第225話 不吉な報告
◆◇◆◇◆ ロラン王子 ◆◇◆◇◆
ロランは学校にある防音室で子ども楽団の最後の練習を行っていた。
夏の頃は初心者同然の腕前だった生徒たちも、ロランの指導力と、個人の努力のおかげでメキメキ上達し、人前に出しても恥ずかしくない音になっていた。プロ顔負けとは行かずとも、観客を喜ばせるぐらいには、ロランも手応えを感じていた。
「よしよし。いいぞ。では、最後に通して終わろう」
演奏家から指揮者に役割を変えたロラン王子は、指揮棒を振りながらリズムを取る。瞬間、防音室にクライスが入ってきた。突然入ってきた側付きにロランがたしなめる間もなく、クライスは耳打ちする。
「反獣人派が動き出しました」
クライスの一言を聞いて、ロランの表情が曇る。
その表情を見て、生徒たちも何かを察したが、ロランは一転して笑顔を浮かべた。
「すまん。急用を思い出した。リハーサルはこれで終わりだ。コンサートまで2時間。それまで休んでいてくれ。……大丈夫。みんなならできる!」
最後に生徒たちを鼓舞すると、クライスとともに防音室を出て行った。
「爆弾?」
クライスを人気のないところに呼び出し事情を聞いたロランは眉を顰めた。
「はい。反獣人派が爆薬を買い集めていることがわかりました。それも王都内に持ち込み可能な量の3倍以上になります」
「1個大隊並みの爆薬量だな。あいつら、子ども祭を戦場にするつもりか?」
半分皮肉るロランだが、表情は怒っていた。ロランやルーシェル、リーリスだけじゃない。ジーマ初等学校の子どもたちが一丸となって作り上げた祭りをぶち壊そうというのだ。ロランが憤るのも無理からぬことだった。
「で? 爆弾はどこにある?」
「ここです」
「ここ?」
ロランは反射的に辺りを見回した。
それらしいものは何1つ見当たらない。
そこでようやく、ロランはクライスの言葉の意図に気付く。
「まさかすでに学校に持ち込まれていると?」
「可能性はあるかと」
「失策だな、クライス。蛇の道は蛇……。こういう時のために兄さんの手元からお前を引き抜いたんだぞ」
クライスは元々ユージェヌ王子の側付き兼汚れ仕事を担当していた。言わばユージェヌ王子の懐刀だった。裏社会にも精通していて、その方面から今回の反獣人派の動きを探っていた。ロランもその方面の能力を期待していたのだが、今回ばかりは相手が上手だったらしい。
「申し訳ありません。お叱りは存分に」
「余はユージェヌではない。過ぎたことは仕方ないだろう。仕事で挽回しろ」
「かしこまりました」
「爆弾はいくつだ?」
「爆薬の量からして3つ。騒ぎを起こすだけなら、もっと作れるでしょうが、向こうは狂信的なテロリストです。確実に人を殺傷することを望むなら、3つかと」
「わかった。とはいえだ……」
今、ジーマ初等学校にはたくさんの資材や、材料が運び込まれている。学校の裏手や出店の側、教室などには山となって荷物が置かれている。その中から3つの爆弾を探すのは、至難の業だ。
「アルテン学校司祭長に報告し、避難を」
「避難はダメだ。ヤツらにバレる。それに爆弾が爆発するタイミングはわかっている」
「子ども楽団のコンサートですね」
「反獣人と謳いながら、あいつらがやっていることは体制の不満をぶつけることだ。余がターゲットになっている可能性は高くないはず」
「王子がコンサートに来ることは事前に告知もされていますからね。多くの人が集まる」
「……クライス、この会場にアルヴィンの奴は来ているのか?」
「私はまだ確認していませんが、おそらくいらっしゃるかと」
「なら、コンサートにはアルヴィンも出席するという情報を意図的に流せ」
「コンサート襲撃を確実にするのですね。……どうして、そう悪知恵ばかりが働くのですか?」
「褒め言葉と受け取っておくぞ」
「爆弾は如何しましょうか?」
「それはこっちでやる。生徒自治会メンバーでな」
ニヤリと笑うロランを見て、クライスは露骨にため息を吐いた。
「まさか生徒自治会発足のためのポイント稼ぎに利用するのですか? 反獣人派が聞いたら、どう思うでしょうね?」
「別に悪いことはしてない。それにこうなることもあらかじめ予想していた。余とルーシェルで対策も考えてある」
「結局、ルーシェル様だよりなのですね」
「あいつがいなかったら、そもそも子ども祭なんてしなかった。それに子ども祭を企画したのは、ルーシェルに楽しんでほしかったからだ」
ルーシェルのためだと言った時、ロランの表情は真剣だった。
それは唯一ロランが話したことの真実であることを匂わせる。
(相変わらず王子はルーシェル様が好きなんですね)
ある種、ロランの覚悟を聞いて、クライスは背筋を伸ばした。
「では、私は情報の攪乱を……」
「頼むぞ。あとアルテンにはお前から報告しておいてくれ。うまくやれ」
「わかっております」
最後に恭しく頭を下げると、クライスはその場から離脱した。
ロランは中庭の方に戻る。
噴水の近くにある時計塔を見つめた。
「コンサートが始まるまで1時間50分。ここが正念場だな」
そしてロラン王子は【移声】の効果が付いた魔導具を取り出す。
「学校祭実行委員の者たちよ。聞け――――」
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