第229話 ヴァンパイアキラー
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納涼祭の準備に追われるルーシェル。
懐かしい相棒とも再会する一方、残されたリーリス、ユランは……?
てぇてぇ内容になってますので、是非!
空に広がった穴から、ブルーバットベアが落ちてくる。
子ども祭――その会場となった場所に次々と降り立った。
『ルーシェル、見えているか?』
ロラン王子の声が、【移声】の魔導石から聞こえてくる。
かなりの緊急事態なのに、ロラン王子の声は僕が握る魔導石のように冷えていた。
「はい。見えてます」
『この量のブルーバットベア、恐らくだがヤツらの狙いは獣人でも、子ども祭でもない』
「どういうことですか、王子?」
『ブルーバットベアをざっと200匹は確認した。Aランクの魔獣が200匹だ。これは戦力でいえば、1個師団に相当する。もうこれは立派な軍隊だ』
「え……?」
僕は思わず絶句する。
ロラン王子は構わず話を続けた。
『それが王都のど真ん中に現れた。つまり、あいつらの狙いは……』
「王宮……?」
『その可能性は高いだろうな』
割り込んできたのは、カリム兄さんだった。
どうやらレーネルの魔導石を使ってるらしい。
『反獣人派に問い詰めたが、箱の中身は爆弾としか知らされていなかったようだ』
「実際は大規模な召喚魔法を行う魔導具だったということですか?」
『彼らも体よく使われたのさ。他の誰かにね』
普通、あんな物騒なものを王都の中に入れるのは至難の業だ。
でも反獣人派であるなら、爆薬やそれ以上に危ないものを入れるルートを知っている。
それを知った上で、誰かが爆弾を偽って、反獣人派の人たちにここまで運ばせたんだろう。ジーマ初等学校から国王陛下がいる王宮まで目と鼻の先だ。場所としてもちょうど良かったんだと思う。
今思えば、公園に現れたブルーバットベアーはこの時のための予行演習だったのかもしれない。
『主犯を捜すのは後回しだ。このままではまずいぞ』
現れた魔獣に子ども祭はもうパニックだ。
「退路を確保しろ。ミルディ! リチル! 参加者の誘導を」
フレッティさんはすぐ切り替え、参加者の護衛と避難を始めていた。
さすがフレッティさんだ。判断が早い。
『キャアアアアアアア!!』
悲鳴が魔導石から聞こえた。
ナーエルの声だった。
「大丈夫、ナーエル! レーネル!」
『大丈夫だ。心配ない』
返答したのはカリム兄さんだ。
おそらくブルーバットベアーに襲われたのだろう。
3人がいるのは、子ども祭会場の外れだ。
かなり広い範囲にブルーバットベアーが出現している。
学園全体がすでに取り囲まれているかもしれない。そうなると逃げ場はなくてなってしまう。
このままでは初めての子ども祭で怪我人が出るかもしれない。
折角、半年かけてやってきたのに……。
少しずつだけど、平民と貴族のわだかまりがなくなってきたのに……。
こんなに素敵な祭りを来年も、再来年もできなくなるなんて絶対にダメだ。
貴族と平民が共に手を取る未来。それを実現するためにも、子ども祭は必要なんだから。
「ロラン王子、あれを使いますよ」
『あれって? そうか。まだあれがあったか?』
『王子、ルーシェル。君たちは一体何を……。あれとは?』
『ルーシェルが考えた、対魔獣用の兵器よ』
『へ、兵器?』
ロラン王子の言葉に、カリム兄さんは素っ頓狂な声を上げた。
かなり驚いているけど、『兵器』と聞いて、どんなものを想像してるんだろう。
『ルーシェル、そ、それは大丈夫なものなのかい? その……(校舎を吹っ飛ばしたり、とか)』
「何か言いましたか、カリム兄さん?」
『いや、何でもない』
「ご心配なく。あの兵器なら、今の状況をひっくり返すことができます」
僕は【拡声】を使って、声を大きくする。
「ジーマ初等学校の生徒と教員のみなさんにお知らせします。今、学校は緊急事態にあります。至急、赤い実を食べてください」
