第230話 変なヤツら
☆★☆★ 新刊情報 ☆★☆★
9月12日に「おっさん勇者は鍛冶屋でスローライフはじめました」単行本第2巻が発売されます。
読者の皆様のおかげで、1巻が緊急重版した作品となります。
「公爵家の料理番様」同様、人気シリーズにしたいと思いますので、ご予約よろしくお願いします。
◆◇◆◇◆ クモワース ◆◇◆◇◆
周りの生徒や教員たちが騎士団の誘導に従って避難する中、こっそり大人たちの目を盗み、逆走する3人の生徒たちの姿があった。
ジーマ初等学校の問題児クモワースと、取り巻きのアーラとシャイロだ。
彼らが向かっているのは、今戦場になっている校舎の方である。もはや自殺行為に近い蛮行なのだが、そこは子ども故か自分たちが何をやっているか理解できていないらしい。
「クモワースさん、いいんスか?」
意気揚々と先頭を歩くクモワースにシャイロが声をかけた。クモワースはまるで英雄譚に出てくる勇者のように胸を張って歩いているが、シャイロとアーラは別だ。そのアーラもシャイロの問いかけに乗っかる。
「ぼくたちもにげた方がいいんじゃ」
怖々とした声音であったが、勿論クモワースを恐れてではない。今にも側の茂みから現れるのではないかというブルーバットベアーを怖がっているのだ。
「お前たち、おれたちがなにものか忘れたのか?」
「えっと……。子ども祭の子ども衛兵?」
「そうだ。こういう時におれたちが活躍しなくてどうするんだよ」
子ども衛兵というだけあって、3人は武装していた。薄い鉄でできた前掛けに、子どもでも振れるショートスピアを握っている。スピアに関しては、刃引きはされたものだ。さすがに本物を持たせてもらえるほど、運営は甘くはなかった。
「でも、こういうのは大人に任せたほうが」
「そうですよ。騎士団に任せましょうよ」
アーラとシャイロが説得するのだが、頑固なクモワースはまったく聞く耳を持たない。足を止める気配もなく、ドンドンと校舎に近づきつつあった。
「騎士団は今、生徒たちをにがすだけで手一杯だ。だから、おれたちは逃げ遅れた生徒をさがしてたすけるんだよ」
急にクモワースがまともなことを言い始めて、アーラとシャイロは思わず顔を合わせてしまった。
「それでおれたちが生徒をたすけたらどうなると思う?」
「えっと……」
「ほめられる?」
「ああ。ほめられるだろう。教師や、おれたちを悪者あつかいする生徒たちを見返せる。あのチビ教師だって、『クモワースさん、凄いです。参りました』と土下座するに違いない」
えっへんと胸を張る。
はっきり言って、なんでそうなるかわからず、アーラたちは肩を竦めた。
「ユランさんだって、おれを勇敢な男とみとめてくれるはず。それにな。何より……」
しししっとクモワースは気味の悪い声で笑い始めた。やっと足を止めたかと思えば、アーラとシャイロのほうを振り返る。
「そういうのをたすけたら、きっとおれたちに国王陛下から褒賞をもらえるぞ」
その言葉を聞いて、それまでぶるぶると震えていたシャイロとアーラの肩が止まった。思わず『確かに』と頷くと、再びクモワースの後をついていく。やる気になった2人を見て、得意げに鼻の頭を上げると、校舎の方に向かって進んだ。
「せめて赤い実を食べた方が」
「バカ。食べたら魔獣が近づいてこないだろ」
中庭にある花園にさしかかったところで、薔薇の木が揺れる。
「誰かそこにいるのか? 安心しろ。このクモワース・フル・ミードが助けてやるからな」
クモワースはダッシュする。
すると、ぬっと薔薇の木を越え、大きな影が現れる。それを見て、クモワースたちは一瞬言葉を失った。小さく震えていた生徒を想像していただけに、そのギャップは恐怖以外の何者でもなかった。
3人は同時に絶叫する。
「「「ギャアアアアアアアア!! 魔獣ううううううううううううう!!!!」」」
