだろうか。
王の御前だから僕も膝をついて話した方がいいんだろうね。
でも、すごい緊張して動けないよ。何せ国王陛下の御前だ。
300年前では遠目で見ることがあっても、こんなに近くでお顔を拝むことはなかった。
僕はともかく膝を突く。
「は、初めまして、国王陛下。ルーシェル・グラン・レティヴィアと申します」
「アルヴィンから事情は聞いた。少々信じられない話だが、この戦場の中で子どもが無傷で立っているということは、何よりも証拠だな」
「恐れ入ります。それで――――」
僕は魔導具を破壊したことを話そうとした時だった。
ちょうど国王の背後に、1人の女性が現れたのだ。
家臣? あるいは給仕? いや、何か様子がおかしい。
女性は手を掲げ、魔力を込める。
「危ない!!」
僕が叫ぶ声が、王の間いっぱいに広がった。