僕は今の言葉を【輪声】の魔法を使って、繰り返す。
通達を聞いた教員は、近くにいた子どもに指示し、言われるまま事前に渡しておいた種を飲み込んだ。
『ルーシェル、種を飲み込んだが、この後どうすればいい。これで口から火でも吹くことができるのか?』
「そんな危ない種を渡しませんよ、王子」
『なんだ、つまらぬなあ』
今が緊急事態って認識あるのかな、ロラン王子。
修羅場には慣れてるって言ってたけど、さすがに余裕がありすぎるでしょ。
「火を吹くよりももっと凄いですよ」
すると、近くで悲鳴を聞こえた。
女子生徒数人がブルーバットベアーに襲われている。
それを見た僕は、女子たちに「赤い実」を飲み込むように指示した。
どうやら僕の授業を受けている生徒らしい。
言われるままに種を飲み込む。
効果はすぐに現れた。
『うがががががッッッッ!!』
悲鳴を上げたのは、ブルーバットベアーだった。
その爪が女子生徒の顔を引っ掻こうとした時、動きが止まる。
鋭い爪のついた手を自分の鼻先に近づけると、鼻穴をおさえる。
さらに目から涙が流し、1歩、2歩と後退した。
ブルーバットベアーが怯んだのを見て、女子生徒は距離をとる。
『これは?』
カリム兄さんの方でも同様のことが起きているらしい。
僕の周囲のブルーバットベアーも次々と赤い実を食べた生徒から離れて行った。
『ルーシェル、これはどういうことか説明しろ。あの種はなんだ?』
「ロラン王子に説明したんですが……。ヴァンパイアキラーの実です」
『『う゛ぁ、ヴァンパイアキラーの実!!』』
ロラン王子とカリム兄さんの声が、ものの見事に重なった。
ヴァンパイアキラーの実は名前のごとく、ヴァンパイアが食べると死んでしまうと言われている実だ。見た目は鳥類がよく食べるナンテンの実に似ているけど、これはまったくの別物だ。吸血鬼族の人はこの実を食べると死んでしまうというのは本当で、カンナさんは匂いを嗅ぐだけでもイヤだと言っていた。
そのカンナさんから教えてもらったのが、この実の匂いは多くの魔獣にも効くということだ。ヴァンパイアキラーは人間には無害なのだけど、ブルーバットベアーのような魔獣もこの匂いを苦手とするらしい。火で燻すだけでも嫌がるようだけど、なんと言っても人間の唾液と交わった瞬間が1番キツいと、カンナさんは教えてくれた。
ちなみに普通の人間はまったく感じることができない。
「Aランクのブルーバットベアーが王都に出てきた時、僕はこういう事態になる可能性をあらかじめ考えてました。子どもたちを魔獣から守るためには、この方法が1番だと考えたんです」
子ども祭のコンセプトは、子どもたちが運営する祭りであること。
ならば、子どもを守るためには、子ども自身が自衛能力を持った方がいいと、僕は考えて、3つの種実を生徒たちにあらかじめ渡しておいたのだ。
「フレッティさん、生徒の方は大丈夫です。引き続き退路を確保するとともに、ブルーバットベアーを王宮に近づけさせないようにしてください」
『ルーシェルよ。今、クライスを向かわせた。じきに王宮から応援がくるはずだ』
「――――だそうです、フレッティさん」
僕は【拡声】を使って、会場内にいるフレッティさんに直接声を届ける。
瞬間、王宮とジーマ初等学校の間にある広場で火柱が上がった。
それがまさに【紅焔の騎士】の返事だった。
◆◇◆◇◆
「聞いたな、ガーナー。久しぶりに我ら騎士団の出番のようだぞ」
フレッティは1匹のブルーバットベアーをなぎ倒す。
熊の魔獣はあっという間に灰燼と化した。
炎の魔剣フレイムタンの威力に驚きながら、無口な戦士ガーナーは頷く。
その彼の足元にも討ち取ったばかりのブルーバットベアーがいて、すでに結晶化していた。
ガーナーが頷くと、フレッティは唇を引き締める。
「行くぞ! レティヴィア騎士団の力を存分に見せるのだ!!」
『オオッ!!』
レティヴィア騎士団は迫ってくるブルーバットベアーに襲いかかるのだった。