クモワースたちに気づくと、ブルーバットベアーが吠えて、威嚇する。それを聞いて、先ほどまで勇ましいことを言っていたクモワースも含め、3人は震え上がった。
「く、クモワースさん! なんで逃げるんですか?」
「魔獣をやっつけるって言ってたじゃないですか?」
「うううううるさい! あれはダメだ。近くに生徒がいないだろ!」
「じゃあ、ぼくたちを助けてくださいよ!」
アーラとシャイロは半泣きになりながら、全速力で逃げる。途中、石畳の段差に引っかかると、2人は同時に転けた。それに気づかずに先頭を走っていたクモワースは逃げ続ける。
「く、クモワースさん!」
「たすけ――――」
アーラとシャイロにブルーバットベアーが迫る。目を瞑った時、その巨体は2人の頭上を素通りしてしまう。そのままクモワースを追いかけ続けた。
「た、助かった? でも、どうなってんだ?」
「あっ……」
シャイロはポンと手を打つ。
「クモワース様、まだ赤い実を食べてないんだ」
「そうだ! クモワースさん、赤い実! 赤い実を食べてください!!」
アーラは叫ぶのだが、クモワースはそれどころではない。しかもパニックになったクモワースは握っていた赤い実をブルーバットベアーに投げつける。当然効果などまったくなかった。
こんなことなら持っていたスピアを投げた方がマシなのだが、そんな思考さえ頭に浮かばない。
ついにクモワースは袋小路に追い込まれる。
半分ちびりながら――いやもうとっくにちびっているのだが――大きな魔獣を前にして、稀代の悪童は大泣きしていた。
「ぱ、パパぁぁぁああああ!!」
そして絶叫する。
次の瞬間、クモワースの前に人影が現れた。
頭に耳がついた特徴的なシルエットを見て、クモワースがピンとくる。
「レーネル!!」
クモワースは声をかけるのだが、レーネルは振り返らない。猛犬のように唸りながら、ブルーバットベアーを威嚇している。それが利いているのか、あるいはレーネルが口に含んだヴァンパイアキラーの効果か。ブルーバットベアーは踏み込んでくることはない。やがて背を向けると、どこかへ行ってしまった。
「ふぅ……」
レーネルは息を吐く。
「大丈夫、クモワース?」
「う、うん……」
頬に涙の痕を残しながら、クモワースはかろうじて反応する。
「ナーエル。もう大丈夫だよ」
というと、ナーエルが角から顔を出した。
「へ、平民の女――――痛ッ!」
「感謝しなよ。君たちが校舎の方に向かって行くのを見つけたのは、ナーエルなんだから」
レーネルは人形みたいに固まったクモワースを小突いた。
「レーネル、暴力は」
「大丈夫。これぐらいじゃ凹まないよ、ナーエル。どうせまたやらかすんだから」
レーネルは辟易した様子で、肩を竦める。
「それよりも逃げるよ。赤い実の効果もいつまで続くかわからないし」
クモワースが落とした赤い実を拾ってくると、その口にねじ込んだ。
レーネルとナーエルはその場を後にしようとするのだが、クモワースは動こうとしない。
「ちょっとクモワース。もう行くよ」
「ここは危ないのですよ、クモワースくん」
「そ、それが……」
「「??」」
「こ、腰が抜けてうごけない」
クモワースはまた涙を流す。
レーネルとナーエルはしばらく唖然としていたが、同時にプッと噴き出す。
しばし戦場とは思えないかろやかな笑い声が響く。
「とことん世話のかかる奴だな、クモワースって」
「大丈夫ですか?」
2人は肩を貸し、クモワースを引き上げる。
レーネルたちにとって、クモワースは宿敵だ。ルーシェルと敵対する原因を作った親玉でもあった。
それでも2人はクモワースに肩を貸す。
「なんで助けるんだよ、おれなんか」
「別にいいでしょ。ナーエルに聞いてよ」
「え? わ、わたし……。そ、そうですね。同じ……生徒だからでしょうか?」
「なんだ、それ?」
変な奴……。