第227話 レーネルとナーエル
僕たちはジーマ子ども祭に仕掛けられた爆弾を探す。
予想はしていたけど、簡単には見つからない。物も人も溢れていて、さらに出店からは美味しそうな香りが漂ってくる。山で魔獣を食べるうちに鍛えられた僕の臭覚や聴覚も、ここでは形無しだ。今は目と勘だけが頼りだった。
トワイライトコンサートは子ども祭の目玉企画だけあって、まだ1時間以上もあるのに席取りをしている人がいる。子どもスタッフも教師の指導をあおぎながら、作業に追われていた。
そんな中、僕はさりげない様子で爆弾を探す。
そうこうしているうちに、リーリスの声が【移声】の込められた魔導具から聞こえてきた。
『こちら、リーリスです。ユランと一緒に舞台の裏を探しましたが、それらしいものは見つかりませんでした』
『今のところ怪しいものはおらんな』
さらにユランの声が聞こえてくる。
『引き続き警戒を頼む。トワイライトコンサートでなければ、次に狙われるとすればお前たちの演劇だからな』
『わかりました』
ひとまずリーリスたちは安心して、劇に出られそうだ。
さらに屋外テラスの可能性も高まったことになる。
すると、魔導具から違う声が聞こえてきた。
『シャイロです。不審者の情報ですが、すでに23件が出ていて、20件が騎士団が対応済みです』
『残り3件は?』
『騎士団が捜索中ですね。特徴は――――』
シャイロは不審者の特徴を告げる。
1人目は男性。身長は高く、細身。1人で行動していたみたいだ。
2人目は女性。小柄で、ショートカット。子どもしか立ち入らないところに入ってきたらしい(生徒からの通報)。
3人目は男性。50代後半ぐらい。酔っていて、他の参加者の親御さんと喧嘩になりそうになったらしい。
『聞く限り、3人目は一旦除外して良いだろう。1人目と2人目は怪しいなあ』
僕の気のせいだろうか。
ロラン王子の声が弾んでいるように思う。
この状況で余裕があるのは、さすが王子だ。
「ロラン王子、なんだか嬉しそうですね」
『なんか言ったか、ルーシェル』
「なんか堂々としているというか、余裕があるというか?」
『悲しいかな。こういう生死をかけた駆け引きは王宮では日常茶飯事なのでな』
じゃあ、なんで楽しそうなんだろう。
まあ、ある意味頼もしいけどね。
『各位、爆弾と一緒に特徴が一致する不審人物も捜してくれ。その近くに爆弾があるかもしれないからな。シャイロは引き続き不審人物の情報を収集してくれ』
『わかりました』
その後、特に進展はなく、時間だけがいたずらに流れていく。
コンサートまで1時間を切り、徐々に人が集まってきた。
この様子だと、屋外テラスがぎゅうぎゅうになるぐらい人が集まるかもしれない。
そんな中、僕は件の不審人物と男の人を見つけた。
独り身で子ども連れという雰囲気ではない。
それだけで不審人物とは言えないけど、落ち着きがなく、何度も時計を確認していた。
「ロラン王子、報告があった不審人物と特徴が一致する人を見つけました」
報告すると、ちょうど時を同じくしてレーネルからも報告が届く。
『こっちも見つけたよ。ぼくの方は女の人だね。立ち入り禁止の場所に入っていった』
『わかった。クライスをレーネルの方に向かわせる。ルーシェルは引き続きその不審人物を監視してくれ』
ロラン王子の指示が飛ぶ。
同い年とは思えないほど、的確だ。
『ぼくたちは女の人を尾行するね』
その報告を最後に、レーネルの声は聞こえなくなってしまった。
◆◇◆◇◆ レーネル ◆◇◆◇◆
「ナーエルはここにいて」
不審人物の対象になっている女性を追いかけようとすると、レーネルはナーエルに指示した。もしかして荒事になるかもしれない。そんな時、ナーエルを守れるかどうかわからない。レーネルなりの優しさだったのだが、ナーエルは返事をしなかった。じっとレーネルを見つめる。
「どうしたの、ナーエル?」
「そ、その……」
ナーエルはモジモジし始める。
その様子を見て、レーネルはハッと何かに気づいた。
普段なら気づかない些細なリアクションだったが、今ルーシェルの青い実を食べて、感覚が鋭敏になっているからか、なんとなく親友が言いたいことを察することができた。
「わかった。一緒に行こ」
「え? いいの、レーネル」
「一緒にいて欲しいんだ、ぼくが。君を守るために」
「レーネル。うん。行きましょう!」
2人は手を取り、不審人物を追いかけた。
女性の動きは明らかにおかしい。
どんどんと人気のないところへと歩いていく。
レーネルは少し嫌な予感がしていた。ナーエルも同じ気持ちらしい。繋ぐ手の力が徐々に強くなっていく。発汗量も増えていった。
女性は木箱の前に膝をつく。そっと中身を確認した。
木箱は資材などを入れるためのもので、周囲にも似たような箱がゴロゴロと転がっている。そんなもの子どもかサポートスタッフしか用のないはずだ。
様子を見ながら、レーネルは迷っていた。
ロラン王子に連絡するのが1番なのだろうが、相手との距離が近い。魔導具を使えば、声が聞こえてしまうかもと考えた。このまま手をこまねいていたら、爆弾は確保できても、犯人が確保できなくなる。
できれは、どっちも捕まえたかった。
レーネルはナーエルに目で合図を送る。
ナーエルも同じ思いだったようだ。
目でコンタクトしたあと、レーネルは物陰から飛び出した。
「動くな。そこで何をしている」
女性は反射的に立ち上がる。
レーネルの姿を見て、ハッとなった。
「レーネル・ギル・ハウスタン! なんでここに?」
その反応から、レーネルは女性が反獣人派だと確信した。
「その箱から離れるんだ。こっちはそれが爆弾だってわかってるんだからな」
「待って。誤解してる。私はね。この爆弾を解除しにきたの」
「そう。組織の命令だとしても、なんの罪もない子どもを殺すなんておかしいわ。だから、私は爆弾を解除しようと戻ってきたのよ」
「え? そうなの?」
「そうよ。今から起爆用の魔導具を外すわ。手伝ってくれる?」
「……わかった」
レーネルは女性に近づいていく。
「悪いけど、中身の魔導具を取り出してくれない。私じゃ重たくて。獣人のあなたなら」
「いいよ」
レーネルは箱の中を覗き込む。
背を見せた獣人を見て、女性の表情が一変する。
「所詮は子どもね」
ベルトの裏に隠し持っていたナイフを取り出すと、レーネルに振り下ろそうとする。だが、その時女性の顔面に何かがぶつけられた。爆弾の装置の一部だ。
裏をかこうとした女性が逆に怯む。
次に彼女が見たのは、レーネルの鋭い爪だった。
「ギャっ!」
悲鳴をあげて、女性は倒れる。
レーネルが追撃しようとした時、別の方向から声が聞こえた。
「動くな!」
声を張り上げたのは、赤ら顔の男だ。
おそらくシャイロが言っていた3人目の不審人物だろう。
その男の手が、今レーネルの親友ナーエルに伸びて、はがいじめにしていた。
「ガキが! チョロチョロと動き回りおって。だが、まさかレーネル・ギル・ハウスタン。お前が現れるとはな。人質にして、にっくき【剣王】を――――」
「無理だよ」
「何?」
「父上は誇り高い人だ。人質をとったって、テロリストになんかに屈したりしない。そもそもぼくを人質にするなんて無理だよ」
「黙れ! お前の同級生がどうなってもいいのか?」
男はさらに身体を寄せて、ナーエルに対する力を強める。
「ナーエル。今だよ」
「はい!」
歯切れのいい返事の後、ナーエルは口の中に忍ばせていた何かを砕く。その瞬間、ナーエルの身体から雷撃が放たれた。感雷した男はのけぞる。気を失うまでもなかったが、ナーエルから手を離した。
「なんだ、今のは……あっ――――」
気がついた時には遅い。
レーネルの速攻は男の反応を許さず、馬乗りになる。
子どもの体重ぐらいなら跳ね返すこともできただろうが、レーネルの爪が男の首を掴んだ。ゾッとするほど冷たい爪の感触に、反獣人派の男の顔からみるみる血の気が引いていく。
「君たちが2人いたことはわかっていたよ」
「な、なぜ?」
「お酒の匂いさ。獣人の鼻を舐めないで欲しいな。酔っ払いのフリをするなら、お酒は飲まない方がいいと思うよ」
「くそっ! 待っ――――」
レーネルの爪が男の首を裂くのかと思ったが、違う。
代わりに、男の額に渾身の拳打を見舞う。
痛烈な一撃をくらって、男は意識を失った。